第21話

 涙は黒川からメルナの写真を見せてもらった。昔から変わっていない天ノ橋高校のブレザーを纏う少女と、若き日のスーツの男。第六用具室。その教室があった校舎はすでに更地となっている。その教室に飾ってあったカレンダーを見る。これが当時の日付ならば。


「咲姉さんと同い年……?」


「アイツは今年で二三だ」


 涙は少しの親近感と、深い悲しみが同時に訪れた。今の話を聞いてメルナの存在を自分の姉と重ねた。天才肌、好奇心の塊。少しお転婆。あまりにも似ていて、つい自分の姉の顔を思い出した。昨日の夜、楽しそうに話していた姉。灰になってしまった時、あの人は何を思ったのだろう……と。


 輝いて見えるメルナの綺麗な笑顔と瞳。女子高生らしくピースをして写っている。黒川がどことなく彼女の父親に見える。


「そろそろ返してくれ……。恥ずかしい」


「あぁ、すみません。ありがとうございました」


 涙は丁寧に写真を返す。そしてまた二人で沈んでいく夕陽を眺めては漠然と何かを考えていた。そこに現場の状況を確認しに後からやってきた田白が背後からやってきた。


「二人とも、ちょっといいか」


「なんだ零。表情がエラく神妙だな」


 田白の顔は陽の光に当たって十分わかるくらいに眉を真ん中に寄せていた。黒川は直ぐに察した。何か悪いことが起きてしまったという空気感を。そして涙は、彼の左手に捕まれている帽子に目をやり、ハッとなった。


「それ、……僕のお爺様の帽子です。僕がお爺様の誕生日に贈ったものです」


 田白の表情はそれを聞いた瞬間に顔色が青白くなった。やはりそうなのかと小さい声が漏れる。しかし直ぐに二人の方を向き直して「こっちだ」と凍った声で誘った。

 

 案内されたのは救急車。辺りには何十人もの救急隊員。田白はその一人に手をあげて挨拶すると、その隊員は涙に近づいて「君がお孫さんだね?」と聞く。涙は無言で首を縦に振ると直ぐにその中に隊員と移動した。


 ストレッチャーに乗せられ白い布を被っている何か。隊員がその一部をめくると、涙の目に飛び込んできたのは紛れもなく、他でもない。祖父だった。なんの躊躇もなく涙が布を全部めくると、横たわる祖父の腹の辺りに大きな傷と、右足が酷く出血した痕跡が残っていた。


「……お爺様ッ」


 涙は泣き崩れた。大嫌いだったけど、憎めなかった家族がこんなにも突然、しかも短期間で皆いなくなってしまった。我慢強い涙だったが、こればかりは堪えられなかった。祖父の身体はまだ多少の熱を持っていて、亡くなってからそれ程経っていないことを知らせた。


「お爺様、ごめんなさい。僕がこんなんだから。皆を……。ごめんなさい」


涙はとことん後悔した。昨夜に彼に向けた言葉を。普段通りの生活をしようと言ったことを。そして涙は祖父の熱をしっかりと受け取る。何度も「お爺様……。お爺様」と呼ぶ。だけど返事なんてものはいつまで待っても来ない。


 黒川と田白はその様子をただ突っ立って見ていることしかできなかった。昨日の夜から今日。目の前で死に嘆き悲しむ少年にかけられる言葉を探した。しかし何も見つからない。二人はそんなバグを起こしたどうしようもない脳みそを恨んだ。


 涙はしばらく泣いた後で再び立ち上がって震える手で祖父にお別れをした。布に染み込むナミダ。止めようと袖で拭っても止まらなかった。体をすべて覆うと彼は救急隊員に一礼した。そして懐からメモ帳とペンを取り出して何かを書き、ビリっと破った。

「差し支えなければ、この番号に電話してください。僕の親戚の電話番号です。もしも誰も出なければ一番下の僕のところに下さい」


「どうして……」


「家を整頓するんです。大きい家だから時間がかかっちゃう」

 

 違う。

 

 黒川は涙のケロッとした声色を聞いてつい口からこぼれた。目を伏せて救急車に背を向け。本心を隠す涙を見て居られず車のキーのルービックキューブをまた弄る。緑が揃ったところで涙が救急車から出てきた。


「六面そろえるのに時間かかってますね」


「うるせぇ。……もういいのか」


「はい大丈夫です。市役所ってもう閉まっちゃったかなぁ。書類が欲しかったんだけど。明日でもいいかなぁ」


「今なら多分開いているけど、書いて提出は明日じゃないとだめだろうね。家に行くんでしょ? 団、送ってあげて。俺が役所行って揃えてくる」


 大人二人は察しが良かった。


「書類が欲しいしか言ってないのに……」


 涙が困惑気味に二人に苦笑すると、田白が涙の背をトンと叩いた。


「大きな家に一人は寂しいだろ?」


「SWORDの寮も静かだけどな。人がいないところより、居てるところに住む方が安心はするだろ? って言うかその心算だったろ」


「そうしろってサリエルが」


 バタンと救急車の後ろが閉まる。涙は一瞬そっちを向いて、中に乗る祖父が運ばれていくのをただ見送った。


安らかに――

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