#22or75:有言or実行

 第三投。の前に今度こそ当然に「ライフ買い」をするものだろうと思っていたが、シンゴは残りライフ「1」にも関わらず、またしても購入に動こうとはしなかったわけで。この勝負に万が一勝った場合、残りライフは次の対局には持ち越されることは無く、一律「10」に戻されるとのことだ。元からあった細則かどうかは怪しいが、天城からそう告げられた。であればもし勝ったとしたのならば「買い損」、その可能性は頭では分かっているものの、それでも安全を買っておくって発想って無いのかよと思ったが、思ってみたところでもうこの丸顔には端から無いようだった。


 抗議ももう諦めている。いや、それよりも何かこいつの底知れない深さのようなものに呑まれて先ほどから俺は何度も言ってるが完全な傍観者だ。でもこいつには何かある。何か引き込んでくるような何かが。であればもう委ねるとする他は無さそうだった。


 相変わらずの凪いだ丸顔に相対するは、既に余裕によるものかこちらも凪いだ薄ら笑顔のスキンヘッド氏。ライフ多寡は「10対1」。相手が何故か補給をしない、ということは勝った時にその持ち金をそっくり目減りしてないまま奪える、そして相手の「能力」とやらも奪取しての二週間の金持ち状態での猶予期間モラトリアムの付与……みたいな対峙しているだけで漏れ出てくるような思考の渦がその緩んだ顔面から放出されているように思えてならない。もしやこの油断を誘うためにシンゴは筋悪で分かってないふりで自分の場に持ち込もうとでもしているのか?


 それとも本当に分かってなくて、さらにの運気も枯れてるか、か。


 が、何かを待っているようにも見えるその丸顔に託す。俺の他の「意識体」の面々もその十五センチくらいの体躯になった姿で何故か虹の色並びと同じ横並びでシンゴの肩口に各々立って見守っているという軽い悪夢のような佇まいにて固唾を飲んでおるが。


「それでは第三投……『ダイス』ッ!!」


 場を仕切る長髪タキシードは一貫してこの対局全てを楽しんでいる感を隠そうともしてねえ。同じ「対局者」の立場であるってのに、こっちのモルモット感は何なんだちくしょう……スキンは何かもったいぶったような素振りで青いサイコロをボウル上空から軽く投げ落とす。対するシンゴはまた動かず様子見。しかし待ったところでどうなるかは結局運否天賦だったろうが本当にどうすんだよ……


 変わらぬ状況に、諦観が意識の全部を覆おうとしかけた、その、


 刹那、だった……


「……!!」


 スキン氏の出目が「3」を示した……!! と俺が視認したかと思った瞬間、


「!!」


 シンゴはその指先に保持していた赤いサイコロを極めて自然に、極めて素っ気なく、ボウルの底に腕を伸ばすと青の隣にカチと置いたのであって。出目と言っていいか分からないが、目は「9」を示していた。どわというような声がギャラリーから立ちのぼる。そして、


「おぁぁいッ!! なぁに反則カマしてんだぁッ!! てめ、イカれたのかよぉぉッ!?」


 当然の抗議と思われた。が、スキン氏の怒りにより歪んで筋張り赤らんだ顔に何故かの卑猥感を覚えるほどには、俺も何となく理解を終えていたわけで。やりやがった、と、そういうわけだな?


「あっるぇ~、細則の何処にも『ダイスを投げ入れること』なんて書いていなかったですよぉ~?」


 そして出た。相手の逆鱗を共振させるほどに、にちゃりとした音波がその媚びへつらったかのように見えてその実、小汚いマウントを巧妙に取ろうとしてくる顔面から放たれたことが確認された。


<二:主催者から『ダイス』の掛け声が上がったら、そこから五秒以内にサイコロを『ボウル』と呼称される『場』に入れる。五秒を過ぎた場合、負けとなる。対局者双方が五秒を過ぎた場合は、双方失格となる>


 確かに示された細則には「投げる」なんてことは一言も無かった。ルールの隙をついたのか、あるいは天城の仕込みか、それは分からなかったが、そこそこの一矢は報いたように思われた。


 「合図ダイス」からすぐ投げ入れた場合、ほぼ三秒くらいで目が確定すること、それを確認してから自分の投擲が可能なこと、その際、相手のサイコロに当てることも出来るが、それによって出目を覆せるかは運であること、かえって相手の目を押し上げてしまう可能性もあること、ゆえに「後投げ」が必ずしも有利ではないこと、ゆえに考え無しにすぐ投げ入れてしまっても問題は無い、と、


 思わせること……


 全てはこの「9の直置き」を成し遂げるための、完全に計算通りとはいかないと理解した上での布石であったわけだ。そしてそれを待った。「確実に勝ちを拾える」その瞬間まで、丸顔を伏して我慢して。


「いやぁ、うまいこと穴を突かれましたねぇ。今回は当然認めます。が、このままではサイコロを置き合い続けるというみっともない絵面になってしまうからして、改訂をいたしましょう。『主催者から『ダイス』の掛け声が上がったら、そこから五秒以内にサイコロを『ボウル』の上空十センチ以上の高さから投げ入れる』、これでいかがでしょうか?」


 掴みかかるように詰め寄ってきたスキン氏は、音も無く寄ってきた屈強な黒服ふたりに阻まれ、こちらにも天城のところにも至れなかった。憤怒の形相。いやいやいや、そんなメンタル晒して大丈夫かよぉ。思うつぼだぜ? それよりも早々に自分のサイコロを自らボウルから拾い上げて、擦り切れたシャツの袖口で丁寧に拭いて次投に備えている、この丸顔の行動を注視していた方がいいんじゃあないか?


 いや、備えているフリをしているこいつの行動をよぉ。

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