第51話 ベテルギウス



「すごかったね!最高のコンサートだった!」



 橘が興奮気味で俺に感想を話している。

橘はブラウンの厚手のコートにマフラーをしている。

俺は黒のコート。

2人とも冬の装いだ。

もう12月に入ってどんどんと寒くなっていき、

完全に冬が始まっていた。


 俺も負けじと橘に感想を熱く話す。

人気のアーティストなだけあって演出も細かく作り込まれており、

終わった後の満足感も大きい。

もちろん歌もCDとはまた違う生独特の良さがあった。


 コンサート会場から出て駅まで歩く。

みんな駅へ向かっている。

橘は俺が話を聞いていないのに気づかず、コンサートの感想を話し続けている。



「駅、人多そうだね」


「え?」


「帰るの遅くなりそう」



橘が周りをキョロキョロ見ている。



「ほとんどの人が電車で来てるだろうしね、そうだ!」



 橘がスマホを取り出し、誰かに連絡している。

スラスラとスマホに文字を入力している。

さすがギャル、いやJKか、

入力が早すぎる。

ものの数十秒で連絡は終わった。



「使用人さんが迎えにきてくれるって」


「え、ほんと?」


「うん」



 使用人さん動くの早すぎだろ。

コンサートのチケットを取った時も思ったが、

橘のお父さんも使用人さんも対応が早すぎる。

流石としか言いようがない。



「使用人さん、30分ぐらいで着くみたいだし、どっかで待っとこっか」


「そうだな」






 俺たちは近くの公園で座って待つことに。

寒い冬空の下、2人でベンチに座る。

公園には俺たち以外誰もいない。

誰も使っていないブランコやシーソーが寂しそうに佇んでいる。

冬の寒さが余計に公園を寂しそうにしている。



「楽しかったね、コンサート」



橘が聞いてくる。



「うん、楽しかったね」



 コンサート中の橘は、はしゃいでいて随分楽しそうだった。

この前まであんなに落ち込んでいたのが嘘のようだった。



「一馬くん、ありがとね」


「何が?」


「ほんとは落ち込んでる私のこと気遣ってコンサート誘ってくれたんでしょ?」



 全部バレてたのか。

橘には敵わないな。



「そうだよ、早く元気な橘が見たかったから」


「・・・ごめんね迷惑かけて、でも今日でだいぶ元気になったよ?」


「それはよかった」



 やっぱり橘は元気じゃないと。

落ち込んでる橘なんて見たくない。



「ねぇ見て?」



 橘が夜空の星を指差す。

夜空には綺麗な星座が広がっている。

橘が指差した方向には他の星よりも輝いている星があった。



「ベテルギウスかな?」



橘が呟く。



「ベテルギウス?」



俺は星座の名前なんて詳しくなかった。



「オリオン座の一等星、冬の大三角の一つだよ?」



橘が言うベテルギウスは他の星よりも明るく輝いていた。



「へー、綺麗だね」


「うん、星って地球からめっちゃ離れてるんだよ?近いように見えるけど実は何光年も離れてる」


「そうなんだ」


「そうだよ?そんな風に見えないよね」



 ベテルギウスの近くにも星座があるのに、何光年も離れてるのか。

なんだか哀しいな。



「ねぇ、星ってなんで光ってるのかな?」



橘が純粋な疑問を俺に問いかける。



「うーん、寂しいからじゃない?何光年も離れてるから、ここだよーって」


「そっか、じゃあベテルギウスは寂しがり屋だね」



 橘が子供のような笑みで言う。

橘がベテルギウスを綺麗な瞳で見つめている。



「・・・橘と一緒だな」


「え?」


「キラキラ輝いていて明るく見えるけど、実は遠くで一人で抱え込んでる。手を伸ばそうとしても届かない」



 彼氏になってしばらく経った。

橘のことは理解しているつもりだ。



「・・・私と同じだったんだね。寂しがり屋で誰にも相談しないで抱え込んで」



橘が少し悲しそうな顔をする。



「辛い時こそ俺に相談してよ。彼氏なんだから。・・・それとも俺って頼りない?」


「そんなことない」



橘が食い気味に言う。



「それに・・・俺だって橘がいないと寂しいよ」



 俺だって寂しがり屋だ。

橘がいないなんて考えられない。 



「うん、ごめんね私不器用だから、相談したくても色んなこと考えちゃうの。迷惑じゃないかなとか」



 そんなこと考えてたのか。

気にしなくていいのに。



「どんどん迷惑かけてよ。俺は・・・京子の彼氏なんだから」



 つい名前で呼んでしまった。

恥ずかしくて顔を見れない。



「・・・優しいね一馬くんは。じゃあいっぱい迷惑かけちゃお。嫌いにならないでね?」


「ならないって」


「そっか。・・・じゃあ早速一つ聞いてもいい?」


「いいよ」



 橘が神妙な顔をする。

なんだろと勘ぐる前に橘は星座を見上げて話し始めた。





「私が一馬くんのこといじめてなかったら、私たち、付き合ってなかったかな?」






 そんなことか。

そんなこと・・・いや、橘からすれば大きな問題か。



「・・・いや、いつか付き合ってたよ。俺がキラキラ光る橘を絶対見つけてた」



橘が俺の目をまっすぐ見る。



「・・・それが聞きたかったの。ごめんね、めんどくさい女で」


「俺も言えてよかった」


「うん・・・私を見つけてくれてありがと」



2人を暖かい空気が包み込む。



「あ、星座の名前ちゃんと覚えてる?」



橘がさっきの星座を指差す。



「えっと、・・・ベテルギウスだろ?」


「ちょっと!今忘れてたでしょ!」


「ちゃんと覚えてるって!」


「もう!何十年後とかに聞くからね?あの星座の名前覚えてる?って」


「マジか。でも俺、忘れっぽいからな」


「ダメだよ、これは大事なことだよ?」



 橘が可愛く怒りながら頬を膨らませる。

橘が寒いのか、手をスリスリ擦り合わせている。

橘の手を握る。



「これであったかいでしょ?俺、体温高いから」


「・・・ありがと」



 橘が俺の方に寄ってきて、

手を握ったまま肩を合わせてぴったりくっつく。

握った手はジンジンとあったかくなり、

いつの間にか恋人つなぎになっていた。


 橘の白い頬が見える。

寒さのせいか頬が赤いところがある。


 いきなり頬にキスしてやった。

突然だけど、したかったから。

もうさっき見たコンサートの内容なんて吹っ飛んでた。



「・・・やめてよ急に・・・ドキドキするじゃん」



いきなり頬にキスされて驚いた橘がマフラーに顔を隠して、目だけ出している。



「今の俺の気持ちだよ」


「・・・あっそ、じゃあお返し!」



 橘の唇が俺の頬に触れる。

冷たいのに暖かい、愛のある感触が伝わる。



「とんだバカップルだな」


「そうだね、でも私はこういうの好きだよ?」



こういうのもたまにはいいかもな。



「あ!来たよ!」



 公園の横に車が止まる音が聞こえた。

ベンチから立ち上がり、手を引かれて車まで向かう。


 そういえばまだ橘と付き合う前、夜の学校のプールに行った時も使用人さんに迎えに来てもらったな。

ふとそんなことを思い出す。

あの頃と全然俺たちは変わってない。




ずっとこんな関係でいれたらいいな。




「一馬くん?」


「ああ、ごめん。いこっか」



 俺の手を引いて歩く橘。

そこにはいつもと変わらない、ベテルギウスのように輝いている橘がいた。

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