#12or85:公平or無私

「いや……つうかどうした? あの局面でいきなり『能力』晒すなんて思っても無かったけど」


 「会合」のあった地下ルノアールから地上に出ると、そこはやはりどんよりとした雲がみっしりと上空を埋め尽くしている図があったものの、何となくあの息の詰まる空間から抜け出せたことに一息ついている自分を感じている。いやそれよりも先ほどのやり取りだ。結果オーライかも知れないが、いきなり手の内明かすっていう……どういうことだよ。


「何となくなんだけど、今後を考えるとお金をゲットしていた方がいいかなって思ったわけで……それにあんなにポンポンばら撒くっていう天城ってヒトに……ちょっとムッと来たところがあってうんまあ……勢いっていったらそうかもだけど」


 なるべく声のトーンを落として俺の方は見るなと釘を刺しておいてから、シンゴに説明しろと促したらそんなままならないぼそぼそ声が返ってきたに留まった。うん……まあ何が正解かは皆目分からない今の状態だから何とも言えはしないのだが。こいつなりに何か考えていたのかと思ったが、割と脊髄反射的な行動であることが分かっただけであった。しかしてカネに関しては何らかのしがらみを抱えているようにも思われた。このご時世(九十六年と鑑みても)、風呂なしトイレ共同のボロ家に住んでいることや、バイトに明け暮れていることに関しても。


 ととりあえずせっかくここまで来たんだし何か食べていってもいいかいと、俺の返答を待つ前にすでに中央通りの方に歩き出したその小太りの身体に引きずられるようにして「併歩」させられとる俺がいる。本日は月曜日。日曜なら歩行者天国でみっしりと人でごった返していただろうが、観光客が団体で目立つ以外は、そこそこの人通りだった。


 改めて思うのも何だが、ここ東京には何人の人間がいるというのだろう。そして山手線内側と絞ったとしてもその多寡の規模っていうのはそれほど変わらないだろう。その中のたった「九十六人」という割合を考えたのならば誤差レベルのはず。念のためシンゴにはさっきの六人以外の「参加者」がこの辺りにいないかと細かくチェックはさせているものの、これだけ人がいても引っ掛かる気配は無い。そして、


 九十六年のこの街は、俺がイメージしていた「秋葉原」とは、当然なのかどうかは分からねえが、割と地味という点で異なる様相を見せていた。勧誘してくるメイドもいない。ただ一様に早足で通り過ぎる求道者たちの顔つきやら髪質やらこごめられた背中に背負われたぱんぱんのリュックやらが、時系列的には逆の既視感を与えてきてはきていたが。


 せっかく百五十万という大金を掴んだんだから、ステーキとかその辺をがっつり行きゃあいいのにとか思ったが、結局シンゴが選んで入ったのは、どこにでもあるファミレスであったわけで。


 お、お金の多寡が勝負に直結するかもだから、意味ない無駄遣いは出来ないよ……と割とこの奇想天外な「対局」周りのことについてもしっかり考えているんだな……とか思いつつ、暖色の照明が照らす薄緑と白を基調とした店内について入っていく。いや、そういやこいつ、最初っからこの荒唐無稽は呑み込んでいたっつうか、待ち望んでいたとこあったっけか……色々考えてはくれてるんだってことに少しありがたみを覚えるが。


 そんな、今までの緊張感からほんの少しだけ弛緩した思考を浮かばせていたのが誘引してしまったのか、それともこれが因果という奴なのか、その、


 刹那、だった……


「いらっしゃいませ、おひとりさまですね?」


 おそらくはマニュアル通りの接客対応、さして何も無く通り過ぎるはずの事象。のはずだったが。


「は、はははははい~、ままま窓際の禁煙って空いてますかねぇぇぇえええ……」


 いや。お前あの得体不明の切れ者、天城を前にしてもそこまでは揺れてなかったじゃねえか。なぜ、今、この場所で、そうまで丸顔面を引き攣れさせてまで緊張している? が、そんな不審極まる客を目の前にしても、相対している同い年くらいのあどけない感じの女店員の笑顔はブレない。流石、と言いたいところだが、何か俺の喉元辺りで出そうで出ない咳のようなもどかしい感触が渦巻き始めるのを感じている。


 何だこれ。


 まじまじと、その右掌を掲げてにこやかに案内をし始める店員の正面に回り込んで観察してみる。他人と接触すると俺自身の感触みたいなのが伝わってしまうかもだったからそこは細心の注意をもってした。が、分からない。どう見てもこのファミレスのイメージカラー的な薄い緑色の制服を身に着けた小柄な女、それだけだ。胸の名札には「春日」。それを見ても何らピンと来ることも無かった。


「い、いやぁぁリンドーくん、今のコめちゃくちゃ可愛かったよねぇぇ……あ、あるんだねえこんなこと。き、キミが来てから、色々、うん、あるもんだねぇ……」


 窓際最奥の二人掛けに通され、ソファにその小太り体をねじ込むようにして座った瞬間、そのような独り言にしては声量がでか過ぎる興奮気味の声が、大きく開いた両鼻穴から出てるんじゃないかと思わせるほどのけったいな顔つきにて放たれるのだが。眼前でそれを見させられるこちらの身にもなってくれ。そして声はもっと絞れ。いやそれよりも。


 聞いたことがある。親父とおふくろの馴れ初め話を。九十六年いまより未来の、遥か昔のことだが。


 ふと立ち寄ったファミレスで出会ってひとめぼれ。昨今そうは無いくらいのベタなシチュエーションだが、出来過ぎに出来過ぎていて、かえって真実ガチ臭く聞こえたことを確かに覚えている。


 のちに最後発ながら一代で東日本の外食産業の勢力図を塗り替えたとまで評される格安フードサービスチェーン「ボイヤス」を築き上げた男の、その全ての発端がファミレスで偶然出会った、のちに俺の母親となる女性との運命の出会いとやらであったことを、幼い頃は何度か聞かされた。その生みの母親の顔も名前も、結局ここまで知らず仕舞いで終わっていたが。


 この、諸々のことは、俺に何を示そうとしている? 何を呈そうとしているんだ? いったい。

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