バイト探偵の異能無双
相野仁
メモ1「怪盗ダイヤモンドローズ」
第1話「少年はバイト探偵」
「光彦さん、そろそろピンチですよ」
と申し訳なさそうな顔で言ってきたのは烏山千歳。
幼馴染であり、俺の探偵助手という立ち位置の女の子だ。
背中まで伸びた綺麗な黒髪、アイドルのように整った顔立ち、そしてベージュのブラウスの上からでもはっきりわかる強大な胸甲戦力。
街を歩けば芸能界からスカウトされると俺は知っている。
それどころか目撃例だってあった。
「マジか」
俺は千歳が差し出した通帳を見る。
事務所の会計がたしかにピンチになっていた。
具体的に言うと事務所の家賃は払えても、光熱費が払えるか怪しいレベル。
祖父の留守をあずかっているだけの名ばかり所長代理とは言え、これはさすがに看過できない。
俺の生活費はまだしも、千歳の探偵助手としての報酬が払えなくなってしまう。
「仕方ない。バイトをするか」
とため息をつく。
俺の名前は幡ヶ谷光彦(はたがやみつひこ)。
本業は高校生、ときどき探偵(謎を解けるとは言ってない)。
幼馴染の女の子にバイト代を払うため、あとは事務所のガス電気水道を止められないため、働くとしよう。
「と言ってもそこは探偵業の悲しさ、依頼人が来なければお手上げなんだが」
とつぶやく。
まさか警察とかに「事件を解決してあげます」と持ちかけるわけにはいかないからな。
いきなりやってきた高校生がそんな生意気を言えば、ソッコーつまみ出されるだろう。
俺なら確実にやる。
「そのことなんですけど、実は依頼があるんですよ」
と千歳がニコリと微笑む。
長いつき合いなのにいまだにドキドキするくらい可愛い。
「……もしかして段取りでも組んだ?」
俺が首をかしげたのは彼女の優秀さを知っているからだ。
本当ならもっとわりがいい仕事あるんじゃないかなと思う──彼女も高校生(というか同い年)なので、限度はあるだろうけど。
「いいえ、偶然です」
千歳は微笑みながら否定する。
「事務所がピンチなのに光彦さんがお仕事を断らないよう、先に帳簿を見せただけですよ」
そして本当のことを打ち明けてきた。
なるほど、単に先回りされただけか。
彼女に先回りされるのは珍しくないので納得する。
「それならいつものことだな」
彼女に勝てるわけがないと受け入れた。
「器が大きいところが素敵です」
と千歳が持ち上げてくれる。
「褒めても何も出せないよ。給料は何とか頑張る」
情けないセリフだが、頑張るしかないのは事実だ。
「信じてます」
と千歳が言ったところで、彼女のスマホが鳴る。
「依頼人の方が事務所の下に到着したみたいなので、出迎えますね」
「ああ」
我らが「幡ヶ谷探偵事務所」は雑居ビルの三階だ。
ちなみに一階はコンビニで二階がカフェである。
わかりにくい位置にあるわけじゃなく、千歳の気遣いだ。
依頼人に対するものだけじゃなくて、俺に準備する余裕を与える意味もある。
土曜日の午後、窓から差し込む日光を浴びながらうたた寝していたとばれるのはまずい。
ただでさえ高校生のバイト探偵ってだけで、依頼人には信用されにくいのだ。
せめて顔を洗ってこよう。
千歳に注意されなかったくらいだから、身だしなみは問題ないだろう。
俺が椅子にそれらしい姿勢で座った時、ベルが鳴ってドアが開く。
「光彦さん、依頼人がいらっしゃいました」
「ようこそ、幡ヶ谷探偵事務所へ」
千歳の背後にいる依頼人に精いっぱいの営業スマイルを向ける。
だけどそれはすぐに固まってしまう。
やってきたのは銀髪ショートボブに青い瞳、雪のように白い肌という異国情緒あふれる美少女だ。
白いブラウスに藍色のロングスカート、茶色のブーツもおそろしいくらいよく似合っている。
問題なのは名乗らなくてもこの子の名前を俺は知っていることだった。
きょろきょろと落ち着かない様子で事務所を見ていた少女は、俺と目が合うとぺこりと頭を下げる。
「永沢エリスと申します」
どことなく緊張した面持ちで名乗った。
玲瓏たる声を聞きながら、やっぱり本人かと思う。
永沢エリスは俺と同じ学校に通っている子で、「学園二大美少女」もしくは「二大天使」の一人として有名だった。
あと一人は彼女を連れてきた千歳である。
「初めましてだね。同じ学園だから見かけたことはあるんだけど」
「ええ。千歳さんから聞いたわ」
と永沢はおずおずと答えた。
ちらりと視線を移すと、
「わたしたちが何て言われているか、光彦さんも知っているでしょう? 自然と交流が生まれたのです」
彼女は微笑みながら説明して永沢に来客用の椅子をすすめる。
二大天使という呼称はあまりよく思っていなかったはずだけど、それを仕事につなげたのはえらいし、ありがたい。
「千歳が何を言ったのかわからないけど、警察には相談した? 俺はあくまでも高校生だし、バイトみたいなものだからまずは警察に行くといいよ」
俺は最初に忠告をする。
一個人、それも学生の捜査力や実行力が警察にかなうはずがない。
警察が対応してくれるならそれでよし、そうでなくてもまずは相談してみるのが依頼人自身のためでもあるのだ。
「光彦さんはまたそんなことを」
千歳は不満そうに頬をふくらませ、お茶をいれてくれる。
と言っても冷蔵庫に入ってあるペットボトルのものだけど。
「それなんだけど、幡ヶ谷くんは警察でも普通じゃ解決できない事件を解決できるんだよね?」
と永沢が遠慮がちながら斬り込んでくる。
俺は一瞬息を止め、それから彼女の正面に腰を下ろす。
「つまり【異能】が絡んでいる?」
「ええ、わたしはそう思うの」
永沢はまっすぐな視線を俺にぶつけてきた。
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