第62話 大晦日


 12月31日、昼過ぎに家を出る。

玄関で母に見送られる。



「今年はお父さんと2人で年越しそばね」


「そうだね、父さんと2人でゆっくりしてよ」


「帰ってくるのはいつになりそう?」


「うーん、1日の夜とかかな?」


「あらそう、また連絡してね」


「はーい」



多分、橘の家に長居しそうだけどなー



「いいわねー、彼女と年越しなんて」



謎にちやほやされながら玄関を出る。




 そして橘の家の前に着く。

マンションやホテルのような綺麗なエントランスでピンポンを押す。

何度見ても慣れないな。

これが本当に個人の家かよ。


すぐに橘が出た。



「あ、橘。来たよー」


「おかえり〜」



ピンポンの向こう側からそんな謎のおかえりが聞こえてきた。



「え、おかえり?」


「うん、おかえり。ただいまは?」



 ただいまを求められる。

なんだ?

今日はそういう設定なのか?



「た、ただいま〜。帰ってきたよ〜」


「は〜い」



 すると自動ドアが開いた。

橘、今日はやけにテンションが高いな。

大晦日だからかな。


エントランスを抜けて玄関へ向かう。


 ・・・今日は橘と橘の家で2人きりか。

そんなの初めてだな。

なんだかドキドキするな。


 目の前に玄関の大きな扉が現れる。

玄関には豪華な門松と大きなしめ縄が飾られていた。

どっかの旅館みたいだな。


扉を開けると橘がもう立って待っていた。



「おかえり!一馬くん!」


「ただいま〜」



 橘はミニスカートにブラウンのカーディガン。

少し大きめのカーディガンで萌え袖が可愛い。

ミニスカートからは白くて長い足がスラっと伸びている。


 寒くない?とか言ったらぶっ飛ばされるんだろうな。

それに俺はわかってる。

多分俺に可愛いと思われたくて、オシャレしてくれてるんだろうな。

メイクも薄いがちゃんとしてある。

・・・ありがとうな。


 まあ俺は黒のスキニーに白いパーカーにダウンでオシャレもくそもない服装。

髪もロクに整えていない。

もっと頑張ります。



「寒かったでしょ?早く入って!」



 結婚したらこんな感じなんだろうな。

こんな優しくて美人な奥さんが待ってくれてたら最高だな。

自然と橘が彼女から妻に見えてきた。


 可愛いというより綺麗でクールな顔立ち。

長いサラサラの黒髪が背中の真ん中あたりまで伸びている。

耳にはシンプルだが豪華で高級感のあるイヤリング。

左手には俺とのペアリングがはめられている。


 俺も左手にはめている。

これを見るたびに元気がでる。


橘はやっぱり清楚系ギャルだな。



「なにぼーっとしてるの?」


「ああ、ごめん」



 靴を脱いで橘の家にあがる。 

リビングはとても広く、モデルルームのように綺麗。

正面に庭があり、プールもある。

こんな家に住めたら最高だろうな。


 リビングにある4人掛けの大きなソファーに座る。

このソファーでかすぎだろ、何人座れるんだよ。


 そしてソファーの前にはテーブルと馬鹿でかいテレビがある。

映画のスクリーンですか?


 横では橘が暖炉に火をつけている。

暖炉なんて本当に存在したんだな。

この家総額いくらしてるんだ?


 橘は暖炉に火をつけた後もいそいそと動き回って

高級そうなお菓子やジュースをテーブルに準備してくれていた。


 テレビ台には家庭用ゲーム機がたくさん収納してある。

おい、全種類あるんじゃないか?



「準備完了!」



橘がそう言って俺の横に座る。



「ごめんねこんなに準備してもらって」


「全然!それより大晦日だしゆっくりしよ?」



 そう言って俺にぴったりくっついてくる。

橘の華奢な体を感じる。



「一馬くん、ゆっくりしてね?なんか見る?ゲームする?」


「そうだねー、どうしよっかー」


「2人きりだし思う存分くつろげるね!」



橘が俺の顔を見つめてくる。



「あのー・・・めっちゃ眠いし寝ていい?」


「嘘でしょ!?なんで!?」


「昨日遅くまで起きてたから!お願い!1時間だけ!」


「えー、まあいいけど。ここで寝る?寝室で寝る?」


「いや、ここでいいよ」



 ごめん、橘。

マジで眠かったんだ。

でもこれも親密な関係になれた証拠かもな。

普通なら気を使って寝たいとか言えないしな。


 橘が近くにあったブランケットをとって布団がわりにする。

俺の胸に顔をうずめて抱きついてくる。

これはすぐ寝れそうだ。

俺も橘の腰のあたりをもって抱きしめる。


 部屋は暖かく、周りを見渡せば豪華なリビング。

隣には美人な彼女が俺の腕の中でスヤスヤ寝ている。

あまりの環境の良さに、えげつない優越感に満たされる。

なんか全てを手に入れた男になった気分だ。


そんなことを考えているといつの間にか眠りについていた。



 頬に何か感じて目が覚めた。

橘が俺の頬を指で突っついていた。



「もう1時間経ったよー」


「えー、もう少し寝させてー」


「ダメー」



橘がそう言って俺の両頬を掴んでくる。



「やめれー」



 そこからはお菓子をつまみながら、

ゲームをしたり、テレビを見たりしてまったり過ごした。



「あ!もうこんな時間だ!」



時計を見るとすでに夕方になっていた。



「そういえば夜ご飯とかどうするの?」


「私が年越しそば作ってあげる!」


「やった〜。他なんか頼む?」


「え?お寿司とか?」


「いや、・・・ピザとか?」



お寿司とは発想が金持ちだな。



「ピザかー!お寿司だと、大晦日だし板前さん来てくれるかわからないな〜」



 ちょっと待て、お寿司って宅配じゃなくて板前さんを呼ぶつもりだったのか?

