第23話

 SWORDの基地に到着すると駐車場のど真ん中に黒のベンツが二台停まっていた。


「あれは俺たちの所有物じゃないぞ」


「え……?」


 黒川が自分たちの車を停めると、そのベンツから四、五人。スーツを着て偉そうにしていそうな老いた男女が降りてきた。そのうちの一人が運転席の窓をノックする。そこでようやく顔が見えた黒川は溜息をわざとらしく漏らして涙に「防衛省局長だ」と紹介してさらにブツブツと文句を言いながら窓を開けた。


「久しいな黒川」


「どうしたんです韮崎局長」


「用なら田白に伝えてある。お前じゃ質問返しされてたまらんからな。そこの少年の詳細を早急に送ってこい。認可が下りていない人間の出動は許可できん」


「あ、その件でね。すんません、すんません。うっかりしてました。……え? そのためにわざわざ?」


「私がわざわざここまで来た理由がそれだと思うか? ……こっちも総理に怒られてるんだよ! 『防衛省は落ちこぼれ集団を集めて金を取っている』ってな! 勝手に人を増やされても困るんだよ!」


 韮崎が空気に怒りをまき散らしている間に黒川は涙を車から出して基地の中に入るように指示を送った。涙は了承し、リュックサックを二つひっつかんで二列目の引き戸式のドアから静かに外へ出ていった。昼下がりに通ったルートを使って建物の中に入っていく。一度も振り返らず、音も一切漏らさず、偉い人たちから逃げていった。それを見送った黒川はついに車から降りて韮崎をなだめた。


「まぁまぁそう言わないで。血圧も上がっちゃうよ? ほら今日はもう遅いから帰りましょうよ局長。今度の総裁選、このままじゃ負けちゃうよ? 俺、あんたに総理やってほしいのにさぁ。もっと頑張ってよ。にーらーさーきーさーん!」


「ふん。ホントはもう何年も前に私が国のトップになっていたはずだ。お前たちが余計なことを口にしなかったらな! お前らのせいでもあるんだぞ! いまだに覚えてるんだからな! ――」


 黒川は耳にタコが出来そうだと半分ふざけ気味に笑って韮崎の背をベンツの方に押し続けた。痺れを切らすと黒川は直ぐに手が出てしまう。彼はそれを避けたい一心で必死だった。


「じゃぁ、私は帰るからな! 書類、ちゃんと出さなきゃ、リーダーを田白にするからな!」


「わーかった、分かったよぉ局長。明日の午後には出しとくからさ。今日はお開きね」


 韮崎はグダグダと文句を言いながら秘書たちにされるままに帰っていった。そして黒川は一人、嵐が過ぎていったことに安堵して自分の車の一つ右隣の駐車スペースに大の字仰向けになって空に浮かぶいやほど美しい宇宙のクズ石と神秘的に輝く月をしばらく眺めていた。そのうち寝落ちしてしまい、田白と山城に担ぎ込まれる。


・・・


 涙は基地に入るとまず田白に部屋へと案内された。作戦室と同じ地下一階。カードキーでロックを解除すると中は八畳間の机とクローゼット、壁掛け時計が置かれている以外は空っぽの部屋だった。


 物は何もかもが白色。涙はその理由を直ぐに田白に問うと、「ここだけでもせめて明るい空間にしておかないと気が休まらないだろ?」と返してきた。カスタマイズは好きにしていい、だが間取りは変えるなと本部から命令されている。いや誰がすんねん。涙が小言で突っ込むと、田白は以外にも笑ってくれた。


「一通り施設内を説明していくけど、広すぎるから君がよく使うところだけ覚えてて」


 平和に田白と涙が施設探検をしようとしていた時だった。


『第一部隊山城から第一部隊田白さんへ。至急駐車場へ』


 施設全域にアナウンスが成されていた。涙が山城を最後に見たのは到着直後だ。ロビースペースを通って地下二階から三階に階段で降りる時に慌ただしくネトゲをしながら歩いている彼とすれ違った。


「どうした?」


『監視カメラ。団さんが眠ってるみたい』


「そのまま置いとけ。そのうち起きる。……ってわけにもいかないか」


 田白は通信先を瞬時に変えてリベリア兄弟を呼び出した。するとその七秒後に空間移動で二人が現れた。シャワーを浴びて髪を乾かして寝巻に着替えている完全に寝る直前の姿。


「三日月君、この先はまた今度案内するな」


「は、はい……。ありがとうございました田白さん」


「二人とも、涙を部屋まで送ってやってくれ。俺はどうしようもないリーダーをどうしようもないネトゲヲタクと担いでくるよ」


「「了解。頑張って」」


 田白は三人の頭をポンと一つ触れるとそのまま来た方向に走り出した。長身で体格もいい、靴もかっちりしていて走りにくそうなのに、階段を駆けて登る音はまるで忍者のように静かで音が小さかった。


「一つ下に行ってエレベーターを使って上に戻ろう」


「ボクたちで探検しちゃダメなのかなぁ」


「ダメだマーティー。オレたちはここの隊員だけどいわゆる出張のようなものだ。余計な真似は許されていない」


「そっかあ。ルイ、残念だね」


「ううん。大丈夫。二人に会えただけでもうれしいから」


 こうして涙は機密組織の仲間入りを果たした。まだたどたどしい雛鳥だが、これから起こるすべての難題に挑むことでどんな鳥にでも化けることだろう。


 この時の涙はまだ胸元の二つの光がたった一つの希望であり、全ての絶望を背負っているなんて思っていない。

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