第65話 芸能人レベルの一般人


 そして女性アイドルグループの二次審査当日。

審査には保護者同伴可ということだったので、

俺は橘の保護者のフリをしてついていくことに。

一応橘、のお兄ちゃんという設定だ。


 審査会場は駅の横にある巨大なビル内のようだ。

中には高級ブランドのショップやオフィス・会議室など様々なものがあるようだ。


 橘と一緒にビルの中に入ると、

すぐに審査会場は12階ですという看板を見つけた。


 少し早く到着したので、ビルのエントランスで休憩する。

広々としたオープンスペースになっていて、目の前にはカフェがある。

仕事をしている人やカップルがいる。



「なんか、すごいな」


「このビルめっちゃ綺麗だよねー」



 橘はブラウンのコートに黒の上品なワンピース。

周りを見ると同じアイドルのオーディションに参加する人なのか、

見た瞬間に可愛いなと思ってしまうレベルの女の子がたくさんいる。

思っていた以上にレベルが高いな。


 でもそんな可愛い女の子たちがみんな橘をチラチラ見ている。

多分、



「ああ、こんなに可愛い子がいるなら私は落ちるだろうな」



橘へ向けたそんな視線を強く感じる。



 時間が近づいてきたので会場へ向かう。

同じようにゾロゾロとオーディションを受けるであろう人たちも移動を始めた。


 エレベーターに乗って会場に着くと、

そこは綺麗な事務所だった。

待機場所で大きな会議室で自分の番になるまで待つようだ。


 みんな待機場所に着くや否やすぐに歌やダンスの練習を始めたり、

保護者と来ている人は保護者に向かって自己紹介の練習を始めたりなど、

どこか異様な光景だった。


 まあみんなそれだけアイドルになりたいってことなんだろう。

・・・真剣なんだな。

なんかあまり乗り気じゃない橘を勝手に応募した罪悪感がここで出てきた。


 緊張で泣きそうになっている子や大きく深呼吸をしている子など、

みんなこれからの審査に不安でいっぱいなんだろうな。

なんか俺まで緊張してきた。


ふと隣に座っている橘を見てみると、呑気にスマホでポチポチとゲームをしていた。



「なあ、みんなみたいに歌とかダンスとか練習しなくていいのか?」


「なんとかなるでしょ。ノリよ、こんなのは」



 肝が据わりすぎている。

やっぱり橘はちょっと変わった人間だな。



待機場所にスーツ姿の男性が入ってくる。



「それでは二次審査を始めます。オーディション番号が1〜5番の人は私についてきてください」



 それに応じて呼ばれた番号の人が待機場所から出ていく。

ついに始まった、という雰囲気が待機場所に流れる。



「橘、番号何番?」


「えー、20番」



 ということは最低でも20人ぐらいは二次審査に合格してるってことか。

待機場所のモニターにオーディションの様子が映し出されている。

並べられている椅子にさっき呼ばれた女の子たちが座っている。

その前には審査員だろうか、偉そうな大人が数人座っている。


 すぐにオーディションは始まり、

自己紹介や歌、ダンスと審査は進んでいった。

みんな歌も上手いしダンスもしっかり踊れてる。

それにみんな可愛いし、


 俺には誰が受かってもいいように感じる。

審査員には違いがわかるのだろうか。


 数十分で審査は終わり、

次の番号の人が待機場所から呼ばれて出ていく。


 先ほどと同じように自己紹介・歌・ダンスと審査は進んでいくのだが、

今回はさっきとは違った。

ずば抜けてオーラがある子がいる。


 歌もダンスもめちゃくちゃ上手い訳ではないが、

他の子にはない謎の魅力・惹きつけられる雰囲気がその子にはある。

ああ、こういう子が受かるのか。

素人の俺でもわかった。



「橘、あの子すごいね」


「んー、確かに。他のことは違うね」



審査員の目もその子に釘付けになっている。




 審査は進み、

いよいよ橘の番が回ってきた。



「頑張って!」


「はーい」



気楽な返事を返した橘はスタスタと審査会場に向かっていく。


 モニターに審査会場が映し出される。

1人ずつ審査員に会釈して会場に入って椅子の前に立つ。

橘も同じように小さく会釈して入っていく。


 その時点で気づいたのだが、もう審査員が橘しか見ていない。

モニター越しだが橘に、さっきのずば抜けてオーラがある子と同じものを感じた。


 審査は始まり、まずは自己紹介に。

他の子もめちゃくちゃ可愛い子ばかりで、

自己紹介ではモデルをやっている、ダンスで日本一位に、など、

すごい子ばかりだった。


そしていよいよ橘の自己紹介の番に。



「えー、橘京子。高校一年生です。よろしくお願いします」


「橘さんはすごい綺麗だけど、モデルとかはやってるの?」



審査員がそう聞いてくる。



「いえ、やってません。ただの一般人です」



 いや橘、お前は一般人だけど一般人じゃないぞ。

お嬢様で金持ちだろ。



「そっか。何か特技とかある?」


「特技?うーん・・・」



橘が上を見て考えている。



「日常会話程度の英語なら話せます」



 そう、橘は英語が上手だ。

英語のテストもいつも高得点だ。



「おー!じゃあちょっと話してみてよ」



 審査員にそう言われると橘は立ち上がって、

スピーチみたいに歩き回って話し始めた。


 すごい!何言ってるかわからないけど審査員が驚いてるぞ!

