第17話 神話

 ここは伝説の泉。

 物を投げ込むと女神さまが現れ、一風変った形で、投げ込んだ物以上の対価をくれるという。

 今日もここを訪れたひとりの若者がいた。


「あ」


 泉に斧が飛び込んだ。

 しばらくすると泉が輝きだし、水面に泡が立ちはじめる。

 あふれ出る光の中から女神さまが姿を現した。

 さっそく女神さまがお聞きになる。


「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?」


 若者は言葉を失っていた。

 もう一度女神さまが優しく微笑みながら尋ねる。

 それでも若者は何も言わなかった。


「どうやら違うようですね、それではこの銀の斧ですか」


 やはり若者は何も言わなかった。


「困りましたね、お答えくださらないと、どうしてよいかわかりませんわ」


 若者は見かねて言葉を発した。


「女神さま、頭にぶっ刺さっとります、おいらの斧が」


「あなたは正直者のようですね、よろしいでしょう、この金の斧と銀の斧と……」


 女神さまは頭から斧を引き抜いてからそのふたつに血だらけの斧を添えて、若者に手渡した。


「あ、ありがとうごぜえますだ」


 上目遣いで心配そうに見ながらお礼を述べる。

 女神さまはそれを包み込むような笑みで受け入れた。


 不思議な事に血だらけだった斧は綺麗に洗い流されていた。

 もらった斧と流血する女神さまを交互に見る若者。

 女神さまの様子は尋常ではなかった。

 すでに顔全体が真っ赤な血に染まっていた。

 どうすることもできなかった若者はその場を去ろうとする。

 すると女神さまが呼び止めた。


「お待ちなさい」


 若者は即座に振り返り、「な、なんでごぜえますか?」と様子を伺う。


「言葉を……」

 若者はわけもわからず当惑する。

「何か言葉を……」

 若者は引き続き呆然としていた。

「何かわたくしに優しい言葉を……」

 ようやく若者は、ああ確かに、と理解する。


 だが、どのような言葉をかけるべきかに時間を費やす。

 

 その間に女神さまはどんどん衰弱していった。


「ああ、目の前が真っ暗になっていく……」


 女神さまはうずくまるようにしてその場に屈んだ。

 そうすると斧を受けた傷口が若者の正面にやってきた。

 女神さまの頭部を見ながら若者は言った。


「女神さま、つむじが綺麗でごぜえますだ」


 女神さまが血の泡を口から吹きながら返した。


「あ、ありがとう」


 そのままとうとう女神様は水面に倒れこんでしまった。


 若者はしばらくたたずむと、思いついたように倒れた女神さまを泉の中に放り込んだ。


 すると中からは、頭部に女神さまがぶっ刺さった女神さまが現れる。


 最初の問いかけに若者はこう答えた。


「はい、そうです」


 即答だった。


 その後、若者はしまったという顔をしたまま途方に暮れていた。


 やがて金と銀の斧を泉に投げ込むと、その場から逃げるようにして去っていった。




 ――何、これ?

 正直者ならば、そう思うはずです。

 そんなあなたにはこの赤と緑の……。

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