第15話 初陣
――夕方。一通り規制線が張られた住宅街の中で、千草は息を殺してブロック塀の陰に身を隠していた。晩秋の暮れの風は肌を刺すように冷たくて、目が冴えるようにすら感じる。ターゲットと思しき黒コート姿を視認すると、千草は胸元にピン留めされたマイクに口を近付けて雫と霧矢へと指示を飛ばした。
「こちら芝村。この先のT字路で東に追い込むから、雫はT字路から数えて2つ目の交差点で塀の影に隠れて待機。タイミングを見て霧矢は1つ目の角から出て挟み撃ち」
『瀬宮、了解です』
『……夜久、了解』
二人分の返事を確認すると、千草は改めてターゲットに視線を向けた。蛇に似た瞳が、ゆらゆらと安定しないターゲットの動きをじっと観察する。
……戦闘を始める交差点まであと数m。ターゲットはほぼT字路中央。男が想定していたポイントに辿り着くのを視認すると、千草は息を吸った。
(――今ッ!)
左手を鋭く振り上げる。二本の指で示した先はT字路左地面。そこから右に、城を守る杭のように鎖を突き出していく。
「ッ!」
ターゲットの息遣い。彼は先程までの不安定な歩調が嘘のように飛び退り、避けられた鎖の先端が空を切る。黒コートのフードが外れ、短い茶髪と死んだ魚のような黒眼が露になる。それを視認し、ターゲットの足元から捕縛用の鎖を伸ばす。派手な金属音を上げ、二匹の猛獣のようにターゲットに襲い掛かる鎖。しかしそれらは器用なステップで躱され、千草は即座にそれらを消滅させた。さっと角に引っ込むターゲットを追ってT字路へ駆け込むと、向かい合ったターゲットが口元に薄い笑みを湛えた。ゆっくりと両手が持ち上がり、両手の親指が立てられ人差し指が伸ばされる――即ち、銃の形。銃口が向けられた瞬間、ギフトの発動を察した千草は、咄嗟にしゃがみ込んで地面に手を当てた。まだ昼間の熱が残るアスファルトから、高い密度で束ねられた50本程の鎖が突き立てられる。刹那、金鎖の束にさながら実弾が当たる様な音が小刻みに聴こえてきた。
(……はー、危なかった。あと一歩遅れてたら直撃だったじゃん……)
小さくため息を吐いてから、頭を振って思考を切り替える。気を抜くにはまだ早い。鎖の束の陰に身を隠したままターゲットの能力を分析する。
(発射音が無いのは辛いけど、鎖と弾丸の当たる音から考えると威力はだいたい9mm拳銃弾クラスかな。発射サイクルは両手合わせて秒間20発くらい。でも12.7mm対物弾クラスの威力だと流石に危な――ッ)
思考はそこでぶった切られた。頭上から金鎖が凄まじい
「えぇ!? そんなことあんの!?」
声をあげながらも見上げると、擬似的な盾のように形成した鎖の一列が綺麗に吹き飛ばされていた。こちらの姿勢がバレるのはまずい。すぐさま目隠し用の1本を召喚し補填すると同時に次の1発が別の列に直撃し引きちぎっていく。楕円形が組み合わされたチェーンが千切られ、破片が
『千草さん! 何が起こってるんですか!?』
通信機から雫の声がしてハッとした。とにかく二人に状況を伝えなければ。必死に目隠し用の鎖の補填を繰り返しつつ、胸元のマイクを引っ張って口を開いた。
「報告。敵は能力が実体化した弾を撃ってくる。威力は12.7mm対物弾クラスかな。発射サイクルは推定3秒に1発。詳しく確認するからもうちょっと待って」
そう言うと、数列分チェーンのリングそのものが持つ隙間を開け覗き込むと、パントマイムの如くボルトアクションライフルを撃つ動作を繰り返す姿を捉える。虚無を感じさせる顔でそんな動作をしている様は、滑稽なようだが底冷えがするような悍ましさがあった。苦虫を嚙み潰したような顔になりつつ、千草はピンマイクに口を近づけた。
「……ターゲットは立射姿勢でこっちを見てる。2人には気付いてないみたいだから……霧矢くん、合図で背後からいける?」