家に板前さん呼んでるのテレビで見たことあるけど!



「っていうか、板前さん呼ぶって・・・お金あるの?」


「え?あるけど」



いらぬ質問だったな。



「いや、やめとこうか。板前さんも休みたいだろうしね」


「そうだね!じゃあ年越しそば作るね!」



橘はそう言うとキッチンに走っていった。



「じゃあ俺、ピザ頼んどくわー」


「はーい!」



キッチンから返事が聞こえた。



 ピザを注文し終わり、ソファーで待つ。

日はすでに沈んでいて、

庭のライトアップがとても綺麗だ。


 テレビではすでに年末恒例の番組が始まっていた。

テレビをぼーっと眺めながら待つ。




「ほら、お蕎麦出来たよ!」



 テーブルに蕎麦が入った器が置かれる。

あったかい年越しそばだ。

湯気があがっていて、いい匂いがする。

これは美味しいだろうな。



蕎麦を食べながら今年を振り返る。



「今年は色々あったね〜」


「そうだな。まさか橘と大晦日を過ごすとは」


「そうだね、私たち最初はこんな関係になるとも思ってなかった」



 頭の中で思い出がフラッシュバックする。

そうだ。

最初、俺は橘にいじめられてたんだ。


 体育倉庫にいつも集められて。

そして俺の絵を破られて、橘がそれを謝ってくれて、

そこからだんだん仲良くなっていった。


 そして橘と放課後に出かけたり、夜の学校のプールに忍び込んだりしたな。

ここらへんで蓮にも出会ったし。

楽しかったなー!

あの頃はまだ付き合っていなくて、でも2人も両想いだったんだ。


 それで夏祭りだ。

そこで花火を見ながら告白したんだ。

あの時はドキドキしたな!


 で、付き合ってからは日帰り旅行に行ったり、色んな思い出を作った。

あとは初めて喧嘩というかすれ違いが起こったり。

梅澤と和解したり、そして蓮と梅澤を含めた4人でテーマパークに行ったりしたな。

橘もだが、梅澤とも仲良くなれてよかった。



ああ、本当に楽しい一年だった。



入学当初の俺に言ってやりたい。


 今はいじめられていて橘を心底憎んでいるかもしれないが、

後にかけがえのない、大切な人になるぞ。



「一馬くん?聞いてる?」


「え、あ、ごめん聞いてなかった」


「もー」



 この一年は、全ての思い出に橘がいた。

きっとこれからもそうなんだろうな。

そうだったらいいな。



「色々あったけど・・・」



溢れる想いを止められない。



「橘と出会えて本当によかった」



ちょっと恥ずかしくなって蕎麦を勢いよくすする。




「・・・私もだよ」



 橘も恥ずかしくなったのか、

蕎麦を勢いよくすすっていた。



ピンポンの音が響く。



「あ!ピザ来たよ!」



橘が玄関に走っていく。






本当に橘が彼女でよかった。






「一馬くん!もう年明けるよ!」


「ほんとだ!」


「カウントダウン始まったよ!」



 テレビを見て、橘と手を繋ぎながら年が明けるのを待つ。

橘がカウントダウンに合わせて手をブンブン振る。



3、2、1、



0になった瞬間、テレビは派手な演出で年明けを伝えていた。



「一馬くん!年明けたよ!」


「だな!今年もよろしくな!」


「うん!」



 橘のスマホがピコンピコン鳴っている。

友達からの連絡だろう。

さすがだな。


 俺は全然連絡がきていない。

まあ普通はこんなもんだろ。



「橘、スマホ鳴ってるぞ?」


「今はいいの」


「え?」


「2人の時間だから」



 嬉しかった。

当たり前のことだけど、俺を一番に考えてくれているのが。





 年が明けてからは、2人でテレビを見ていた。

いつの間にか朝も近づいてきていた。



「橘、初詣は何時ぐらいから行く?」


「うーん、昼からでいいんじゃない?もっとゆっくりしたいな〜」



 橘は眠いのか、声がふわふわしてる。

するとすぐに橘は俺にもたれかかって寝始めた。



「おーい、こんなとこで寝たらダメだって」


「んーん」


「起きろー」


「やだー。ベッドまで連れてってー」


「わがままだなー」



手を伸ばして抱っこをせがむ橘を抱きしめてベッドに連れていく。



ベッドに橘を連れていって布団をかけると、

すぐにスヤスヤと寝始めた。


 いつもは綺麗でクールだが、

寝ている時は赤ちゃんみたいだな。



「いつもありがとな」



 おでこにキスをした。

寝てるし気づいてないだろう。


 俺も隣に入って、橘を抱きしめる。

寝ている橘も無意識に俺に抱きついてきた。


俺も眠かったのか、すぐに眠りについた。


 起きたら初詣か。

今年も楽しい一年になりますように。

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