第九話 ミリアちゃん★ですとろいやあ

 全身こんがりと弱火でローストされたアフロ男は、港内警備を担当するアンドロイド兵達によって、詰め所へと連行されていった。

 罪状は、「営業妨害」に「婦女暴行」といったあたりだが、精々数ヶ月の労役、あるいは相応する罰金で済むものと見られる。


「傭兵ギルドに酒場はつきもんだが、ただの飲み屋と区別付かなくなるほど前後不覚に陥るとか、プロとしては呆れるにも程があるだろ」


 すっかりぬるくなった宇宙エールをちびりと舐めながら、白大根を思わせる面長の若い男が、ほろ酔い気味の赤ら顔で、呆れたような声を上げる。

 それに対し周囲の同輩達は瞬時にこう突っ込んだ。


(((お前が言うな)))


 実は彼、数ヶ月ほど前に相方のぽっちゃり系と共に、似たような事をやらかしたのである。

 流儀で試される新人でもなく、また、あそこまでの破廉恥には及ばなかったので、マスターからの口頭注意程度で済んだが、「おっぱい星人」を公言してはばからない彼らが彼女の「逆鱗」に触れた所為で、ミディアムレアの焼き饅頭と焼き大根が出来上がったのは事実である。


「でもあの子、『三ツ星』級デスよね? なんでまたこんな辺鄙なところに?」

「ここらで活動するのはせいぜい『二ツ星』級だしな。しかも俺らみたいな『運び屋』の類が殆どだろ」


 この惑星ガーモスを擁する星系周辺は、小競り合いの多い辺境銀河にあって、比較的後方に位置しており、全体として平穏と言っていい領域である。

 帝国航宙軍の重要補給拠点の一つでもあるため、巡視船も頻繁に哨戒しており、宇宙海賊の類も殆どおらず、危険な任務などめった無い場所なのだ。

 そのため、この支部に所属する傭兵は、「二ツ星」と呼ばれる熟練級が最高位だった。

 それが、ミリアがこの惑星を訪れる半年前までの話だ。


 国際傭兵機構、通称IMOに所属する傭兵達は、その実力と実績を元に何段階かの「ランク」が付与され、それに沿った依頼を受けられるようになる。


 指導員なしでの行動が認められないノーランクの見習いから始まり、充分な経験を積んで一人前に認められれば、単独依頼を受けられる「一ツ星/シングルスター」に昇格する。

 宇宙の英雄を夢見る子どもたちにとっては、この「星」を象った傭兵記章は羨望の的だ。

 もっとも一ツ星では調査や運搬などの非戦闘系の依頼が主で、英雄らしく華々しい活躍とは程遠いのが現実だが、だからこそ一般人の眼に止まりやすくもある。


 そこから規定数依頼をこなして信用を積み上げ、熟練者として認められれば、「二ツ星/ツインスター」へと昇格し、ここから護衛や警備などの割の良い依頼が受けられるようになる。しかし遭遇戦の率も相応に高まり、決して安全な任務とはいえない。また、ギルドからの要請による、緊急討伐任務などへの参加義務も生じる。


 大半の傭兵は、この二ツ星のまま引退することになるが、戦闘での実力や依頼達成率の高さなど、高い信用を獲得することで、「三ツ星/トライスター」へと昇格し、名実共に実力者として認められることになる。俗な話ではあるが、羽振りも桁違いに良くなる。

 また、「二つ名」が定着し始めるのも凡そこのランクからであり、それの有りなしが、傭兵の実力を示すひとつの目安となっている。すなわち三ツ星とは、英雄への登竜門なのだ。


