#02or95:大同or小異
「質問をしても?」
気を取り直せ。全員が全員分かっていないのなら、それは五分だ。自分だけが分かっていないわけでは無い。落ち着いて最善の道を。もう戦いは始まっているんだろう? 控え目ながらきっちりと、俺は自分の顔の横辺りに右掌を掲げつつ、端的に、あくまで動揺なんてしてませんよ風情で声を発する。実体があるのか無いのかは自分では感知出来なかったが、自分の音声はこのだだっ広い空間に響くは響いた。
どうぞですニャ、と、これまた軽い感じでいなされたような言葉が、中央にふんぞり返る猫耳から返ってきたが、一瞬その「猫」にしては垂れ気味な眼と目が合った。「微笑」にカテゴライズされる表情に見えるが、こちらを睥睨してくるのはそれにそぐわない冷たさ、というか。俺の初発の動きすら想定内ですよ、みたいな。いや、落ち着け。こういった場で最初に発言をカマすこと、それ自体はあまりこの国では歓迎されない。質問するためだけの質問で自分を印象づけるなんてことは、実際は機能しないということ、それも何かで読んだ。ゆえにここですることは、クリティカルなものでなければならない。
「時空を超えるってその……その先の『一九九六年』? に飛んだと仮定して、そこで何かをすることで何というか、未来が変わってしまうとか……」
が、駄目だった。自分でも何が聞きたいか分からないし、質問の体にもなっていなかった。周りからの冷笑未満の真顔をほんの少しだけ向けられたような気がして、耳に熱を感じてしまうが。
「変わらない、ですニャ」
当の猫耳は、それすら想定内というような涼しい流し目をこちらに送りながら、そう言い切った。何だこの当然感、というか圧力は。ごてごての「玉座」からほんの少ししなだれ方の向きを変えると、その細い顎に右手の甲をつけるような仕草。いちいち間の取り方が気障りだが落ち着け。
「貴方がたにもう『実体』は無いのですニャ。いま見えているとか聞こえているとか感じているのは、『意識体』が疑似的に為しているだけのこと。『憑依』と言いましたニャよね? それはあくまで実体を持つ人間の意識の隅に間借りするだけの話。その『貸主』の意識に干渉することは可能ですニャが、そこまで。実際に何かを変えるなんてことは唯の一人の人間にはとてもとても成し得ないことなのですニャ」
物腰は丁寧だが、それは完全なる「自分が上位」と確信した上での余裕の見せ方なんだろう。こちらをずっと見ているのが、実験動物を見るような、単なる「興味」に裏打ちされただけの空虚なものであったから。俺もこんな風な目に見られたことがあるから分かる。いくら勉強が出来ようが、タイムをコンマ二秒縮めようが、それは他人にとっては何も芯には響かないただの「情報」に過ぎない。俺は、そこだけは認識が甘かったと言わざるを得ない。今更かもだが。何かが、意識だけとなっただろう俺の表層を縦横に走り出しそうだったから慌てて無心になろうと努める。考えろ。今は目の前のことを。
「『真ん中の年が一九九六年』っていうのは……過去からも未来からも集まってきてるわけか? 『四十八年間』っていうと……『一九七二年』から『二〇二〇年』までの間で?」
俺なりに計算して少しは意味ある質問に見せかけたが、そして尊大なクチを利くことで気圧されてないぞ的な空気をカマしてみたが、それも悟ってますよ風に軽く鼻息を突かれただけにとどまる。そしてこの場からも、いるよねこういう奴、当たり前のことをさも重大そうに質問してくる奴、みたいな空気がこのピンク色の雲の上にさらに層を作るかのように漂い始めるが。まあいい。もういい。ここまで来たらアピールしまくるイタい奴のスタンスで、それを利用して踏み込んでいってやる。
「そうですニャ~、鋭いするどい~。『九十六名』の若人たちが、『九十六年』の世界に集って知恵を絞ってバトルする~。必然性は、ございませんのニャ。単に私の興味を満たしていただければ、それで良きなのです~、それで強くてニューライフをリスタート出来るんであれば、これは乗らない手はニャいですよねえ……」
なるほど。と言うほど分かったことは無かったが、こいつの立ち位置は分かった。何を聞いても無駄だ。拒んでもおそらくはあっさり切られるだけだろう。気まぐれ、猫だけに、か? 皆目いまの状況は理解の取っ掛かりに小指の爪先も引っ掛からなかったものの、ひとつだけ心に引っ掛かっていた新たな事が脳内に、ぽつり浮かんできていたこともある。脳はもう存在していないから、「意識」の「片隅」か。そして行き着く先が無であるならば、その前に何かひとつやらかしてやろうか的な捨て鉢なメンタルにもなっている。
「期間は『六月九日』から『九月六日』までの約三か月間ッ!! その間に『六回の勝負』を基本『一対一』で行ってもらいますニャッ!! 詳細細則につきましては郵送で後日お送りしますゆえ、誰に乗り移ろうと、そこのチェックだけは欠かさない方がいいですニャよという御忠告……」
分からないままだが、「六」と「九」に並々ならないこだわりというか偏執があるのだけは悟れた。いや、それが何でとかは分からないのは分からないままだったが。と、
「では前段はこれにてですニャ……またお会いできたら……いいですニャね……」
唐突だった。本当にワケの分からないまま、足元のピンクの雲がいきなりその嵩を増してきたかと思いきや、たったひとつ遺されていたこの俺の「意識」が、あっさりと。
手を添えられた包丁を押し付けられるかのようにして、ゆっくりとだが確実に、
「……!!」
ばつり、と断ち切られていったわけで。
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