#41or56:霧散or霧消
威勢よく飛び出していったものの、分は悪い。何でか分からんが、俺以外の俺たちが何か結託気味のスタンスなわけで。いや何故。
豪奢なシャンデリアの暖色の光は、その下の白いマットで繰り広げられ始めている悪夢のような阿鼻叫喚場に場違いにも柔らかく降り注いでいて。
「うらぁああああッ!!」
手乗りサイズの七色の小人が殴り合い掴み合いさらには噛み付き合い、その足場から得体の知れない土埃のような我ら意識体の残滓のようなものが粉っぽくキラキラと舞い湧き上がっておるが何ぞ。明らかに九十六年より過去の、天城が来たという七十二年よりもさらに昭和を遡った感のある絵ヅラの、その中心も中心でわやくちゃやってる自分を遥か高みから俯瞰している自分も感じているという、曇りない混沌の只中で、だが俺はようやくてめえの魂の燃やし場を見つけたようで妙にしっくりと来ているところもある。
達観している場合ではないが。残された時間は一分。思考が皆同じだからか、突き出した拳も回し込んだ爪先もどいつかのそれに当たって相殺されちまう。
「お前だけには勝たせん……ッ!!」
黄色が俺の腰に両腕を回して組み付いてくる。さらには腕を極めようとしてくる白を何とか身を捩らせて躱すが。何だ? 何で俺だけに来る?
「分かっているんだよ……お前が『真』であることはなぁ……『正史』ぶった顔をしやがって、そのおすまし顔に違う『正史』をぶっかけてやろうか……ッ!!」
のたまってる言葉は半分以上分からなかったものの、いや、分かるのか。その上でそれに抗おうとしているのは、遥か高みからの「俺」の意志なのか。
「俺」はどうしたいんだ。本当に。いや、迷うな。思考の根っこは同じなんだ、俺は俺で行く。どんどん組み付かれていくままならない身体の底から力を吐き出すように「意識」を紡ぎ出していく。
同じ思考ならば。それをほんの少しずらしてやれば。ずらしてやることが出来たならば。
「……ッ!!」
意識することで、俺の他の「俺」たちに先んじての行動を一拍分だけ、何とか早めることが出来た。相手の拳が撃ち込まれる前に自分の拳を突き込む。相手の蹴りが伸び切る前にその出鼻の脛辺りに踵を突っ込んでいく……
一度そう噛み合ったのなら、そうは容易く覆せねえだろ……? 子供の頃に誰かとやったじゃんけんを、何故か思い出していた。一回負けると、芋づる式に連続的に負け続けてしまうような流れ……いま何故その思考が浮かび上がってきたのかは分からねえが、とにかく、
「ああああああッ!!」
最後まで抗って喰らいついてきていた橙を、腰のひねりを総動員した渾身のリバーブローで派手に漫画的に後方方面に吹っ飛ばす。勢い余ってつんのめってしまうが。右掌をクロスに擦り付けるように突いて体勢ベクトルを斜め上に修正する。これで邪魔はいなくなった。走れ。
朋有の出された【6】をそうと確認する勢いで、後方の【2】とすり替え、同じく隣の洞渡の【6】を【1】に。灰炉の【3】を【2】へ。いくら俺の姿を感知できなくとも、札が移動して入れ替わるサマが眼前で展開していたら奇異に映るんじゃねえかと思ったが、意識の埒外、という奴なのだろうか、洞渡なんかはずっとテーブルの上に目線を落としていたものの、何もリアクションはされずに済んだ。よし、俺も持ってるってことで突っ切らせてもらうぜ……
最後、杜条の【5】をすり替えれば晴れて、とか余裕を見せてしまった、その、
刹那、だった……
「……ッ!?」
身体が、後方に、引っ張られる……限界が来て意識が不安定になっているとかそういうことなのかとか考えたが、
違った。
背中側に向けて倒れ込みそうになりながらも、奇妙な浮遊感を持って俺は中空を滑るように移動する。いや、移動させられている。
その先には。
「……ハハハハしょうがないこの意識の身体はキミに委ねようじゃあないか、だがッ!! ……この勝負は貰うよ、それで
緑……言ってる言葉は皆目分からなかったが、可能性を放棄した、そう考えればいいのか? その瞬間、「統合」みたいなのが起こると? そして互いの意識体は引き寄せられ、ひとつに融合する。しかし今のように緑の身体が他の二人にがっしりと固定されている場合、引き寄せられるのは俺の方だと?
混沌の中のカオスに、最早思考はついていけそうも無かったが、俺の身体は非常にすべらかに、重力の存在を感じさせないほどにそれはするすると、後方に控えていた緑に後ろから貫かれるような体勢にて「合体」した。途端に全身に走る何とも言えない悪寒のような何か。
わやくちゃ過ぎて、もう何がどうなるのかは分からなかった。杜条が勝ちを得たら、未来は変わるのか? その場合、俺という存在はどうなる?
緑色の俺、とか、白色の俺とか、ではなく。まったく違う人間へと「転生」するんじゃあないか? いや、「
分からなかった。が、確実に「正史」から外れていくような感覚を、身体のどこかが受け取ってもいた。さらに引き寄せられてくる他の分身たちにぶつかられつつそれらを呑み込むようにして合体していきながらも、意識としての俺はスカスカに薄れていくように感じられていた。
両膝を突く。おそらく「俺」はもう消える。全部の俺が消える。そこまでのことになるとは。こんな結末になるとは、考えてもみなかったが、いや本当にそうか?
思考は混濁する。
が、一分という取り決め時間はとっくに過ぎていたらしく、茫然とテーブルの真ん中ほど近くで佇む俺を留め置いて、周囲で一斉に開かれる「札」……
朋有【2】灰炉【2】洞渡【1】杜条【5】鍾錵【4】在坂【3】春日【6】
それを受けての最終のカネの多寡は、
鍾錵 1200 【3】
灰炉 1000 【3】
在坂 900 【1】
洞渡 1100 【1】
朋有 800 【6】
春日 1300 【2】
杜条 1400 【2】
一歩、及ばなかった……自分の出した札と違う出目に驚く面々がいる中で、杜条がくふふふというこもった笑い声を上げる。
俺の意識もその声をバックグラウンドに、周囲の空気に溶け出していくかのように消失を始め、ぼんやりとした黒い闇のようなものが覆いかぶさるかのように、足元から這い上がってくるかのように、
迫り、俺という存在を端から無かったものにするかのように、溶かし、うねり、消し去って、
「……」
……いかなかったわけで。
「じゃあ、私の勝ちということで……いいでしょうか、みなさん」
決着がついた後の、どこか弛緩した空気を柔らかく、しかし鋭く切り裂くように。
「……」
そう言い放ったのは、他ならぬ、春日嬢であったわけで。
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