 ちなみにガーモス支部のギルドマスターであるケモミミオネエ様は、元「四ツ星/クアッドスター」の伝説級傭兵であり、星系規模の危機を幾度も救った真の英雄だ。

 狼系獣人種であることから、「銀狼/シルバーウルフ」という二つ名をもち、ニ世代ほど前に活躍していた者たちにとっては、知らぬ者のないほどの有名人だった。

 当時は如何にも漢臭い漢だったが、何がどうなったらオネエになるのか、それは宇宙の深淵よりも深い謎らしい。


「んで、肝心のミリアちゃんは何処行ったデスかね?」


 いつの間にかカウンターに戻っていたマスターに、童顔のぽっちゃり系が気安く尋ねる。

 人畜無害に見えて、実は熟練の交渉人である彼は、こうして何気なく重要情報を聞き出すのを得意としている。こう見えて、相方共々二ツ星なだけはある。


「あの子なら、奥でシャワー浴びてるわ。結構お疲れみたいだし、夕方頃まで休んでいくでしょうね」


 獣人種は見た目のワイルドさに反して綺麗好きが多く、このギルドのバックヤードにはマスターの自費でシャワールームが完備されている。

 水が貴重なステーション内では極めて贅沢な設備だが、彼のお眼鏡にかなった女性傭兵などは、時折使わせてもらうことがあるようだ。

 別に下心はないらしく、むしろ女心からの配慮らしい。


「おお、ミリアちゃんのシャワーシーンとか、お眠のシーンとか、想像するとたまらんデスよ、にひひ」

「まったく、おめえも懲りねえなあ」


 英雄の卵相手にすら性欲持て余すエロ饅頭に、皆呆れた視線を投げるのだが、むさ苦しい傭兵ギルドの中にあって、数少ない美少女であることには違いないのだ。

 ハスッぱな姐さん系はそれなりに居るが、ああいったスレたところのないお嬢様風は実に貴重であり、多くの男性傭兵達はしっかり「眼の保養」としてお世話になっている。

 その実力を当然畏れはするものの、密かにファンクラブが創られる程度には、彼女は皆に愛され、受け入れられている存在なのだった。


 左腕と一体化している特異な射撃デバイスが目立つ為、突出した戦闘能力だけ取りざたされやすいが、しかし彼女の本領は明晰な頭脳、緻密な戦術眼にこそある。

 たった数発、時には一発の狙撃だけで、すべての盤面をひっくり返し、奇跡的勝利を齎す戦場の女神として称えられている。


 だからこそ、「何故こんなところに三ツ星が!?」という、饅頭青年の疑問も当然のことなのだろう。彼女と親しいギルドマスターならば何か知っているだろうとカマをかけて見たものの、彼は彼で黙して語らず、思いの外重要情報なのかと腰を据えてかかる準備をしたのだが。


「そんなに知りたいのですか? 土饅頭」

「うお、ミリアちゃん!? っていうか、めっちゃエロいんデスが!?」


 饅頭青年の背後から、ジャケットなしの何時ものラフなスタイルで登場した彼女は、シャワールームから出てきたばかりらしく、まだしっとり髪を濡らしたままだ。

 火照って若干緋色に染まる肌も相まって、その艶めかしさを演出している。


「もう、ミリアちゃんってば。そんなじゃ風邪ひくわよ? それに、休まなくていいの?」


 どこからか取り出した黄色いフェイスタオルを手渡しながら、マスターはミリアに問いかける。受け取ったミリアは、礼を言いつつ軽く髪を一拭きして、改めて酒場兼ギルドのロビーを軽く見渡した。


「主要どころも丁度集まっていますし、一休みする前に話して置こうと思いまして。今は軽く浴びてきただけなので、また後で使わせてもらいます」

「そういうことならわかったわ。今は『依頼主』様だものね」


 そのキーワードにピンと来た傭兵たちは、今までの気の抜き具合から打って変わった真摯な態度で、ミリアとギルドマスターへと視線と向けた。

 とはいっても、すべてがそう出来たわけではない。例えば大根と饅頭コンビを含む幾名かは怪訝な表情を浮かべたが、しかし彼らもプロである。周囲の雰囲気にただならぬものを感じ取り、同じように彼女の一挙手一投足を見逃すまいと集中した。

 一部ピンク色の邪念が混じっているのも居たりするが、そこはご愛嬌。


 そんな彼らの態度に関心しつつ、ミリアは勿体つけず、きっぱりと要点を伝える。


「敵は海賊。ゲートにして二つ先の辺境星系を根城にしている、中規模組織です」


 その言葉に、一瞬場はどよめくが、直ぐにそれは収まった。

 先述した通り、ここに居る傭兵たちの大半は一ツ星であり、二ツ星でも戦闘慣れしているものは多くはない。しかし、それだけですべてを判断するほど、彼らはアマチュアではない。


「ミリアさん、質問いいか?」


 一番前に居た饅頭青年、その傍らで腕組みしていた大根ヘッドの挙手に対し、ミリアは小さく首肯して応える。それを見て取ると、彼は傭兵らしい真摯な顔つきで問いかける。


「それに該当する組織といえば、『ヴォゴニアン』か『ラヴァール・シンジケート』、『クルヴァン連合』あたりだと思うが、中規模っても小粒な部類だろ。駐留中の航宙軍だけで対処可能だと思うが、なにか厄介な事情でもあるのか? そもそも、どこが相手になるかで対応も変わってくると思うが」


 一口に宇宙海賊と言っても、その活動実体は多岐にわたる。純粋に白兵戦力で攻め立てる一団もいれば、テロで混乱を引き起こし、火事場泥棒的に動く者たちもいる。

 そう指摘する彼は、情報収集のエキスパートなだけはある。よく調べていると感心しつつ、ミリアは顔色ひとつ変えずにただ事実を告げる。


「その全部です」

「全部ってマジデスか!?」


 お約束通りに驚いて見せる相方とは異なり、大根頭は一瞬だけ眼を見張った後、納得したように首肯した。


「なるほど、そいつら『根』は一緒だろ。つまり情報戦まで含めた文字通り総力戦ってことだな?」


 同じ結論にたどり着いていた幾人かの傭兵達も、テーブルを同じくする者たちとそれぞれ情報交換を始めている。

 傭兵は基本的に高い戦闘能力を求められるが、戦闘以外にも求められる能力、役割はいくらでもある。今回の依頼は、そう言った性質であろうと、概ね納得したようである。


 彼らの様子を察したギルドマスターが、次いで補足情報を提供する。近日中にこのガーモスの静止軌道ステーションに襲撃をかけてくる可能性が高い。つまり、大規模な防衛戦になるのだ。