『……あァ。いける』
「了解」
今敵が居る場所と霧矢の待機位置まではだいたい30m。千草が一瞬気を引けば詰めれるはず。気を引き締め直し、ターゲットがリロードの動作をするタイミングをうかがう。
「カウントするよ。3、2、1……今っ!!」
ピンマイクに向かって言い切ると同時に人差し指を伸ばす。指差した先は敵の真下。そこからフェイント用の鎖を飛び出させ、ターゲットの視線がそこに釘付けになった瞬間だった。
「オラァ!!」
荒々しい掛け声。塀の影から学生服姿が飛び出し、疾風の如く距離を詰めて斬り掛かる。逆手持ちで振り抜かれたナイフが男を打ち据える寸前、男の手刀が斬撃を阻んだ。
「ッ!」
判断は早かった。即座に重心を右脚に移し身体を回転させると、ガードが無い左脇腹に後ろ回し踵蹴りを決める。肉を叩く乾いた音。確かな手応えを感じたのも束の間、地面についたばかりの左脚を軸にして右爪先を振り上げた。戦闘用ブーツが鋭い風切り音を立て、がら空きの側頭部を狙ってニ撃目の蹴りを叩き込む。
……が。
「……ッ!」
右の足首に違和感。まるで刃物が薄皮を裂くような感覚。踵蹴りで少し押された分を補填するように詰めて入れたはずの蹴りは、左の手刀に阻まれていた。
「チッ……このっ、野郎ッ!」
右脚を引きつ、左脚のみでバックジャンプし無理やり距離をとる。霧矢の奇襲と同時に塀に隠れていた千草がすかさず鎖を出し、抜けた穴をフォローする。
「おい芝村テメェさっき弾丸がどうのっつってただろ話が違うじゃねーかアァ!?」
「ノーブレス暴言やめて!? てか今それどころじゃないし!」
『わ、私が出ます! 千草さん、サポートを!』
通信機から少女の声。曲がり角の向こうから敵の死角から雫が飛び出し、生命力を奪う不可視の管を伸ばす。ターゲットに向けた右手から、流入量こそけっして多くないがジワジワと確実に命を奪い取っていく。少しずつ、砂時計の砂が落ちていくように、雫の中に生命の感覚が降り積もっていく。その間にも青い姿を覆い隠すように千草の鎖が男を攻め立てる。
地面から突き出す様に、あるいは蔓が絡み付くように。四方八方から鎖が飛び出し、時に巻き付き時に打ち据え、確実に的確に敵を傷つけていく。真綿で首を絞めるように陰湿に着実に追い詰める、彼らしいやり口だ。ターゲットもなかなか攻勢に出られず回避する一方だ。……なのに。
(……余裕そうな顔、してる……)
鎖の先端が腕に突き刺され、鞭のように振るわれた鎖が脇腹を打ち据える。じわじわと死が迫っているはずなのに、男は口元に笑みを浮かべていた。まるで戦いを楽しむように、児戯に付き合ってやっているというように。そんな男と目が合った瞬間、雫の背中に冷や汗が伝った。
(まずい、逆に生命力を奪われる……!)
そう感じてしまった。喉がひきつるような恐怖を噛み殺し、更に流入量を上げようとした瞬間、蛇口を勝手に捻られたように流入が止まる。それどころか逆に生命力が奪われる感覚に、全身の血が引いていく。
(ダメだ……一旦切るしかない……!)
ノブを掴んで引くようなジェスチャーをして生命力の流出を止める。そのまま呼吸を整えているうちに緊張していた神経が落ち着きを取り戻し、雫は小さく息を吐いた。
(よかった……なんとか被害を抑えられた)
下手したらまたあちら側が顔を出すところだった。生命力を奪われた反動で鈍く痛む頭を抑える。ちらりとターゲットに視線を向けると……雫は思わず息を呑んだ。ざり、と音を立てて後ずさる。だいぶ生命力を抜かれたにも関わらず、敵は何事もなかったように千草と渡り合っていた。
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