第85話 会話
俺たちはこの前、男の子がいじめられている体育倉庫に突撃した。
男の子をいじめているやつらを追い詰めたが、最後は男の子がいじめているやつらを「友達」だと言い切ってしまった。
でも、どうしても友達には見えなかった。
それから数日、俺は男の子のことを忘れられずにいて、
もう一度いじめられている男の子と話してみることにした。
最初はいつもの4人で男の子と話しに行こうと思っていたが、それだと警戒されそうなので俺一人で男の子と話に行くことに。
橘も俺に任せるって言ってくれた。
本当は橘も行きたかっただろうな。
でもいじめられていた当事者同士だからこそ、わかる事がある。
だから俺は男の子と2人だけで話すことにした。
放課後、校門の前で男の子を待つ。
男の子は同じ学年だが、クラスも名前も分からない。
だからいつ出てくるかわからない。
もしかしたらもう帰ったのかも。
男の子からすれば、俺は赤の他人だ。
男の子も俺たちのことを迷惑だって思ってるかもしれない。
もう関わらないでくれって。
でも見て見ぬふりをすることが出来なかった。
それはいじめを肯定することになるから。
いくら男の子に嫌がられても、男の子を救ってあげたい。
・・・しかし、なかなか出てこないな。
待ち始めて一時間程経った。
3月に入って陽が落ちるのも少し遅くなり、あたりはまだ明るい。
校門を部活終わりの生徒が楽しそうに通り過ぎていく。
本当ならあの男の子も今通り過ぎた人たちみたいに楽しい学校生活を送るはずなのに。
悔しい、やっぱり男の子のいじめから目を背けることはできない。
過去の自分のようにいじめられている子を、
見て見ぬ振りをして楽しそうに生活しているのが耐えられない。
でもこの男の子のいじめが無くなっても、俺の知らないところでこの学校でいじめが起こっているかもしれない。
いや、きっとそうだ。
この男の子のいじめに気づいたのだってたまたまだった。
見えないところでいじめが蔓延してるんだろうな。
じゃあ俺はこの男の子は助けて、その見えないところでいじめられている人たちは見捨てるのか?
じゃあただの偽善者じゃないか。
ああ、よく分からなくなってきた。
頭の中で正解のない問題がグルグル回る。
そんなことを考えていると、目の前を男の子が通った。
男の子は暗い顔をしている。
急いで声を掛ける。
「ねえ!」
そう話しかけると男の子は暗い顔を上げた。
俺を見て驚いた顔をしている。
次の言葉を口から出そうとする前に男の子は逃げるように足早に歩き出した。
急いで後を追いかける。
「ちょっと待って!」
聞こえていないフリをしているのか止まることはない。
男の子は鞄を強く握ってズンズン進んでいく。
「この間は勝手なことしてごめん!君を助けたかっただけなんだ!」
その言葉を振り払うように男の子は進んでいく。
君を助けたかっただけ・・・なんて無責任な言葉だろう。
男の子からすれば勝手なことしやがって、って思うのは当然かもしれない。
「もう一回だけ俺と話してくれないかな?ちょっとだけでいいから!」
「もう話すことはないって!」
男の子がこちらを向かずに強く言う。
ダメだ、全然話を聞いてくれない。
いや違う、俺が男の子に寄り添ってないんだ。
俺も男の子と一緒だったってことを言わないと。
「実は俺もいじめられてたんだ!」
離れていく後ろ姿にそう言った。
すると男の子の歩くスピードが遅くなった。
「こ、この前俺たちが体育倉庫に突撃した時に俺の横にいた女の子いるでしょ?俺、その子にいじめられてたんだ」
男の子がこちらを振り向く。
「あの子、君の彼女じゃないの?」
男の子の表情は先ほどよりも警戒心が解かれていた。
「今はね、昔はその子にいじめられてたんだ」
男の子に少しずつ近づいていく。
俺が近づいても男の子は離れて行かない。
「びっくりした?俺、いじめられてた子と付き合ってるんだよ」
少し笑いながら言う。
目の前まで来ることができた。
男の子は俺の目をじっと見つめている。
「・・・なんで?彼女のこと、嫌いじゃないの?」
「いじめられてる時は大嫌いだったよ。でも今は違う」
男の子は混乱してるだろうな。
普通はいじめられてたやつと付き合うなんてありえないし。
「ここじゃあれだし、よかったら違うところで話さない?」
俺たちは駅の近くの公園で話すことにした。
公園のベンチに2人で座る。
公園では近所の子供達が遊んでいる。
「さっきの話の続きだけど、普通ありえないよね、いじめられてた人と付き合うなんて」
「・・・うん」
男の子は俺のことを見ずに、ずっと地面を見つめている。
「俺は入学してすぐ今の彼女にいじめられてたんだ」
それから、入学してから橘と付き合うようになるまでを全て話した。
いじめられてた時の感情や橘の好意に気づいた時の感情の変化など、細かく話した。
男の子は時々驚いたり、笑って話を聞いてくれた。
いつの間にか男の子は地面ではなく俺の目をまっすぐ見て、時々俺の話を自分に重ね合わせて聞いてくれた。
「まあ、これが彼女と付き合うまでの話かな。ありがとう、最後まで聞いてくれて」
「・・・僕と同じだったんだね」
やっと気づいてくれた。
その一言がとても嬉しかった。
「そう、境遇は違っても同じ辛い思いをしたことに変わりはないよ」
「君はいじめに立ち向かったんだね、すごいよ」
男の子が少し微笑んで俺に言う。
「すごくないよ、君にもできるよ」
「・・・できないよ」
男の子が俯く。
「・・・怖いの?」
「・・・うん、怖い。僕は変化が嫌いなんだ」
変化が嫌い・・・
「もし、僕がいじめをやめてもらおうと何かしたら、今よりもいじめが酷くなるかもしれない。ならこのままでいい」
「でも本当にいいの?このままじゃ辛い思いをし続けるだけだよ?」
「・・・いじめが終わるのか、今よりひどい状況になるのか。わからないのが怖い。ならまだ我慢できる今の状況を続けていきたい」
男の子は立ち上がる。
「・・・ありがとう、僕のために動いてくれて」
男の子が去ろうとする。
「待って!」
その後ろ姿に強く呼びかける。
「・・・俺は君のいじめを止めたい。君の考えてること、よくわかった。無理にとは言わない、最後は君に任せる、でも、何があっても俺は君の味方だから」
「・・・」
男の子はそのまま歩いて行った。
俺は男の子の後ろ姿を見えなくなるまでずっと眺めていた。
変化が嫌い、俺だってそうだ。
でも、自分が行動してその先の未来が良くても悪くても、自分が正しいと思ったならそれでいいんじゃないかな。
・・・俺の言葉は響いたのだろうか。
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