「ギルド本部の戦術予測AI/ジョシュアも、この襲撃は確度の高いものと見ているわね。よって当ギルドのマスター権限において、二ツ星以上の傭兵たちに緊急招集を宣言するわ」


 今回のように、上位ランクの傭兵が、下位ランクの者たちに対し招集をかけることは珍しいことではない。多くの傭兵たちを組織立って運用できるという、これこそが傭兵ギルドに所属する最大のメリットだ。

 そして積み上げた名声と信用は、このときのためにあると言っても過言ではない。


「マスターの宣言通り、この件はギルドを通した緊急依頼という形式になります。しかし、断っても罰則は設けません。直接戦闘を避けられたとしても、相応に危険な任務です」


 その言葉に嘘はないのだろう。

 しかし、臆して辞するような者はひとりも居なかった。


――臆病なほど慎重に、かつ大胆であれ。


 見習い時代に叩き込まれる、傭兵の信条がそれである。

 お門違いの大胆さを発揮したどこぞのトーシローはともかく、二ツ星で終わるのをよしとしない上を望む者ならば、これは願っても居ないチャンスでもある。

 なによりも。


「女神様と同じ戦場に立てるとか、ご褒美以外の何物でもないだろ!」

「荒事は不得手だけど、出来ることがあるなら何でも言ってほしいデス!」


 デコボココンビを皮切りに、傭兵たちの威勢の良い啖呵が一斉に飛び交う。

 もちろん、彼らもプロの傭兵である。報酬に関する取り決めについて、しっかり確認するあたりは、むしろ好感が持てるというものだ。予め準備していた契約条件や作戦概要を記した資料を配信すると、皆一斉にホロウィンドウを広げて吟味を始める。


「あとミリアちゃんから個人的ご褒美とか欲しいデス!」

「それは相当活躍しなきゃだろ!」


 すっかりこの場のムードメーカーと化したコンビと、彼らに負けじと自己アピールを始める傭兵たち。そんな様子を見渡して、ミリアはわずかに口角を上げてみせた。


 信じて送り出した精強兵団が、傭兵の小娘の奇策縦横にドハマりしてアホ面敗戦報告ビデオレターを送ってくるなんて……。

 そんな彼女を敵に回した者たちは、畏怖を込めて「破壊者」と呼ぶ。

 しかしそれ以上に、彼女を称える呼び名は数多い。むしろ多すぎて統一できないからこそ、「破壊者」に落ち着いた、というのが実情だが、それはさておき。


「おお、ミリアちゃんのレアな笑顔ゲットデスよ!」

「では土饅頭には、それで報酬の前渡しということで良いですね?」

「そりゃないデス、ミリアちゃん!?」


 後に、「ガーモス防衛戦」と名付けられる宇宙海賊と傭兵たちとの小競り合いは、こうして賑やかに……否、静かに幕を開けようとしていた。

 ミリアが持ちかけた依頼は、一応は極秘事項だ。


(さて、仕込みは一段落と言ったところでしょうか。「彼ら」の思惑に載せられるのは業腹ですが、これもまた、「破壊者たるわたし」の運命なのでしょう)


 彼女の背後には、ご察しのとおり、「ソラリス教団」の姿があったのだ。


  *


 今は三ツ星の傭兵として知られるミリアだが、もちろん最初から傭兵を志していたわけではない。成人後のほんの短い期間だが、帝国の軍人として、航宙軍に所属していた時期もあった。


 そもそも彼女が軍に志願したのは、見も蓋もない言い方をすれば「逃避行動」の末である。

 辺境にほど近い、復数の地方星系を支配する領主貴族の末娘として産まれた彼女は、ある意味ネグレクトに近い状態にあった。

 もともと帝国貴族は親族間の繋がりが希薄であり、それは実の親子の間であっても例外ではない。しかしサイキックとして優秀だった母の血を引きながら、他の兄姉達に比べさほど有用とは思えない能力しか発現しなかった彼女は、両親達にとって完全に興味の対象外にあった。


 そんな彼女の能力は「深淵を覗き見る者/ディープ・シーカー」として知られた物で、有り体に言えば、「平行世界の観測」である。それだけ聞けば、大仰なネーミングも相まって魔法じみた稀有な能力として重用されそうな気もするが、平行世界から実用的な何かを得られるわけでもないそれは、はっきり言えば「ハズレ能力」だった。


 幼い頃から夢見がちで、しばしば奇妙な言動を弄する不気味な少女と見做されていた彼女は、唯一の美点とされた母譲りの見目の良さから、成人を期にさっさと近隣の有力貴族へと嫁がせ、貢献点の足しにするぐらいにしか期待されていなかった。

