第14話 作戦会議
「……とは言ったけど、ヤツが出てくる時間帯までまだあるし。まずは作戦会議と洒落込んじゃう?」
「……そう、ですね」
「異論はねェ」
雫がかすかに上ずった声で応じ、霧矢も大人しく頷く。それを確認し、千草は自分のデスクの引き出しからクリアファイルを取り出した。雫の右側、霧矢の正面の空席に腰を下ろし、ファイルの中の書類を見せる。右上に貼りつけられた顔写真には、死んだ魚のような目をした茶髪の男が映っていた。
「これが例の連続殺人犯の資料だよ。
どうでもよさげに言い放ち、千草は書類を一枚めくった。ターゲットが出没するエリアの地図の上に、赤いバツ印が散乱している。
「これはターゲットの出現区域……ですね。印がついている箇所が今までの出現場所で……狩り場が変わった形跡は、今のところありません」
「……多くねぇか? こんなんなるまで放っとくなや」
「それができれば僕らの仕事はないんだけどねー。今のご時世じゃどこもかしこも犯罪犯罪また犯罪だし、警察も手が回らないんでしょ」
どうでもよさげに両手を広げ、千草は金色の目を細めた。苛立たしげな霧矢の視線を軽く受け流す。その横で雫が俯いたまま補足した。
「それに
細い指が一枚目の書類を引き出し、ターゲットの個人情報の一部を指差す。そちらに目を向けると、『天賦は詳細不明。手を銃や手刀の形に変えて攻撃する』と記されていた。
「……なるほどなァ。こりゃ確かに厄介だ」
彼は何事もなかったかのように書類に目を戻す。その隣で雫が身を乗り出し、×印が集中しているエリアを指でなぞった。
「ターゲットはこのあたりのエリアに、午後4時頃から8時頃にかけて出没する……みたい、です。日によってまちまちみたい、ですけど……」
「今日は2時半頃に出撃。そこそこ広範囲にキープアウト張ってから一回合流ね。そのあと僕がターゲットを尾行するから、その間雫と霧矢くんは待機。タイミング見て連絡するから、適当なポイントで合流ね、っと」
「……駆けつけてぶちのめせってことか?」
「半分正解。こいつは警察に突き出さなきゃいけないから、殺さず生け捕りね」
「……わぁったよ」
大人しく頷く霧矢を眺め、千草は顎に手を当てて考える。 ……どうやら、なんでもかんでも反抗するほど子供ではないらしい。行方不明になっていた間に結構な人数を殺したと聞いていたが、思ったほどの狂犬ではなさそうだ。等と考えを巡らせていると、デスクにプラスチック製の箱が置かれる音がした。見上げると、箱の留め具をぱちんと外す唯の姿。
「あ、社長」
「どうしたんですか?」
「これ。夜久霧矢に支給しておくわ」
「……なんだよ」
怪訝そうな顔をしながらもおとなしく箱を引き寄せる霧矢。蓋を開け、まず一番上に入っていたビニール製の腕章を取り出す。黒字にラインが映えている。
「社員として活動する時は常にそれを着けてなさい。そうすれば警察とか関係者に怪しまれずに行動できるし、何かやらかしても会社で責任取れるからね」
「……」
千草と雫に視線を向けると、それぞれ同じデザインの腕章を左腕に装備していた。千草のそれは緑色で、雫のものは橙色だ。
「……一応言っとくが、俺はまだ社員になったわけじゃねェかんな」
「そういうのいいから」
「社長ひど……」
軽く引いたような千草の声。唯は気にせず鞄の中から次の支給品を出して見せる。
「こっちは戦闘用のブーツ。
「癒着してるって認めンな!」
「認めるもなにも事実よ。機動性も防刃性も今履いてるソレよりはマシだろうし、まずはこれ使っときなさい」
「……あー、わぁった。で、こっちは?」
最後に引っ張り出したのはリボルバー銃に似た拳銃だった。しっかり弾薬やホルスターも付属している。
「D1987RSP。これも皇会が製造した拳銃型の散弾銃ね。……一応聞いておくけど、アンタ銃の経験は?」
「あるわけねーだろ」
「でしょうね……。ま、散弾銃だから最悪狙いが雑でも当たるだろうし、銃適性を見る分にはいいかもしれないわね」
