ただのコスプレイヤーなので、聖女は辞めてもいいですか?

soy/ビーズログ文庫

リストラとかマジですか?



 私は、ちゅうけんの商社で事務員をしていた。

 名前はあかいしあらたと言う。

 なかなか女性にはめずらしい名前だと思う。

 高卒で入社して三年がたち、仕事もそつなくこなせるようになった春先の温かな日。

 上司にびを売る大卒の新入社員がやって来た。

 仕事をしないその人を注意すると、新人を私がいじめたと言いがかりをつけられ、リストラされた。

 ただ私は少しだけ運が悪かったのかもしれない。

 思い返せば、上司に気に入られるタイプではなかったのも理由の一つだと思う。

 あたえられた仕事以上のことを難なく終わらせるし、上司の失敗をちくいち見つけて報告するし、上司よりよっぽど下の人間にしたわれる私はざわりな存在だったのだろう。

 手を上げられたことなどはないが、かれたりすることはあったし、私が小さなミスをすればおにの首を取ったようにネチネチと同じことを何回も注意してくるし、その失敗を何年も覚えていて、事あるごとにその話をするような上司だった。

 そのせいで上司のミスに気がつく可愛かわいげのない社員になってしまったのだと気づいてほしい。

 新入社員の時は、ハイハイと返事して、たくさんがんって夢と希望にあふれていたが、一年もたてばこの会社がブラック企業だと分かった。

 何故なぜあんなにも『この会社をめたら』ということをきょうに感じていたのか?

 就職活動をしている時に、何故大学に行かないのか? 経験不足ではないのか? などなどいろんなことを言われて、高卒では再就職が難しいのだとばくぜんと思ってしまっていたのだ。

 リストラされて初めて分かることもある。

 何故この会社にこだわっていたのか? その価値があったのか?

 言い訳と思われるかもしれないが、やりたかった職業ではないし、りょうに入れるというので入った会社だったから、こうかいも未練もない。

 このことを教訓に次はできるだけ、ホワイト企業に就職したいと決意を新たにした。



 両親はゆうしゅうな兄二人にしか興味がない。

 最初は娘ということでちょうよ花よと育てられた。

 小中高生の間はたくさんの習い事をさせられたが、大学受験に落ち、そこから両親の態度は急変した。

 私をさげすんだ目で見て、こんなむすめを持ってずかしいとくちぐせのように言われる日々にいやがさして、就職と一人暮らしをしたいと言った時も好きにすればいいとしか言わなかった。

 そんな家族が嫌すぎて会社の寮で暮らし始めてからは、一度も帰っていない。

 話は変わって、私の心の支えは、たまたまニュースを見て知ったコスプレだ。

 ただ、ブラック企業で楽しみもなく漠然と生きる自分が嫌で別人になりたいと思ったし、アニメのキャラクターという逆境に立ち向かうポジティブさにあこがれもあった。

 さらに、ニュースを見たコスプレイヤーの人達は生き生きして見えたのだ。

 元々しょうだったのもあり、細部にまでこだわるしょうを作るのも楽しかったし、再現メイクもわくわくした。

 しかも、昔していた大量の習い事をかして、コスプレ姿でダンスをしている動画を公開サイトに上げると、たくさんの高評価をもらえるようになってきていて、ますますコスプレにハマっていった。

 その上、ネット上の友人が増えた。

 小中学校の時は習い事が多すぎて友達と遊んでいる時間はなかったし、高校では友人はいたが数人だったし、仕事がいそがしくなってからはえんになってしまって仲のいい友達はほ

ぼゼロだが、気にしていない。

 会社をクビになった翌日、私は会社の寮をはらうことになり、トランク二つに必要な少しの日用品と大量なコスプレグッズをめ込み部屋を出た。

 会社の寮だったせいで、早く出て行けとせっつかれたからだ。

 次の物件が決まっていないから待ってほしいとお願いしたが、さすがブラック企業、聞き耳を持ってくれるわけもなく追い出されるかたちに。

 たくさんの不動産屋さんを回るが、次の物件が全然見つかる気がしない。

 仕事が安定していたら住めたかもしれない物件はいくつかあったが、リストラ後では信用が足りないようで、ぐに入れる家がないのだ。

 実家にはいい思い出もないし、帰るつもりはない。

 家が決まるまでホテル暮らしでもやっていけるが、しゅの衣装作りやDVDかんしょうけ動画の編集などなどをまえるとホテルでは不便だ。

 そんなことを考えながら大きな公園の横を通ると、フリーマーケットをやっているのが見えた。

 都心のフリーマーケットではたまにコスプレ衣装や雑貨を売っていたりするので、中をかくにんすることに。

 そして、フリーマーケットの一番奥にそれはあった。

 二十人ほどのコスプレイヤーがいてさつえいかいのようなことをしていたのだ。

 受付に近づき、パンフレットはないのか聞けばチラシを一枚わたされた。

 チラシにはフリーマーケットとデカデカと書いてあり、小さくコスプレ&撮影会とあって、コスプレをするためのこう室完備! 参加自由! と書かれていた。

 私は迷わず更衣室と書かれた建物に向かった。

 そのプレハブのような建物の近くには参加者求む! と書かれた手書きの看板があって、フリーマーケット感が出ていると思った。

 プレハブの中で、最近一番気に入っている『アナタもアイドル』というアニメのダンス講師のコスプレをする。

 このアニメはアイドルになりたい主人公が、街でスカウトされ地下アイドルをへて、人脈を広げてトップアイドルを目指す類のものの講師だからかくせの強い見た目をしている。


 真っ赤なウルフカットのウィッグに右目にピンク左目にスカイブルーのカラーコンタクトを付けて、ダサいいもジャージを着る。

 この芋ジャージの胸にはひらで『せいらん』と下手な手書きで書いてあるのだが、これを再現するのが一番大変だった。

 最後にダサい丸眼鏡をければ完成だ。

 プレハブの中に荷物らしきものは存在しないから、手持ちの荷物はコインロッカーか何かを探して入れなくはいけないのかもしれない。

 せっかくだから楽しもう。

 そう思って全ての荷物を手にプレハブのドアを開けたしゅんかん、私は光に包まれた。



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