 そして成人を迎え、婚約者として紹介されたのが典型的な好色ヒヒジジイと言うやつで、正妻以下幾人もの愛人を侍らし、老いてますます盛んを体現する男だった。

 とはいえ人となりは概ね善人であり、友人として付き合う分には上等な部類である。

 しかし、貴族の娘としての産まれた責務だろうが、夢見る少女にとっては、こんな結末ゴールは絶望以外の何物でもなかった。


 そして、あんまりな運命を呪い一晩泣き明かした彼女は一つの結論に至る。


(そうだ、「軍人」になろう)


 彼女の異能は、異世界の「自分」の視点を得るというものである。自由に見られるわけではないが、かなり近しい世界なのだろう、比較的頻繁に見る異世界の自分は、同じように政略結婚から逃れようとして、「軍人」を志していたのだ。


 そんな短絡的な理由で一世一代とばかりに意を決し、両親にその旨を伝えたのだが、拍子抜けするほどあっさりと承諾されてしまった。

 相応の貢献点になりさえすればそれでいいと考えていたのだろう、ただ志願するだけでも充分お釣りが来るし、兄たちのように出世するなら御の字とすら言っていた。

 一応婚約者殿にもお伺いを立てたが、少女の心情を慮ってくれたのだろう、あっさりと婚約撤回に応じてくれた。改めて言うが、彼自身とても「いい人」である。エロジジイなだけで。


 異世界の自分は家族に強く反対されたことで、貴族の名を捨て出奔の覚悟まで決めていたというのに、なんとも拍子抜けである。ただ、そこまで家族に気にかけて貰えることが、少しだけ羨ましくはあったのだが。

 ちなみに、覗き見る「自分」は、今の自分と同じ年齢に固定されており、異世界の自分が家出を決行したのは、奇しくもミリアが軍籍を得たその日であった。


 そして初期訓練を経て高い指揮官適性を見出され、航宙軍士官養成コースに進んで一年。

 最後の研修先として、とある宇宙海兵隊の分隊指揮官として赴任することになった。

 純真無垢な少女は、そこで様々なことを学び、そして……軍の現実を見たのだ。


  *


 白い湯気の向こうに見えるほっそりとした裸身、頭上より降り注ぐ暖かな水滴は、白い素        肌を滑るように伝い降りて、足元で小さな音を立てる。

 ほんのり色づく素肌から、身体が十二分に温まったのを感じ、彼女は一度シャワーを止める。完全循環型であるため水の無駄にはならないが、浄化システムの稼働コストはわりとバカにならない。


 シャワールーム内に据え付けの姿見に自らを映し、上から下までをじっくりと眺める。

 ヒュムの女性としてはやや痩身だが、きゅっと括れた細い腰と、程よく引き締まった肉付きの良い四肢が、彼女の裸身をグラマラスに見せるのに一役買っている。

 しかしてそのお胸は、帝国系ヒュムにしてはやや小ぶりであった。


 「きっと異世界同位体が余計に奪っていたに違いありません」


 わけのわからない言いがかりを述べつつ、濡れた髪を両手で軽く拭ってから、室内備え付けの幾つかのボトル容器から選んだ、ほのかに香る特別な潤滑液を手取って、軽くなじませる。そして、その手のひらで優しく包むよう、自らの乳房にあてがった。


「んんっ♥」


 鼻にかかる艶の乗った低い呻きを漏らしつつ、彼女はゆっくりと自らの乳房を撫で始める。

 裾野から頂きにかけ、丁寧にほぐすように五指を滑らせると、緩やかな快楽の波が彼女の表情をわずかに蕩かせた。


「ふうっ、んっ♥」


 俗に「小さな胸は感度が良い」などと言われるが、彼女の場合はそれに当てはまるようで、思わず声を上げそうになるのを、頬を染めつつ必死に堪えていた。


 誤解なきよう伝えておくが、彼女は「一人遊び」をしているわけではない。

 これは彼女の「日課」である、秘伝の「バストアップ・マッサージ」なのだ。


 仮眠室を含め、バックルーム全体に防音処理が施されているものの、さすがここでおっぱじめるほど恥知らずでもなければ、持て余しているわけでもない。

 普段は宿泊先の個室で行っているが、ここしばらく件の依頼の準備に追われて、帰れていなかったのだ。


 どこぞの不敬な輩に「ぺったんこ」などと言われはしたが、決してまな板代わりにされるほどではない。

 少女の膨らみかけとも違い、慎ましやかながらもバージスラインを識別出来る程度の膨らみはあるのだ。

 鎖骨をやや下ってからなだらかな曲線を描き始め、ツンと尖った緋色の頂きを越えた先で弧を描いて、その麓に至る。

 乙女の淚滴を思わせるその美しき稜線は、はっきりと主張出来るだけの質量を内包しているのだ。


 これは胸である、と。


「そう、わたしは微乳にして美乳なのです」


 誰かが言った。


(挟めない胸は胸ではないだろ)


 その大根は無言で殴り倒された。

 左右の脇からお肉をかき集め、寄せてみせるも未だ谷間など出来ないままである。

 次言ったらもう一発殴ろうと、難く決意する。


 別の誰かが言った。


(揺れない胸は胸ではないお!)


