#04or93:曖昧or模糊

「その『戦う』っていうのはどういうことなんだろう。君が、僕に取り憑いてって言ってた? 今の状態が『取り憑いてる』って言えるのかな。ああ、ちょっと落ち着こうか。何かお茶でも……と思ったけど何も無いや。というか君のその透ける身体は飲み食い不要?」


 全然落ち着けてない丸顔の男からそんな事を興奮気味に言われるが。まあ「実体が無い」という実感は無いが、多分そうなのだろう。身体があるゆえの欲求の諸々は無い、と思う。そこはまあ便利ではあるが少し物寂しい気もした。とは言え「目」……「意識の視覚」かもだがこの際もう「目」と言い切る。目に見えるものは確かにそこにあるという、当たり前なのかも知れないが確かな現実感とでも言えばいいのかのリアル感をもってそこに「在る」。聴覚ももちろん、嗅覚もあるようだ。あまり感知したくは無いが、栗の花のような香りがそこはかとなく漂っていることが無駄に判る。出来の良いVR世界……ざっくりとまとめるとそんなような感じだろうか。そして何と言うか。


 自分の生まれる前の世界……それを実際にほぼ「現実」のように体感していることが、遅ればせながら俺に得体の知れない高揚感を与えてきているのも確かだった。そんな風になる自分なんて想像も出来ていなかったから戸惑っている。そのことに一役買っているのは間違いなく今も目の前で鼻息を荒くしている小太りの男、父親、親父、どう頭の中で呼んでいたかは忘れてしまっていたが、ともかくこの人物の存在なのだろう。


 急速に、興味が湧いてきていた。これが本当の過去でも、作られたものでも、それ以外でもどうでもいいという思いも、驚くことに意識の底の方をゆっくりとしかし確かに流れているかのようだった。何故、こんな感じになってるんだろう、まったくもって分からないが。


「き、君はもしかすると僕の守護霊的存在なんだね……ッ? ぱ、パワーを有したビジョンと、そう言っても差し支えは無いんだね……ッ?」


 丸顔のテンションは何を以ってか早くも高まりを続けており。差し支えは勿論あるのでノーコメントで流すが、いやこんな夢見がちな感じでよくあそこまでの成功を収めたな……


 諸々の物事を整理したいのは山々だったが、まずは現状を把握しておきたい。猫耳は「詳細は後日郵送」みたいなことを言っていたが「郵送」?


「ポストは?」


 部屋の出入り口は防犯上大丈夫かよ、と思わせるほどの簡素な合板の木製で所々ささくれ立っていてドアノブの真ん中に鍵穴がある。ピッキングが捗りそうなタイプだ。郵便受けは無く、そもそもこれが内扉なのか外へと通じているのかも分からないが、えと階段降りたら塀の内側にあって201、との言葉を聞いてすぐさまその薄そうなドアを開けようとするものの実体は無いんだった。意を決して頭から突っ込んでいくが、あっさりはね返される衝撃。んん?


 あははそれ外開きだよ、という楽し気な声が背後から響いてくるが、お前は色々とうっとおしいな!! とは言え実体無いくせに物体の干渉は受けるのかよ、薄々感づいていたが重力影響も受けてんな、と落とし込まれた状況を色々把握していっている素振りにて、あくまで感覚的なものだが少し呼吸を深めつつ、ゆっくりとその丸ノブに手を伸ばす。触れた。掴めた。


「……!!」


 回し押し開けると、巻き付くような湿気の感覚と共に、切れかけの街灯の瞬きが視認できた。やはりVR、全てはそう思うことでうまくやれそうな気がする。よし、順応しろ。とは言えまろび出たそこは塗装のはげた金属の外階段。安全上どうかと思わせるほどの斜度で、ぼんやりと雑草雑木が居並ぶこの建屋の庭のようなところに突き立つようにしてそびえているが。視線を降ろすと苔むしたブロック塀のこちら側に四つ、薄明かりの元でも朱色と分かるような派手な色合いの郵便ボックスが確かに見ては取れた。


 実際に「郵送」されてくるかは謎だが、まずはそこからチェックしておいて損は無いはず。と自分ながら割と冷静な判断できてるなとか自賛しつつ、踏み外し落ちたのなら結構な「衝撃感覚」が与えられるんじゃねえかと危惧しつつ、足の半分くらいしか幅の無い踏板に注意しつつ一歩目を降ろそうとするが。


「……?」


 そこで俺の身体の動きは止まってしまう。何だ? まるで全身が透明なゲル状のものに阻まれているような感覚。渾身の力を込めてそこへ分け入っていこうとするも、まったくままならない。何らかの制約か? とそこで一歩立ち止まれば良かったはずだが、色々あって色々焦っていたことは否めない。助走をつければ突き破れるかも知れない、という先の見えたコントが如くの行動を起こしてしまった俺はやはり平常では無かったのだろう……


 どどうしたのっ、と丸顔がどすどすとドア元まで来てこちらの様子を窺おうとその丸顔を突き出してきたと思うや否や、


「!!」


 俺の身体は枷を外されたかのように勢いよく階段の上空にダイブをかましていて。やばい、と脊椎が本能的に危機を感知する。が、鋭角な落下が始まったと思った瞬間にはまた「ゲル」によって何とか顔面を踏板にぶつける直前で中空に留められていた。が、が、


 だだだ大丈夫っ、という要らん気遣いで丸顔がさらに俺との距離を詰めてきた瞬間、また枷が外れた挙句、実体では無いが俺の鼻が金属の板状のものに擦られ、ひしゃげるほどに衝突させられていくのであった……


 把握は出来た。つまりは俺とこいつは一蓮托生。俺はこいつの半径約二メートルくらいから物理なのか分からないが物理的に離れられないということを脊椎に叩き込まれた。つまりは、逆社会的距離ソーシャルディスタンスと言える……ッ!!


 つまるところが全くない状況ではあったものの無理やりに思考を奮い立たせつつ、両穴から血が垂れてないか確かめつつ、オラ来い、と急速に態度を変えつつ、丸顔を促しボックスへと向かうが。

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