第84話 もう一度


放課後の部活終わり、橘と駅までの道を歩く。


 俺たちは結局、あの男の子へのいじめを止めることができなかった。

あれから数日、ふとした時にこの前の男の子の表情が脳裏に浮かんでくる。


 助けて欲しい、でも変化を恐れている。

そんな2つの感情を持った表情が忘れられない。


今も男の子は体育倉庫でいじめられてるのだろうか。



「どうしたの?ぼーっとして」



橘が横から俺の顔を覗き込んでくる。



「俺たち、どうすればよかったのかな」



 ポツリと呟く。

それを聞いた橘が少し俯いて言う。



「どうすればよかったんだろう」



 俺のこの呟きだけでわかったってことは、

橘も気にしていたんだろう。


 2人の歩くスピードがゆっくりになる。

心が行動に現れてるようだ。



「私たち、何もできてないよね。むしろ状況を悪化させちゃったかも」



 ・・・橘の言葉に何も答えることができない。

確かに、俺たちが無理に首を突っ込んだせいで男の子へのいじめはひどくなったかもしれない。


 このまま、あの男の子を見捨てるのか?

見捨てて、いじめられているという現実が目の前にあるのにそれを見て見ぬ振りをするのか?


それじゃあ、俺が嫌いだったやつらと同じじゃないか。


 俺だっていじめられている時、

クラスメイト・先生・周りの大人たちから散々見て見ぬ振りをされた。


 みんな嫌だったんだろう、自分が標的にされるのが。

だから見て見ぬ振りをした。


かわいそうだと、やめてあげてと、いじめはダメだと分かっていたのに。


 でも俺は違う。

信頼できる友人、恋人がいる。

もし俺たちが標的にされれば、立ち向かえばいい。


 俺たちがやらないで誰がやるんだ。

あの男の子は今も助けを待っている。


決意を固めた俺は橘に言った。



「なあ、もう一回だけあの男の子へのいじめを止める方法を考えてみない?」 



橘の表情を伺う。



「もちろん!」



 返答は早かった。

むしろ橘の方が俺と同じことを先に言おうとしていたのかもしれない。



「橘はそう言うと思ってたよ」


「私も一馬くんはそう言うと思ってたよ!」



2人とも考えは同じだったようだ。



「でもどうする?どうやっていじめをやめさせようか」



 いじめている男も、いじめをやめろと言ってやめるようなやつじゃない。

そんなことなら最初からいじめてないはずだしな。



「うーん、前みたいにいじめのポスターを校内に貼るとかは?」


「それはちょっと弱いかもな」


「そっか、じゃあ先生に言うとかは?」


「ダメだ、多分先生も見て見ぬ振りしてる。言ってもシラを切られるだけだ」


「えー、じゃあどうしよう・・・」



 外部から何かしようとしても、

どうしても壁にぶち当たる。



「・・・やっぱり本人の意識が変わるしかない。もう一回、あの男の子と話してみよう」



 それが一番大事だと思う。

きっとあの男の子も気づいているはずだ、自分が変わらないとって。


 でもその一歩が踏み出せない。

じゃあ俺たちが手助けをすればいい。


俺たちは男の子と話してみることにした。

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