 軽く飛び跳ねてみれば、緋色の蕾を乗せた双丘が、小気味よく上下に揺れる。

 その饅頭は無言で許された。とはいえ、殴り倒していることに代わりはない。


「わたし、何をやっているのでしょう……」


 誰に言うわけでもなくそう呟いて後、自己嫌悪に陥ったのだろうか、がっくりと肩を落とす。

 とは言え、「日課」は引き続き継続する。あまり強くやりすぎると、「美しい」稜線が崩れる恐れがあるので、程々にしておくのも忘れない。


 こうして日々涙ぐましい努力を続けているわけだが、この手の知識を授けてくれたのは、かつて帝国航宙軍に士官候補生として配属された頃、部下として充てがわれた一個分隊、「ワルキューレ」との異名を持つお姉さま方、総勢9名であった。

 下級とは言え帝国貴族出身のエリートと、平民出で叩き上げな部下達、そんなステレオタイプな関係ではあったものの、生真面目だけれどどこか頼りない上官少女に対し、面倒見の良い彼女たちは、妹分として目一杯可愛がってくれだ。もちろん「可愛がり」ではない。


 からかい半分もあったのだろうが、彼女に少しでも自信を付けさせようと、女を磨く術を全力で仕込んでいったのである。

 酒の飲み方もそのひとつであったが、そもそも指南したのは粗野な女性兵士である。少々荒っぽい成長を遂げたのはご愛嬌だろう。


「今日は、こんなところでしょうか」


 そう独りごちて日課を終えると、もう一度シャワーの栓を開いて、湯冷めしかけた身体を温めなおす。

 それなりに疲れていたらしい、程よく眠気が襲ってくるのを感じ、彼女は軽く身仕舞いをすませてから仮眠室へと足を運んだ。


  *


 殆どの兵卒がアンドロイドで構成される地上軍とは異なり、航宙軍は人類が占める比率が極めて高い。単純な地上制圧任務ならば、下級兵としてのアンドロイドは極めて効率的に働くが、突発的な事態など個別判断を迫られる機会の多い宇宙での任務は、前線の一兵卒すらいまだ人類の手を必要としていた。

 その突発的自体が起きたのが、ミリアの研修期間が終わる一年が経とうとする直前だった。


「我々に、殿しんがりを勤めろと?」


 各小隊ごとに一体はいる、伝令役のアンドロイド兵から伝えられた上官からの指示は、事実上「死んでこい」と言われるに等しいものだった。


「反論は認めない。以上だ」


 言うべきことを伝え終えた伝令兵は、そのまま踵を返して、宵闇に黒く染まる木々の間へと消えて行く。その背中を黙ったまま見送って、ミリアは大きく切り取られた木々の隙間から覗く星空を見上げる。


(こんな理不尽な任務、皆にどう伝えたらいいものか)


 そんな事に頭を悩ませながら、ぼんやりと明かりの灯る指揮官用の天幕へと重い脚を進めた。


 俗に辺境銀河リムワールドと呼ばれる帝国支配域の辺縁。その領域の外側は、帝国に属さない諸国家領域のみならず、いまだ詳しい調査の手が入っていない未知の領域が広がっている。

 そんな領域の調査を行い、支配域を広げるのも帝国航宙軍の負った重要な役割である。

 ミリア率いるワルキューレ分隊も、そんな調査艦隊に乗り込み、未開の惑星に降り立つことになったが、調査は一向に捗る気配を見せなかった。

 なぜなら現地は獰猛な原住生物が跳梁跋扈していたからだ。


 初期調査ということも有って、期間はさほど長くは設定されておらず、そのため舐めてかかった部分もあったのだろう。

 海兵隊を含む、一個連隊を引き連れた調査艦隊だったが、偵察航空隊による地表調査が充分で無かったことが原因で、驚異度を低く見積った結果、地表拠点確保に至るまでに、二割に迫る地上戦力を失うハメになった。


 自らの判断ミスによる失態を糊塗すべく焦った艦隊司令は、なんとか確保した各拠点へ武装強化した守備隊を多く導入し、さらなる強行調査の実行に踏み切った。

 しかし結果を急ぐあまり充分なデータが取れず、状況分析もままならない中、最悪にも拠点のひとつが現地生物の襲撃を受けて壊滅状態に陥ったのだ。

 その結果、ミリアの所属する特務中隊は、多数の調査員を抱えたまま、原生林の真っ直中で孤立状態に陥ったのだった。


 命懸けで手にいれた貴重なサンプルや、調査データすら失われようとする事態に直面した中隊の指揮官は、こんな無茶な任務を指示した司令官を呪いつつも、なんとか結果を出そうと思案し、そのための「生贄」を選びだした。

