第74話 接触

 俺は教室に入ってきた男を見て驚いた。

その男はあの時見た、橘をストーカーしていた男だったからだ。


 男はもじゃもじゃの天然パーマにジトッとした目。

確かにこいつだ、多分間違いない。


教室に入ってきた時からずっと俺たちのことを見ている。



「集会はいいから帰ろうって、なんで?」



 橘に本当のことを言うか?

いや、ダメだ。

ここで言えば橘を動揺させてしまう。


男が近づいてくる。



「あれ、橘さんじゃないですか?」



話しかけてきやがった!



「え、なんで私のこと知ってるんですか?」


「いや、この学校では有名ですから」



 こいつ、なんでこんなに堂々と橘に話しかけられるんだ?

すると男はもう一人のクラスの代表の女の子とともに橘の横に座った。

俺はすぐに、



「行こう、橘。ごめんなさい、用事を思い出したので僕たちは今日は帰りますね」



 そうして橘の腕を掴み、

強引に立ち上がって連れて行こうとする。



「一馬くん、用事って?」


「いや、いいから」 



 俺が引っ張ると、

橘が椅子から立ち上がる。



「なら私一人で集会参加するよ!一馬くん、用事あるなら帰っても大丈夫だよ?」



 いや、それはダメなんだ!

頼む、察してくれ!



「どうしたんですか?そんなに慌てて」



 男が話しかけてくる。

なんだこいつ。

まるで全てわかってるみたいだ。



「・・・あなたには関係ないですから」


「そうですけど、用事があるなら橘さんに任せればどうですか?大事な集会ですし、誰かは参加しないと」



 こいつ、俺と橘を引き離そうとしてるのか?

とにかく、橘一人には絶対できない。


 そうだ、気づいていないフリをして、

この男の情報を探ろう。


 ここは学校だ。

乱暴なことはするはずがない。



「一馬くん、どうする?」


「・・・まあ急がないといけない用事でもないし、俺もやっぱり集会に参加するよ」


「それならよかった!私も2人の方がいいし!」



一瞬、男が残念そうな顔をした気がした。



「橘、ちょっと席変わってくれない?」


「え?いいけど」



 橘をこいつの隣に座らせるのは危険だ。

俺と橘は席を変わり、

男の横に俺が座った。


 男が今度は明らかに嫌そうな顔をした。

残念だったな。


 集会の時間が近づき、ちらほらと他のクラスの代表が教室に入ってくるようになった。

よし、探りを入れてみるか。



「お二人は1年生なんですか?」



男に問いかける。



「はい、1年生ですよ」



 男がすぐに答える。

俺たちと同学年か。



「じゃあ同じですね。名前とか聞いてもいいですか?」


「あー・・・浜中です」



 浜中・・・

もう一人のクラス代表の女の子もいるし、嘘はつかないだろう。

覚えたぞ。



「いやでも、橘さんと話せるなんて嬉しいです。この学校では有名人ですからねー」



浜中が言う。



「そんな!有名人じゃないですよー」


「有名人ですよ!」



 俺を挟んで浜中と橘が会話している。

こいつは俺なんて視界に入っていないようだ。



「そうだ!これも何かの縁ですし、よかったら連絡先を交換しませんか?」



浜中はそう言うと、素早く橘にスマホを差し出した。



「うーん・・・」



 橘がチラッと俺を見る。

俺の判断に任せようってことだろう。


 そんなの決まってる。

俺が小さく首を横に振る。



「ごめんなさい、連絡先はちょっと・・・」


「えー、いいじゃないですかー」



浜中はなかなか食い下がらない。



「すみません、彼もいるので・・・」



 橘が俺の腕を触る。

いい加減諦めろ。



「別にいいですよね、彼氏さん?別に何かしようってわけじゃないですから〜」


「ダメです。俺、嫉妬深いので」



 そう言って、橘の肩を抱く。

浜中がじっとそれを見つめる。

その目には、大きな嫉妬心を感じた。



「・・・そうですか。じゃあ仕方ないですね」



 浜中はそれ以降、話しかけてくることはなかった。

集会が終わると浜中は、



「今日はありがとうございました。・・・またどこかで」



 そう言って教室を出ていった。

またどこかで・・・

その言葉に俺は恐怖心を覚えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る