(2)だから今日はおへそ記念日

 有馬姉弟が暮らす理天学院というところへは、ジャパ兄、じゃない、ソンテさんの魔法によって一瞬で到着してしまった。どれくらい離れてるのかわからないけど、魔法って便利だ。


 フィオロンさんの魔法が解けたから、現地民たちの現地語がよく聞こえる。俺を見て小さい子どもがやたら「ムウムウ!」と言ってるが、ソンテさんに紹介されて出てきた大人たちももれなく「ムウムウ」と言う。幻のムウ大陸か?


 校舎へ入ると、俺は背の高い女の人に、少し身体の状態を調べられた。どうやらお医者さんのようだけど、この人、なんで骨持ってるんだろう。

 人骨でしょうか? いいえあなたも……って言われたくないし、怖くて聞けない。ここに来てカルトホラー始まらないよね? この理天区は先ほどまでいた藤京区と比べて俄然田舎臭く、子どもから大人までみんな幸福度高そうにニコニコしてるのも逆に不安だ。


 不穏なハッパを出されたら「ボク、アレルギーなんで」って言ったら穏便にやりすごせるか? でも異世界の田舎だしアレルギーへの理解がないかもしれない。

 うう、不安だ。助けてエルメちゃん!


 なんて色々と考えてたら、女医さんと俺がいる部屋にやたらでかい男の人が入ってきた。本当にでかい。今まで出会った皆さんもなかなかでかかったが、この人はうちのクラスのバスケ部員、魚妻潤うおづまじゅんくん、通称ビッグ・ジュンよりでかいのでは?


 ああっほら、もう! 天井から下げてるドライフルーツみたいなのに頭ぶつけてんじゃん! みんなでかいんだから気を付けてあげなよ、そういうの吊る場所はさー! 学校の中にドライフルーツを吊らない! 女医さんもしれっとつまみ食いしない!


 ビッグ・ジュンもやはり犬のオモチャにしては立派すぎる骨を右手に持っていた。一人一骨制度なの? そしてそれを俺の額のあたりに向ける。怖い。


 まさか、さっきフィオロンさんが俺の頭に突き付けてたチャカの正体も、骨だったのだろうか。


「ムウムウ~。ほら、これでぼくがなんて言ってるかわかるようになったでしょ」

「わあ~っほらね!! 言葉がわかるようになっちゃったじゃん! ちくしょう、誰の骨だそれ! エルメちゃんの成れの果てだったら承知しないぞ! このー!」

「ねえ、ほら。やっぱり魔法の杖が珍しんだわ。エルメたちもはじめのうちは嫌がってたのよねぇ」


 女医さんが、そう言って微笑みながらホラホラとおれに骨をちらつかせる。そんな菩薩みたいな顔してねこじゃらしみたいに骨を振らないでほしい。


 しかし「魔法の杖」と言ったのを俺は聞き逃さなかった。なんつーグロテスクな杖だ。見知らぬお婆さんがそんなの振り回してたら、シンデレラもドン引きして舞踏会に行かなかったと思うけど。


 それから少し問診をして、体調に問題なし、と女医さんに太鼓判を押されたので、俺はビッグ・ジュン先導のもと、いよいよエルメちゃんたちと対面することになった。



  * * *



 ビッグ・ジュン、もといユノンさんは、意外にもこの十年のあいだ有馬姉弟の教育係を務めてきた先生なのだそうだ。


 エルメちゃんとメルくんはユノンさんの自宅で俺を待っているらしい。自宅といっても、たぶん戸建ての公務員住宅みたいなものなんだろう。場所は校舎のすぐそばだった。


 ただいまーと言いながら家の中に入っていくユノンさんを、おかえりと迎える声が二つ。あっ緊張してきた。


「こっちの子がエルメ。こっちがメルだよ。よろしくね」

鹿野知行かのともゆきです!精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」


 テンパりすぎて新入りアルバイトの挨拶みたいになってしまった。まあいいや。

 わぁ……この子がエルメちゃん、そしてメルくん。なるほど……めちゃくちゃ馴染んでるな、異世界に。


 エルメちゃんは床で寛いでいたが、正座するみたいに俺のほうへよいしょと膝を向けた。


「有馬エルメだ。もし不便なことが起きたらわたしに言ってくれ。言葉の魔法は繊細で、ユノン先生の魔法でも不意に消えてしまうことがあるから」

「あっ……はい、ありがとうございます」


 なんか「エルメちゃん」て感じじゃない。「エルメさん」だなこれは。武士か? ってくらい、ふてぶてし…いや、つはもの感に溢れていて、品があって綺麗な方だと思います。

 メルくんが横から「ねえねえ」と俺の袖を引く。十五歳らしいが、こじれてなさそう。人懐っこそうな子に見える。


「トモユキって高校生? もう働いてるの?」

「いえ、高二です!」

「うん?」

「高校二年生のことをそう言うんだ。高一、高二、高三」


 どうもメルくんは、高等学校が三年制というところからちょっと怪しいようだ。エルメさんがメルくんに説明しているのを、ユノンさんも横になりながら興味深そうに聞いている。この人すごく寛いでるけど、もう仕事に戻らなくていいのかな。フレックスタイム制か? RPGでも町の人がタイムカード切ってるとこ見たことないし。


