十五話 罰

「ジェイミは、オレの友達なんです。死んでほしくない」


 涙をこぼしながら、必死に言葉をつむぐアイゼを、ラルは見つめた。胸がどうしようもなく痛かった。


 眠れない夜だった。考えることがありすぎた。シルヴァスのこと、先のジェイミのこと――あの銀色の衣を着た生き物は、どうしてジェイミのせいにして、ジェイミをぶったのだろう。――やっぱり、ここの群は信じられない。信じてはいけない気がする。

 それでも、シルヴァスに会えるかもしれない、その誘惑を退けるのは難しかった。でも、自分で何とかしなくてはいけないのだ。何とか逃げ出さないと。

 それには……そうして、もう一度、ラルの思考はジェイミへと戻ってくる。

 ジェイミのことは、自分のせいな気がするからだった。あの群の生き物達はひどいが、ラルが部屋から出ていったことを、あの生き物はジェイミのせいにした。それはつまり……ラルが出て行ったせいで、ジェイミはぶたれたのだ。

 そこで、もう一つ気にかかったのが、「罰」という言葉だった。アルマという生き物が、アイゼという生き物に「罰」を与えると言った。それは、ラルのために与える、というように言っていたように思う。

 何故ラルの為に? アイゼとラルは、何も関係ないはずだ。それに罰とは何だろう。いやな響きで、あのときは意味も聞かずに拒絶してしまったが――聞かなかったことを後悔した。

 何が起こっているんだろう。今まで、こんなことなかった。ラルの預かり知らないところで、何かが起こっている。ラルの為だといって、ラルの知らないことをする。

 わからない。何も知らないラルには、答えの出しようがなかった。目を覆って、息をついた。小さく細い息を吐き出す。シルヴァスのよく出していた音だ。無意識に飛び出した音だったが、ラルの心を慰め、また悲しくさせた。

――シルヴァス、今、どうしている? どうか無事でいて。

 今すぐシルヴァスの元へ行きたい。けれど。


(ジェイミのことは、ラルのせい)


 ぐるぐると回る思考は、そこに戻ってくる。ジェイミのことが心配だった。罰のことも。

 わからないことを、少しでも知っていかねばならない。それが、疲れ果てた意識の気絶するようにとぎれる寸前、ラルが出した結論だった。


 朝が来ると、また明るくなる。戸板で覆われている為に目は開けることが出来るが、それでもまぶしい。ラルはすぐに目が覚めた。

 外衣を脱いで、風にはためかせていると、召使頭のアルマがやってきた。慌ててラルは衣を身にまとった。アルマはというと、ずっと平伏しており、ラルの焦りなど気づいていないようだった。アルマはひたすらに恐縮していた。


「おはようございます。私、アイゼに代わり、今日からお世話をさせていただきます。アルマと申します。お召し替えの用意をしてまいりました」


 聞いた音だった。昨日、罰の話をした生き物の声だ。昨日は姿を見られなかったが、ラルはアルマの姿をじっと見つめた。


「どうして寝てるの?」

「は、それは、姫様の御前であるからです」

「ごぜん? 起きて」

「かたじけのうございます」


 アルマはしずしずと起きあがると、外に合図を送った。ラルのための衣服を持ち、数人の召使が入ってくる。衣服を掲げるように礼をした。


「では、お召し替えをさせていただきます」


 アルマは改めて礼を取り、ラルを取り巻いた。顔を見て、ラルは驚く。皆怪我をしている。


「怪我してる」


 ラルのつぶやきを、聞き取ったようだった。アルマの動きに、わずかに動揺が走った。その時に感じたものに、ラルもまた反応した。アルマはすぐにそれを隠した。そうして、「失礼いたします」と、ラルの衣に手をかけた。


「えっ?」


 衣を脱がされそうになり、とっさにラルは、身体を抱き、かわした。アルマは、見る間に蒼白になり、平伏した。


「申し訳ありません!」

「なに? 何で謝るの? どうして脱がすの?」

「申し訳ありません!」

「謝らないで、教えて、今の何?」


 ラルは膝をついて、アルマに触れた。アルマは、身体を跳ねさせた。身体の震えを抑えようとしているようだが、それがどうにもうまくいっていない。

 様子がおかしい。困ってしまって、ラルは周りの召使を見たが、彼らも一様に平伏していた。


「失礼いたします――姫、どうされましたか」


 その時、エレンヒルが入ってきた。アルマの震えが、ひどくなった。ラルは背をさすってやった。しかし、よけいにひどくなるので、手を離した。その動きを、エレンヒルは、さめた視線を寄越したがすぐにかき消し、微笑し、ラルの側に控え、ひざまずいた。


「わからない。ずっと謝ってるの」


 ラルの言葉を聞き、エレンヒルはアルマを見た。一瞥したにすぎなかったが、確固たる意味がこめられていた。それを汲み取ったアルマが、話し始めた。


「お、お召し替えをと思ったのです」

「それで何故謝っている?」


 冷たい、という温度さえない声だった。アルマは必死の様子だった。


「姫様が驚かれたので、わ、私が不作法をしたのだと思いまして次第です」


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