第6話 黒い城

 黒曜石の段板を登りながら、エイジはみんなをちらちらと見ながら語り出した。

「驚かせるつもりじゃないんだが、ここの城に来る過程で微かにアーチ扉、梁とその位置、この城の微かな位置関係など、記憶がなぜかあるんだ。それは過去の記憶か、未来記憶か分からないんだが。断片が所々にあるんだ」

「こんな経験してる中で、今更言われても驚かないよ。ちょっとした危なっかしい預言者ってとこね」とユラは言った。

「全くだ、記憶がしっかりあったらこんなに苦労することない」とセンリが呟いた。

「私もそう気にしてないよ」とルウスは言った。

「ありがとう。次に記憶としてあるのは、炎、闇、学帽だ」とエイジは言った。

「なるほど断片ね、分かるようでそうでもない。この黒い城の中って事かしら?」ユラがエイジの顔を見ながら呟いた。

「そう推測出来るなら、やはり城に向かおう」エイジは少し自信を得ていた。今までは一人独断で静かに決めてきたからだった。

 四人は黒曜石の段板を二十五段目まで登っていた。人間が作った階段とは思えないほど、スケールアウトしていた。

 最後の五段を登り切ると、そこの中央には浮いた天まで聳える真っ黒の段板と同材の直方体が出現した。

「余りにも無機質、中に人がいるとは到底考えられない。入り口はどこだ。エイジ、情報を持っているか」とセンリがいぶかしげに訊いた。

「それは記憶にない。どう中に入ったらいいんだろうか」とエイジは傾げた。

「熱して溶かすか、石に振動を与えて割るか、やってみましょう」とユラが落ち着いて言った。「先ずわたしが割れるか試してみましょう」と再びユラ。

 ユラの網状の右足を城の壁面に当てると、振動を繰り返し与え始めた。するとガラスが割れるように簡単に開口部が広がっていき、ルウスの大きな身体も通る開口部が出来てしまった。

 センリが圧倒されて言った。

「ユラは凄い力を持ってるんだな・・・、敵に回さないようにしないと。それはそうと入り口を作ってくれてありがとう。確かにルウスも通れそうだ」

 城の入り口が出来た事にみんな驚き、その奥から吹き出して来る生温い空気にそれぞれ少しむせた。

「遂に城の中に入れるのか。みんな、落ち着いて慌てず進もう」とエイジは音頭を取った。

 自然とエイジとセンリが一列目になり、二列目はユラ、三列目は水のルウスの並びになった。

 城の奥は真っ暗で、ここまで奮闘して来た面々でも、その雰囲気の独特さにすくみ上がった。自分たちの欠損している腕や足の能力をここで使うべくみんな身構えた。

 エイジは熱風の右手、ユラは右足の振動、センリは左足の炎、そして、ルウスの左腕の水の能力をいつでも発揮出来るように準備した。リュックサックの懐中電灯は使い物にならなかった。  