「弟はこの通りだけど、わからないことがあったらメルに聞くといい。でもこいつはあまり日本語が得意じゃないから、話が通じなくなったら英語で聞いてみてくれ」


「メルくん、日本語忘れちゃったってこと?」


「それもあるけど、もともとたいして上手くない」


 お顔立ちなどからも多少予想していたが、エルメさんの話を聞くに、やはり有馬姉弟はいわゆる「帰国子女」だったようだ。俺が在籍していた治安の悪い公立中学校などではかなり悪目立ちしそうなタイプだが、このヨーロッパ風でも和風でもない闇鍋みたいな異世界では、見た目だけでは異世界人とはわかるまい。彼らのお顔とこの世界は、お出汁と大根のようにベストマッチしてしまっている。


「エルメさんは、どうしてこっちに住むことに決めたの?」

「毎日毎日外人呼ばわりされて、イライラしてたから出てきた。給食の納豆食ってるだけであれこれ言われるからな」


 笑えねえ。

 俺でもお近づきになりたいあまり「箸の持ち方が綺麗だね」とか要らんこと言ってしまう自信がありまくる。


「っていうのは半分冗談だけど。疲れて全部投げ出したかったからちょうどよかっただけで、べつに理由はない」


 こ、声と顔が暗いな~。エルメさん、陰のある美人というにはちょっと陰が濃すぎる。小学生か幼稚園の頃の話ですよねそれ。


「だけど大層な決断をしたわけじゃないんだ。もう聞いたかな。実は、向こうへは案外簡単に渡れる。先生たちは大人になるまでにどこで暮らしたいかちゃんと考えなさいって言うものだから、わたしもメルも小さい頃からあっちとこっちを行き来してる」


「それって、今でも?」


「うん。たまに学生に紛れて学校へ忍び込んだりもしてる。幽霊みたいに教室の後ろに立ってるんだ」


 あぁ、またそういう顔する〜。エルメさん可愛いのに陰キャ! 笑顔が暗いよ! 顔がそっくりのメルくんが陽キャっぽいから余計に陰が際立つんだよな……。


「ちょっとー、ユノン先生、なんで服脱いじゃったんだよ。今日はお休み? お休みにすんの?」


 ソファみたいな長い椅子があるのに、なぜか床に寝そべったユノンさんは、メルくんに尻のあたりをドラミングされてキャッキャと可笑しそうに笑っている。そしてなぜか歌い出す。いや本当になんで? なんでシラフで尻出したまま歌えるの? このアラサーは陽キャとか陰キャとか軽く通り越しすぎてて怖い。


「ユノン先生、おへそ見えてるよ」


エルメさんがぼそりとそう言うと、ユノンさんはギャッと悲鳴のような声を上げてダンゴムシのように丸まった。


「ごめんごめん、ちゃんと服着るからちょっと待って」


そう言ってずりずりと別室へ消えた。俺にはおへそは見えなかったけど、尻が出ているのはいいのだろうか。


「東世のルールでは、男女どちらもお腹はプライベートゾーンで、特におへそを見せるのは失礼だったり恥ずかしいことらしい。お腹は恋人にしか触らせない場所なんだって。まあ、臓器が詰まってる場所だし理に適ってるな。見られて恥ずかしいって感覚はあまりないけど」


 エルメさんの説明を聞き、なるほど~と言いながら俺は自分のおへそのあたりに手をやった。ねえ尻は? と思ったけど、多分ホワイトに近いグレーな箇所なんだろうな。


 しかし、なんでだろう……確かにこれまではさほど興味がなかったおへそなのだが、「おへそは恥ずかしいところ」と聞いた今、急に俺の中でおへそのエッチ感が急騰してきてる。へそアツだ。


 そういえば、どこかの国の留学生が『耳かき』というものをしたことがなく、日本家庭へのホームステイで耳かきを初体験したときに「エクスタシー!」と言ったとか言わなかったとか……。その話を耳にして以来、おれはお爺ちゃんが使うような竹製の耳かき棒が、妙にエッチなものに見える病を患っている。多分俺は素直で影響されやすく、貴方色に染まりやすい性質なのだと思う。


 俺は少しだけ想像してみた。おへそを見せるのを恥じらう女の子たち、確かによきだ。異世界人の性癖、わかりみが深い。


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