全てをあなたに

目が覚める。

今日も体が痛い。

これはいつになったら治るんだろう。

とりあえず自分に癒しの魔法をかけておく。

これで今日も頑張れる。


「起きた? 今日も薬草を取りに行くよ」


エレノアはすでに起きていて、準備万端という感じだ。

声も張り切っているように聞こえる。


「張り切ってるね。昨日あの後何があったの?」


「見た方が早いかも、とにかく行こう」


これはもう説明してくれなさそう。

もう一刻も早く行きたくて仕方ないって感じだ。


「でも待って、まだ日が昇ったばっかりだから今行っても絶対早い」


私もまだ寝起き。

というかまだ朝早くて、私よりも早く起きてるってどういう事だろう。


「もしかして、寝てない?」


「寝てない。でも眠くないから大丈夫」


「そんなに張り切るほどの事だったんだ」


「凄く」


エレノアはいつも全力だ。

薬草を集める時だってまるで強大な敵に立ち向かうような真剣味を帯びている。

手の抜き方を知らないことで彼女は多くの苦労を無意識に抱えている。

それは、エレノアに関わるエレノア以外の人(女神も含む)ならすぐに気が付く事になる。


「二度寝をさせてくれませんか?」


「そのまま森に捨ててくるね」


「冗談だよ。なんか空回りしそうだったからつい」


「確かに冷静ではなかったかもしれない。そういう意図だったんだ」


「そうだよ。落ち着いて欲しかったの」


「それならひどい事を言った。ごめん」


エレノアの純粋さに心を痛めたので、返事の代わりに微笑みを返すことにした。

ところで二度寝したら本当に森に捨てられるのだろうか。

冗談だとは思うけど、今の彼女なら本当にやりかねない。

いや、いつでもやりかねない。


そんなこと考えつつも支度をこなす。

リーシャとは特に時間を決めてるわけでもない。

だからなるべく早く行きたいのだろう。


「もういけるよ」


「行こう」


早歩きのエレノアの後ろをついていく私は小走りになりながら、冒険者ギルドに向かう。

そして手早く受付を済ませて昨日リーシャと会った場所へ到着する。

こんな朝早くからリーシャがいるとは思っていなかった。

けれど、私の予想はすぐに間違いだと知る。


「お姉さんたち、早いですね。今日もお願いします」


「リーシャちゃんも早いね、いつもそうなの?」


「今日はちょっと張り切って早く来ちゃいました」


何も変わりない。

昨日と同じ薬草採集が始まりそうだ。

このやり取りをどう受け取ってるか分からないエレノアは口を挟まない。


「今日も昨日と同じ所に行くの?」


「いや、今日は違うところに行きたいです」


「そうなんだ。なら案内してもらっていい?」


「いいですよ!エレノアさんもそれでいいですか?」


「いいよ」


リーシャに会う前とは打って変わって、落ち着いている。

でもエレノアはそんなに器用じゃない。

だから、さっきから拳は握ったままだ。


「まだ行くの?」


昨日行った場所よりさらに森の深いところ。

帰り道は分かるけど、それと怖い事は別の話だ。

また獣に追われる羽目にはなりたくない。


「そうですね。一回ここらへんでで休憩しましょうか!」


その辺の木に体重をあずける。

疲れた。

私が呼吸を整えていると、今まで静かだったエレノアが口を開く。


「もういいよ、隠れなくても。いるのは分かってるから」


虚空に向かって呼びかけるよう言う。

私には誰かがいるようには感じなかったが、横にいるリーシャの顔は確かに歪んでいた。

すると、周りから男たちが現れ私たちを取り囲む。

ガラの悪い男が7人ほど。


「おいおい、良く分かったな。そいつが何か喋ったか?」


リーダー格と思わしき男がリーシャを指して言う。

罠にかかった獲物を嘲笑うような、ヘラヘラとした口調で笑みを浮かべて。


「まぁそんなわけもないか。大事なお姉ちゃんがいるもんなぁ」


「……約束は守りました。お姉ちゃんを返してください!」


この会話でなんとなくつかめた。

リーシャはこの野盗に姉を人質に取られている。

それで、私たちみたいな人と仲良くなって森の深くに案内する代わりに開放してもらう。

おそらくそんなところだろう。

まんまと嵌められた。

というか一言ぐらい説明してくれてもよかったじゃん。


「例の洞窟に置いてきてるから勝手にしろ。じゃあな、俺らと同類の人さらい」


野盗の言葉が終わると同時にリーシャは駆け出す。

振り返らず、盗賊の隙間を駆け抜ける。

それはまるで私たちから逃げているようでもあった。

自分の代わりに不幸を被る私たちから。

次の瞬間、エレノアが私の横から消える。


「待って、あなたとその盗賊に話したいことがたくさんあるから。まだ行かないで」


消えたと思ったエレノアが、走っていったリーシャの肩を掴んでいる。

その声は大きくはなかったが、この場にいる全員の耳に届いた。

澄んでいて真っ直ぐな声。

時が止まったような静寂を感じた後に、最初に声を発したのはリーシャ。


「離してください!! 私は行かないといけないんです!!」


「落ち着いて。私はここにいる全員が救われる方法を知ってる」


「全員が助かる方法……?」


「おい!俺らの目の前で逃げる算段か?ずいぶん余裕じゃねえか。後ろの奴に二人行け、残りはこっちをやるぞ」


そう言った瞬間盗賊が彼女らに武器をもって襲い掛かる。

こちらにも二人向かってくる。

でも、心配はいらない。

エレノアが居るから。

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