「だから入社する前提で話すんじゃねェ!!」
「はいはいはいはいその辺にしようねー」
食ってかかろうとする霧矢を押しとどめる千草。空気が若干悪くなったのを察し、雫は小さく咳払いをした。
「あ、えっと……とりあえず私は巡回中の真冬さんたちに連絡します、けど、おふたりはどうしますか……?」
「あー……そうだね、出撃までまだ時間あるもんね。霧矢くん、銃未経験者だし一応練習しとく?」
「する。訓練場の場所は昨日聞いたし、時間近くなったら戻るからよ、くれぐれも寄ってくんじゃねェぞ」
「はっ、はいぃっ!?」
急に低い声で言い放つ霧矢。反射的に縮こまる雫をなだめつつ、千草はまた困ったように頬を掻いた。
「あはは……やっぱそう簡単には心開いてくれなさそうだね……」
「そりゃそうでしょ。……ま、その辺もアンタたちの頑張りにかかってるわ。やれるだけのことはやりなさい。社長として言えるのはそれだけよ」
そう言い放ち、唯は反対側の社長室へと歩いてゆく。その凛とした後ろ姿を眺め、千草は目を細めて考えを巡らせはじめた。
◇◇◇
「怪しい人確保っ! わーい!」
「……別に、喜ぶことでもない」
同刻、駅前繁華街。日の当たらない路地裏に冷たい風が吹き込む。丸々とした体躯の男の背中に跨がり、紅羽が男の両腕を後ろ手に縛り上げていた。ぎちぎちと音を立てて腕が裂けていき、堪らず男は苦悶の声をあげる。気にせず鼻歌を歌っている紅羽を冷めた目で眺め、真冬は自らの片耳をまさぐって通信機のマイクを伸ばす。
「……はい。こちら……MDC白魔。巡回中に、麻薬の売人……確保した……。……はい。今、
それだけ呟いて通話を切り、真冬は紅羽に向き直る。相変わらず唸っている男を縛り上げながら、紅羽はポニーテールを揺らして首をかしげた。
「ん、ケーサツの人なんて言ってた? このひと食べていいって?」
「それはない。……警察の人は……ここで大人しく待ってろ、って」
「えー!? ただ待ってても暇じゃん! せめて指一本でいいからぁ!」
「……私は責任取らない……一人で社長と警察に怒られればいいと思う」
「むーっ! 真冬のケチー!」
盛大に頬を膨らませ、紅羽は男の首筋をつつくのをやめた。八つ当たりするように丸太のような腕を両手で捻り上げる。彼女の下の男は最早抵抗する気力もないのか、ただただ呻き声を口から漏らしていた。無視して腕をぎちぎちと引き抜く紅羽をしばらく見つめていると、真冬の通信機から聞き覚えのある声が響いた。再び耳元の通信機に手を当て、応答する。
「ん。こちら、MDC白魔。……なに、雫。……ん。わかった」
真冬の様子に気付いたのか、紅羽は男の腕を引き抜く手を止めた。光のない瞳をぱちぱちと瞬かせ、真冬が通信を切るのを大人しく待っている。
「……ん。……了解。任せて……じゃ」
マイクのスイッチを切って折り畳むと、真冬は紅羽の方に向き直った。大人しく待っていた様子の彼女を眺め、口を開く。
「……雫から連絡。向こうの任務手伝えって……具体的には、
「……あの黄色いテープ?」
「ん。……二時半頃を目処に作業開始」
「えー!? またあのヒマヒマな作業するの!? やだやだめんどくさいサボってご飯食べるー!」
男の腕を握ったまま立ち上がり、紅羽は餅つきか何かのように男を地面に叩きつけ始めた。ぐぇっと鯉が潰れるような呻き声がする。薄紅色の瞳をすっと細め、真冬は紅羽の手から男を奪い取った。ボンレスハムに似た体を軽々と肩に担ぎ、涼しい顔で軽く首をかしげる。
「……別にいいけど……減給食らっても慰めない」
「むー……同情するならお肉ちょうだい!」
「あげない……」
興味なさげに呟き、視線を逸らす真冬。後ろでじたばたする紅羽をスルーし、丁度現着した警察官に向け片手をあげた。
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