・・・ん?橘、今、ファックって言った?


 歩き回って英語を話している橘だが、

時々、言ってはいけない卑猥な英語が聞こえる。


 おい橘!やめろ!

審査員が英語わからないからって変なこと言うな!


 審査員は気づいているのかいないのか、

橘の英語を褒めちぎっている。



「すごいね!他に特技とかある?」


「えー・・・バク転できます」



 嘘つくな!

バク転なんてできないだろ!

橘が調子に乗って遊び始めているのがわかった。



「おー!ちょっとやってみてよ!」


「今は腕を痛めてるのでできないです」


「そっか、じゃあ仕方ないね。他の特技は?」


「・・・空手の黒帯持ってます!」



 持ってねぇーだろ!

また審査員にやらされるぞ!



「すごいね!ちょっと型とか見せてよ!」



 ほら!

すると橘は立ち上がって腰を落として構えをとり始めた。



「やー!」



橘はそう叫ぶと正拳突きをした。



「おー!さすが黒帯!迫力が違うね!」



 審査員が橘に大きな拍手を送る。

ダメだ、審査員も馬鹿しかいないわ。


 その後も審査は進んだが、

橘は世界一周したことがあるとか総理大臣と知り合いだとか、

適当な嘘をついて審査員を驚かせていた。


 そして歌の審査に。

歌は自由で何を歌ってもいいらしい。

橘はちゃんと練習してきたのだろうか。


 一人ずつ端から自分の練習してきた曲を歌っていく。

もれなくみんな歌が上手い。

可愛い子って絶対歌上手いよな。


そして橘の番に。



「橘さん、曲はなにを歌いますか?」


「はい、私は〜の〜を歌います」



 おい橘!その歌はまずいって!

アイドルらしからぬ卑猥な歌詞が出てくるやつだって!


 俺の声は届くわけなく、

曲が始まる。


 案の定、卑猥な歌詞がたくさんで他のオーディションを受けている女の子は驚きの顔をしていた。 

しかし審査員は意外にもノリノリだった。


 それに橘は1番しか歌詞を覚えておらず、

2番はリズムに合わせてルンルンとかいってサビ以外ほぼ鼻歌になっている。

でもめっちゃ楽しそうに歌ってやがる。


 その後もダンス審査でももちろん振り付けを覚えておらず、

周りに合わせて適当に踊っている。


 あまりの適当さに思わずモニターを見ながら笑ってしまう。

まあ楽しそうだしいいか。



 審査を終え、橘が待機場所に帰ってくる。



「橘、お疲れ!・・・最高だったな」


「これでオーディション絶対落ちたでしょ?」



ニヤニヤ笑いながら言う。



「でもめっちゃ楽しそうだったぞ」



 全ての審査が終わり、結果は後日郵送で送られてくるとのこと。

帰る支度をし、エレベーターを待つ。



「いやー!楽しかった!」


「空手黒帯とか総理大臣と知り合いとか言うなんて驚きだわ」


「審査員も驚いてたねー」


「橘、嘘しか言ってないぞ?」



 まあ、結果オーライかな。



「こんにちは。橘さんだよね?」



 スーツ姿の男性が話しかけてきた。

審査員の一人だ。



「はい。そうですけど」


「いやー、橘さんはすごいね!他の子にはない魅力があったよ!」


「あー、ありがとうございます」


「よかったら審査はここで終わりにして特別に合格にしてあげるよ」



 まさかの審査員から特別合格がきた。

おいおい、これは予想してなかったな。



「いや、遠慮しときます」


「え、な、なんで!?」



 審査員が驚いている。

あまりの返答の早さに俺も驚きを隠せない。



「あと、私は二次審査で棄権します」


「そんな!君みたいな子、絶対アイドルに向いてるのに!」



 そのタイミングでエレベーターがくる。

2人で乗り込む。



「ちょ、ちょっと!もう一度考え直してくれないか?」



審査員がエレベーターに乗ってきそうな勢いで止めに入る。



「ごめんなさーい!私アイドルとか興味ないので!それに・・・」



急に橘が俺にギュッっと抱きついてくる。



「私、彼氏いるので!だからアイドルは無理でーす!」



審査員の驚きの表情が見えて、エレベーターのドアが閉まる。



「おい、よかったのか?」


「いいの!それに私がアイドルになったら一馬くんと別れないといけないよ?」


「それはダメだな」


「でしょ?」




エレベーターの中で2人の笑い声が響いていた。

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