 みんな気力が満ちだし、センリの炎を灯りに入り口へと入っていった。


 黒光りする足元を灯しながら、四人は左側の黒曜石の壁を頼りにし、ゆっくりと警戒しながら進んでいた。

 最初の角に辿り着いた。足元を灯す床は直角形になっていた。正方形断面の塔の一コーナーに辿り着いたという事だ。

 これを何回繰り返すのか?気が遠くなるばかり、また垂直に移動するエレベーターの如き乗り物をみんな夢想した。

 右に角を曲がり直進すると、なるほどスロープ状に上昇している感覚が足裏にあった。

 上昇している以上、右回りに進むので正解だった。次の二つ目の角に到着した。そして再び右に曲がった。

 進みながら徐々に上昇し、確認しながら、壁を左にして四十回、右に曲がり登って来た、螺旋状のスロープ構造を時計回りに進んで来た所だった。

 彼らは分からなかったが、八百メートルの高さまで登って来ていたのであった。


 その時、視界のきかない暗闇の中に、何かがいくつも転がる音が塔の中を響き渡った。

 センリは炎の力を強くしながら、足を持ち上げ、辺りをより強く照らした。

 すると一辺が一メートルの直方体、十数個が、スロープの床を砕きながら、彼らの方に向かって転がって来た。

 センリは炎の熱で直方体を溶かそうと試みた。

 エイジは灼熱の風で動きをコントロールしようとした。

 ユラは危険を感じつつ、直方体の動きを読み、スロープ状の床に振動を与えて、穴を開け、床下に誘導しようとした。

 ルウスは壁に穴が開くのを恐れて、直方体の軌道に合わせて、ゼリー状の身体を壁に広く伸ばした。

 素早い動きで転がって来る直方体は、溶かされ、誘導されて空いた穴から落下して行き、ゼリー状の壁にぶつかると静止した。

 四人の集中した対応で、十数個の直方体は全て葬り去られた。

「ここに来てこんな攻撃を受けるとは、何か不穏なものに近づいているのか」とエイジが呟いた。

 暗闇にもある程度、慣れて来ているところだったからである。それは炎を灯すセンリがいたおかげだろう。

 みんな警戒心と集中力を切らす事が出来ないでいた。

 しかし何者かに狙われるという恐怖心もまた、時間が過ぎるにつれ、何かしら起きる事には繋がらなかった。

 四人はセンリのもとに集まりどうするか、話し合った。時間はあれから一時間は経過していた。一旦、溜め息が漏れた。

 結論として今まで通り、スロープを時計回りに上がって行く事に決まった。

 四人にはこの巨大な塔を登り詰めるしか選択肢がなかった。

 また左の壁に右手、網状の手、水の手を当てながら、上昇していくのみだった。


 彼らは八十回曲がり、千六百メートル地点まで来ていた。少しこの闇に変化が起きていた。センリの足の炎が大きくなり小さくなりを、繰り返し出したのだ。

「エイジ、風が吹いて来だしたぞ。お前の記憶にこの現象はあったりするのか?」とセンリが言う。

「この記憶はない。あるのはこの闇では学帽だけだ、確かに風だな、状況が変わってきたのか?」とエイジが受けて言った。

「風、肌が少し冷たい」水のルウスが呟く。

 ユラは特に気にしている様子でもなかった。

「変化は風と、気温が下がって来てる。何かの前兆だろう」

 再び四人は螺旋状スロープを上昇し出した。

 地上から合計して九十回、角を直角に曲がり、ほぼ高さ千八百メートル付近に来ていた。丁度、雲に塔の先が隠れていた所であった。

 城内の風の勢いはますます強くなって来ていた。ここに来て単調で当たり前にあった正方形の床の角が、消えてしまい、壁に沿って前進するか後退するか、風の向きに沿って進むか、逆行するか、選択せねばならなかった。

「おい、これがお城と呼べるような構造物かね。なんで道が二手に分かれているんだ」とセンリが苛つきながら言った。

「阿呆らしい」と続けた。

 どうしたらいいのか行き詰まり、考え込んでしまったエイジを見てユラは一つ提案した。ユラは言う。

「もう灯り役に炎を付けてと言っても難しそう。で、わたしが光を作る、壁に床にランダムに。黒曜石に穴を開けるのよ。そしてエイジの記憶の学帽を探すの。三人でやっても出来るはずよ」

 その提案にくすんだ希望をエイジは見た。ポイントは自分の記憶の学帽だけになる。なかった時は。他に手立てはないのか。方策は。そう考えると気分が落ち込んだ。

 しかし、ユラはやる気満々だった。

「ねえ、やるからね」と彼女は声を張り上げた。

 コーナーがあるはずの風下の位置から五メートル程、通路を歩いた位置から、先ず壁に振動で穴を開けた。そこからとても懐かしい自然の光が通路に差し込んで来た。

 自然光で床は黒光りし、しかし二百メートル高の天井までは光は届かなかった。

 彼女は調子を掴み、壁に五メートル置きに開口部を九つ開け、反対側の壁に向かう時に床に五メートル置きに穴を開けた。

 ユラは二百メートル幅の通路を進んで反対側の壁まで着くと、九つの開口部を開けた。

 風下側に、ある程度開口部を開けると、彼女はスロープがなくなる二百メートル先の風上側に、風を受けながら壁に沿って歩いていった。

 ユラの今までの行動では、未だ学帽を見つける事は出来ていなかった。

 彼女は同じ要領で、風上の左側、右側の壁に九個ずつ、五メートルピッチで穴を開けた。

 床には一列、五メートルピッチで開口部を開けて行った。

 かつての暗闇とは比較出来ない程、曇り空の自然光とはいえ、内部空間を明るく照らした。主に照らせた部分は床面部分とスロープ周りと五十メートル広がりの範囲であった。


 センリは未だ引きずっているのか、動こうとしなかった。

 それをよそにエイジ、ユラ、ルウスは学帽が風上側にあるか風下側にあるか、注意しながら、照らされた床面を探して回っていた。

 そう簡単に見つかるとは思えない空中に真っ直ぐと浮く、一辺が二百メートルの正方形の筒状の黒曜石の壁体。

 どこまで続いているのか分からない風上、風下の闇であった。

 風上側からカツ、カツ、カツ、と人らしきが歩いて来る音が響き渡った。

 恐らく相手は一人だろう。スロープ付近に相手が近づいて来た時だった。彼は口を開いた。

「すまない、このわずらわしい風を吹かせていたのは、俺なんだ。警戒のためにな。ここ、お腹の部分の穴から風を送っていた。そして、多分君らが探していた学帽は、これだろ。俺の後ろに山とあるよ」

 そう言うと学帽を放り投げた。

 学帽はエイジの足元で止まった。

 手で持ち上げると確かに学ランたちが被っていた帽子だった。

 彼は敵か味方か?

「何者なんだ、お前は?」とエイジが声を張り上げた。

「分かった、説明しよう。それには風が強くてうるさいな、止めよう」と男は今まで流れていた風を止めた。

「俺は君らより約六時間この世界を知っていて、ただの一人でここまで辿り着いた、地下施設の櫓の上で目を覚ました男だ」

 これにはセンリも驚いた。こちら側の人間だ。

「そしてこの腹の欠損と風の能力もまた共通しないだろうか」男は言った。男はセンリより背が高く、身長三メートルはあった。

「名は聞かないのか。あ?名は内乃ショウ、君らと同じ意味の分からない区画地域を歩んで来た欠損人間だ」とショウが言った。

「しかし、この特殊能力の偉大さで自分を障害者などと思えない。そうじゃないか?」とショウは続けた。

「並外れた図体、俺らと同じと言えるのか?」とセンリが口走った。

「二メートルだの三メートルだの、この世界ではちっぽけだとは、思わないか?」とショウが言った。

「あんたの一人で行動してここまで来た能力には、驚きを隠せない。行動を共に出来れば助かるが、難しそうだな。ペースが違う。この黒い城の終着点に行きたい、それだけだ」とセンリが口走った。

「え、ここが黒い城だと、笑わせる。ここは道だ、空中の。どう進んでどこに辿り着くかは、分からない。調べてみたが。この世界はそれ程、我々に親切じゃない」と笑いながらショウは言った。

「君らの能力も興味深い。ではこうだ。君らと一定の自由をもらって、行動を共にしたら俺は嬉しい。目的地はここではないこの道の先のお城だな。分かったが、ここは迷路だぞ」彼、ショウは跳ねていた。

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