 それがミリアたち、ワルキューレ分隊であった。


(確かに、夜間は「奴ら」もおとなしく、比較的安全と言えますが、それでも夜行性の現地生物も少なくない。油断が招いた失態です。その尻拭いをさせられるとは……)


 野営地周辺を飛び回る小型の探査ポッドが視界を横切るのを見送り、ミリアは歩哨役のアンドロイド兵の横をすり抜け、そのまま天幕へと入っていった。


「まあ、軍人なんてなあ、そんなもんさ」


 そんな風にさばさばした態度で応えるのは、女性としては体格の良い、真っ赤なウルフヘアをした年かさの女性兵士だ。

 帝国航宙軍の「軍曹」という地位にある彼女は、ワルキューレ分隊の事実上のリーダーであり、今はミリアの副官という立場にある。


 天幕にて待機中だった彼女に声をかけ、呼び集めた部下達にミリアは苦汁を飲むような面持ちで向かい合う。

 永らく共に過ごし、頼もしくも尊敬すべき先達、まるで家族のように思い始めていた彼女たちの口から、どんな罵倒が飛び出してくるだろうか。

 そんな風に恐れていたが、即座に返ってきた言葉が先のようなあっさりとしたものであり、また他の隊員達も似たような反応だったのだ。


「どうして……」

「そんなもん、お前の器量が、アタシらが命を預けるに値するって信じたからだ」


 事実、これだけ散々な状況にあってなお、このワルキューレ分隊はまったくの無傷のままだ。もとより練度の高い優秀な兵士ばかりであることも当然だが、それを指揮するミリアの非凡さこそが、この結果を齎したことぐらい、隊内の皆は重々に承知している。


「今までも、さんざん修羅場くぐり抜けて来たんだ。それがお前自身の実力なんだって、そろそろ認めてもいい頃だろう?」


 そんな暖かな信頼に包まれ、ミリアは思わず目頭が熱くなる。

 そして次に浮かんだのは、この理不尽な任務に対する激しい怒りだ。例え自分たちが殿となり、敵対生物を引きつけたところで、足の遅い研究者達を引き連れた部隊が、逃げ切れるはずもないと、ミリアは予測していた。

 むしろ残った部隊が一丸となって、比較的安全な夜間行軍にて他の拠点へと向かい、本隊と合流するほうが、まだ生きる目があるというものだ。


「お前も知ってる通り、この分隊は各部隊の『跳ねっ返り』ばかり集めた、いわば掃き溜めだ」


 そんな分隊成立の経緯については、着任当初この副官の口から、冗談混じりに聞かされていたことだ。なにを今更、と思ったミリアだったが、今の彼女の表情は真剣そのものだった。


「つまり、実力はあるが、何時切り捨ててもいいような連中を集めたってことさ。こんな時のためにな。だから、真っ先にそういう扱いを受けることになる」

「そんなバカな! ふざけている!」


 帝国法では性差による待遇差異を認めない、いわゆる「男女平等」が謳われているが、組織の末端、特に中央政府の影響が薄れる辺境においては、ほぼ形骸化しており、事実上の男社会だ。

 そのため、優秀な女性兵士達は、出る杭として容赦なく叩かれることになる。

 女の武器を用いて、強かに世渡りしていく者も少なくはない。しかし、少なくともこの部隊の女性たちは、それを良しとしなかった者たちだ。

 そしてミリアは知っている。彼女らがどれだけ優秀な戦士であるかを。

 情を排し、指揮官という目線で見ても、そんな馬鹿げた理由で損耗していい「駒」ではない。  


「一見、効率で回っているように見えても、結局『人間』のやることだ。情を優先して非効率なことをやっちまうことは珍しくない。こういった状況で、大義名分があるならまだマシってなもんさ。なにしろアタシら自身、そんな立場を受け入れちまっているところもある」


 自嘲気味に吐き捨てるのを聞いて、ミリアは悔しさに歯噛みした。

 なにより何時でも頼もしく、自分を導いてくれた彼女の、そんな姿は見たくはなかった。

 しかし次の瞬間、彼女は何時ものように、不敵に笑ってみせる。


「でもな、お前が来てからは、毎日が充実していた。こんな掃き溜めのアタシらでも、ここまで出来るんだってな。有り体に言えば、お前の元で戦えることが楽しかったんだ」


 見回せば隊員ひとりひとりが、副官と同じような笑みを浮かべ、見慣れた強い瞳でミリアを見つめている。なにより、「言葉」を待っているのが解った。


「さあミリア、今こそ覚悟を決めな。お前はあたしらの『指揮官/リーダー』なんだ」


 ならば、やるべきことは一つ。


「帝国航宙軍士官候補生、ミリア特務曹長が命じます。皆の命、わたしが預かります」


 そうきっぱりと宣言すれば、軍曹以下全隊員は、宙軍式敬礼ともに応える。


「「「アイマム!」」」


 夜間であることを鑑みて抑え気味ではあるものの、外に居るものには聞こえていたらしい。天幕の入り口から、白衣の女性がひょっこりと顔を覗かせる。


「おお、なんか、話まとまったって感じ?」


 気の抜けるようなお気楽な雰囲気をまとい現れたのは、ハチミツ色のブロンドヘアに、青い瞳の若い女性だ。隊の皆の注目の視線などものともせず、彼女はまっすぐにミリアのもとに歩み寄る。


