4.ドレスもいいじゃない

 村人は皆ご近所さんである。

 並ぶ家々は似たようなもので、村人でないと見分けがつかない。実際に村に訪れた旅人から「村長の家はどこですか?」と尋ねられることがしばしば。

 フィーナの家はといえば、俺とアリシアの住居から斜め向かいである。ご近所さん中のご近所さんだ。


「ただいまー。お父さんいないの?」


 フィーナがバンッとドアを開く。自分の家でも豪快な奴である。

 家の間取りはうちと似たようなものだ。広くもないから家主の不在もすぐにわかった。


「おじ様はどこに行ったの?」

「さあ? あっ、もしかして私のためにご馳走を取りに行ったのかも」


 狩りにでも出かけたってことか? 肉は新鮮なものに限る。

 村近くの森は村人にとっての狩場である。獣や野草が豊富で、村を生かしてくれている大事な森だ。

 そう遠くもないし、あのおじさんならすぐにでも帰ってくるだろう。不在の今がチャンスだ。


「よしフィーナ。今のうちだ。早く着替えろ」

「え、いきなりなんだ?」


 困惑するフィーナ。その姿はまだまだ幼ささえ感じられる。

 ……ビキニアーマーさえ見なければ、ではあるが。 


「やだ。せっかく高価なビキニアーマーをプレゼントしてもらえたんだ。今日はずっとこの格好でいるぞ」

「ずっとその格好でいると風邪引くだろ。腹丸出しじゃないか」

「魔法がかかってるから寒くないもん」


 わぁ、魔法って便利ー(棒読み)

 このビキニアーマーは無駄に高性能のようだ。きっと寒さだけではなく、暑さ対策もバッチリなのだろう。

 こんなに肌の露出が多いってのに、寒暖を理由に脱がすことはできないようだ。なんか納得できん。


「ほらあれだ、せっかくご馳走を食べるってのにその格好でいると……汚すかもしれないじゃないか。プレゼントしてもらったばっかりなのに、それでいいのか?」

「魔法がかかってるから汚れないもん」


 便利すぎるだろ魔法!

 くっ、どうすればフィーナはビキニアーマーを脱いでくれるんだ。

 悩む俺。そこで手を貸してくれるのが妹ってものである。


「ねえフィーナ」

「どうしたんだアリシア?」


 アリシアが一歩踏み出す。近づかれたフィーナはこてんと首をかしげた。


「これからフィーナの誕生日パーティーが始まるのよね? だったらドレスに着替えましょうよ。前に村に来た吟遊詩人も言っていたじゃない。パーティーではドレスでダンスよ」

「ドレスで、ダンス……」


 フィーナは宙を見る。どうやらドレスを着てダンスしている自分を想像しているらしい。


「で、でも……私ドレス持ってないし」

「あたしが持っているわ」


 なんでだよ! お兄ちゃんいっしょに住んでいるのにそんなこと知らなかったよ?

 しかし効果はあったようだ。フィーナの身体がグラグラ揺れている。乙女心が悩んでいるらしい。あったんだな乙女心。


「でも、ドレスだなんて……着たことないし……恥ずかしいし……」


 ビキニアーマーを着ている奴が何か言っている。

 俺も話だけではあるが、露出の激しいドレスがあるのは知っている。肩とか背中が見えてしまっているのだとか。どれほどはしたないのか見てみたいものだ。ビキニアーマー以上のものがあるとは思えないがな。

 そんなことはどうでもいい。フィーナの心は揺れている。もう一押しで傾くぞ。

 いけ! そこだアリシア! 内心でエールを送る。

 俺の思いが届いたか、アリシアがさらに一歩踏み込んだ。興奮からか顔が赤くなっていた。


「さあさあさあ! フィーナだってドレスを着たいでしょう」

「う、む……アリシアもいっしょなら……い、いいぞ……」

「あたしはお断りよ」

「えぇ……」


 ここでまさかの裏切り。アリシアは一気に距離を取った。


「ア、アリシアは私だけにドレスを着せるつもりだったのか!?」

「フィーナはいいの。かわいいから」

「アリシアだってかわいいぞ」


 真っすぐな言葉にアリシアの顔が真っ赤になる。

 もじもじと指を突っつき合わせる妹。「あ、ありがと……」と口にする表情は乙女のそれである。俺は一体何を見せられているのだろう。


「あ、あたしはともかく……パーティーの主役としてドレスを着たいとは思わないの?」


 一旦退いたが、まだ諦めていない。さすがは俺の妹だ。


「でもアリシアは着ないのだろう?」

「ええ。そもそもあたしのドレスは作っていないわ。フィーナのしかないもの」


 なんでだよ。しかも自作だったのか。

 いや、ここで大事なのはフィーナがドレスに着替えることだ。

 別にドレスでなくてもいいが、重要なのはビキニアーマーを脱いでもらうこと。その後にどんな格好をしようが、下着同然の格好でいられるよりはマシだ。


「それに、今なら兄さんがダンスしてくれるわ」

「え、俺?」


 ここで俺が指名されてしまった。ダンスなんか経験ないぞ。

 ダンスってあれだろ? お貴族様の必須スキルってやつ。ダンスができないお貴族様は本物のお貴族様ではないのだとか。厳しいよお貴族様。

 アリシアからアイコンタクトが送られる。何も言わず頷け。そう読み取れた。


「お、おう。俺がダンスに付き合ってやるぞ」


 笑顔で頷く。ビキニアーマーを脱がすためだ。大きく考えれば村のためでもある。


「う、うん……。テッドがそう言うなら……ドレスに着替えようかな……」


 口ごもりながらではあるが、フィーナが首を縦に振ってくれた。

 やったぞ! これでフィーナがビキニアーマーを脱いでくれる!

 脱いだビキニアーマーはどうするか? うーん、どこかに隠してしまおうか。怒られるだろうが、フィーナを痴女にするわけにはいかない。


「待てよ」


 俺の背後から、アリシアとハイタッチしたい気分に水を差す声が、重たく響いた。


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