「確かアナタは、調査隊の?」

「帝国技術開発局所属の下っ端研究員だよ。覚えててくれて重畳。アタシの事は『サエ』って呼んでくれていいよ?」

「それが、どうしてここに? 他の研究員達は、中隊指揮官の元に集まっているはずでは?」

「なんていうか、カン? キミに着いていくほうが生き残れそうな、そんな気がしたんだよね」


 なんとも研究者らしくない曖昧な理由に、ミリアは呆気にとられる。


「アタシって感覚派だからねえ。それに、リスク分散ってやつだね。調査データは、アタシのパーソナルスペースにも詰め込めるだけ積んでるからさ」


 などと言って、こめかみのあたりを人差し指で示して、くるくると回して見せる。


 帝国所属のヒュム系研究者の大半は、インプラントにより自らの記憶領域の拡張を行っている。そのため専用デバイスや端末がない場所でもホログラフィックス・インターフェイスによるデータアクセスや、ちょっとした分析作業も行えるのだ。

 しかし、その手の常識に疎かったミリアは、少しだけズレた解釈をしていた。


(たしかその仕草は、ちょっと頭がおかしい人を意味したような)


 それは異世界の自分から得た無駄知識だが、なんの偶然の一致か、サエと名乗った女研究者は割とマッド系であることが後々判明する。

 それはともかく、調査隊内で紅一点だった彼女も、相応に浮いた存在だったことは、ミリアも知っていた。だからこそ声をかけ、親しくなったのだ。

 ちなみに、お姉さま方に並ぶワガママボディの持ち主であることも、記憶に残った原因ではある。


「アタシにも多少の自衛能力はあるし、命かけて守ってくれとまでは言わないよ。ちょっと便利なお姉さんが、おまけで着いてきたぐらいに思ってくれればいいって」

「ふむ。そういうことでしたら」


 思いもよらぬ「増援」を手にして、ミリアはしばし熟考する。


 サエと名乗る研究員と親しくなったのは、交友関係を広げようだとかそんな平和的な理由ではない。生き残るためには少しでも有益な情報が必要だと考え、上官に調査データの開示を求めたのが事の発端だ。

 まずは真正面から中隊長に具申したところ、それが「軍事機密」であり、士官候補生に過ぎないミリアには開示できないと、けんもほろろに追い返されたのは想定内。その後周囲に聴き込んで、たどり着いたのが、多くの研究員たちと離れ、ひとり蚊帳の外だった奇妙な女性研究員だったのだ。

 ミリア達ワルキューレ部隊がなんとか敵に対応出来ているのも、彼女がリークしてくれた原住生物に関する情報のお陰もあった。


「あれから多少なりともデータも増えたし、解析も結構進んでる。キミなら巧く活用してくれそうだってのも、ここに来た理由の一つだね」


 そこまで聞いて、ミリアは改めて決断する。


「幾つか試してみたい戦術もありますし、サエさんの情報が加われば、成功率も上がるでしょう。殿を務めるのはいいですが、別に撃退してしまっても構いませんよね?」


 フラグのようなセリフを吐きつつも、自信たっぷりに応えるのを聞いて、隊内は俄に沸き立つ。こういう表情をした時のミリアが「強い」事は、誰よりも知っているのだ。


「おお、良いじゃん良いじゃん。逃げ腰で及び腰の上に、ギスギスしてたアイツらなんかとは、比べ物になんないね。さっすがアタシ、見る目あるう」


 そう自画自賛するサエを交えて、ミリア達は明日に向けて軽いブリーフィングを行う。本格的な作戦内容は、この後艦隊旗艦のメインサーバーからフォークされた局地戦向けの戦術AIが一晩かけてブラッシュアップする予定であり、また予測精度を高めるために「二徹三徹は当たり前」と軽く受け合うサエが、新規データの入力と共にAIのお相手を申し出てくれた。


 純粋な戦闘要員である分隊メンバーは解散、それぞれの寝床に戻って、天幕に残ったのはミリアと副官、そして本来は部外者であるサエの三人だ。

 ホロウィンドウを広げ、早速作戦の微調整を進めるつもりだったミリアだったが、それをサエがやんわり嗜める。


「作戦のフレームワークはしっかりしてるし、あとは誤差を詰めるだけだよ。休めるときにはしっかり休むことも兵士にとっては重要な仕事、ってヤツでしょ? ミリアちゃんがお休みしないと、副官さんも休めないよ?」

「はっ、素人のアンタに言われるまでもないねえ。ミリアはちゃんとアタシが休ませるさ」

「おやおや、キミは軍曹か。ちなみにアタシ、少尉待遇なのよね。だから上・官♥」

「跳ねっ返りのアタシらに、そんな肩書が通用するとでも?」

「もっちろん、思ってないよ?」


 明日死地へと赴くとは思えないほどの気易いやり取りを聞きながら、ミリアは覚悟を新たにする。


(どんな困難が立ちふさがろうとも、わたしは絶対にぶち破ってみせる!)


 小さな胸の奥に響き渡るそれは、「破壊者・ミリア」の産声でもあった。


 ちなみに、具体的な戦闘シーンは容赦なく割愛されるので悪しからず。


  *


「誰ですか、貧乳呼ばわりしたのは?」


 瞑っていた両目がぱっちり開くと、深いヴァイオレットの瞳が虚空を睨めつける。

 直後、小さなホロウィンドウが開いて、現在時刻を示した。


「……半端な時間ですね。にしても、懐かしい夢でした」


 簡易ベッドに寝そべりつつ、うつ伏せになって枕に顔を半分埋める。

 視線の先に新たに開いたウィンドウに映るのは、ミリアとワルキューレ分隊9人、そして「サエ」だ。

 場所は、どこぞの「宇宙港のロビー」……すなわち、皆無事に生還した「直後」に撮った集合写真である。


「みんなボロボロですね」


 流石に五体満足、というわけにはいかず、多数の応急器具で覆われ痛々しい姿を晒す分隊メンバーは、この後退役を余儀なくされることになる。

 脳みそさえ残っていればいくらでも再生できる、なんて超技術はこの銀河でもさすがに確立されていない。

 精々がクローニングによる部位欠損の治療技術がある程度だが、拒絶反応の完全な押さえ込みは出来ず、日常生活はともかく、戦場への復帰など無謀も良い所である。

 特に機械技術に特化している帝国において、義肢はともかく再生治療の類はやや遅れた分野でもあった。

 これから日常という名の新たな戦場にて、年若い彼女たちの前に立ち塞がるのは、数多くの不自由と後遺症である。

 それでも、凛々しい佇まいは戦女神の名に相応しく、その表情はみな笑顔であった。


 こうしてミリアの宣言どおり、誰ひとり欠けること無く絶望的な戦況を乗り越えたのは、彼女たちの実力は当然、多数の偶然が重なり合った結果である。

 しかし、それら偶然の陰には「ソラリス教団」による密かな支援があった。

 特にミリア以外が助かったのは、本当に偶然だったというひどいオチが付く。

 結果として、ミリアは自身が「破壊者」という二つ名をもつ、「八星士」と呼ばれる存在のひとりであることを知らされ、以後、教団より本格的な支援を受けるに至った。もちろん、今更帝国軍に未練などあるはずもない。


 なおミリア自身、左腕を失う大怪我を負ったのだが、治療費と共にお姉さま方が退職金をかき集め贈ってくれたのが、当時帝国でも最新鋭とされた、擬装型デバイスであった。

 軍を抜けることになっても戦場に居続けることを臨んだ妹分が、少しでも長く生き残れるようにとの姉心らしい。


「皆、良い方たちではありましたが……どうにもズレているのですよね」


 そんなズレたお姉さま方に育てられたミリア自身、結構ズレているわけだがそこは言わぬが花というものであろう。

 ちなみに教団の要請で救助にきた傭兵団の男達に一目惚れしたらしい、そのままの勢いで最後の「ひと狩り」に成功、ただの退役からランクアップして全員寿除隊と相成った。

 多少キズモノでも、気にすることのない相手と出会えた事は、望外な幸運だったのだろう。

 時折送られてくる多数のムービーやスナップ――家族水入らずで幸せそうな――は、退役後の彼女たちを憂うミリアに対する、優しい心遣いである。

 とはいえ、人並みの幸せを手に入れた彼女たちの姿を眺めているうちに、ミリアの胸の奥にふつふつと、とある感情が湧き上がる。


「……わたしも彼氏欲しい」


 直後、ソラリス教団のエージェントから伝えられた、とある「預言」が脳裏をよぎる。


(そう言えば、今回の一件を通じて、わたしに何がしかの「出逢い」があるという話でしたか?)


 教団の齎すその手の「美味しそうな話」にはさんざん振り回されてきた。その経験から、今回もあまり期待はしていないが、それでも一縷の望みをかけてしまうのは、恋に恋する乙女のサガというものだろうか。


「高望みはしませんが、できればヒュム系で、頼りになる方がいいですね」


 ため息混じりにそう呟きながら、ミリアは疲れた身体を休めるため、二度寝を貪るのである。


 ちなみにミリアを慕う例の白饅頭は雌雄同体の軟体動物系種族であり、交配は無理である。

 触手? 皮被った短いの一本だけだぞ?

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辺境銀河の異邦人/エトランゼ 天月 椎 @alt-nate

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