第45話 偽善者


 楽しかった後夜祭も終わり、普段の日常生活に戻る。

11月も中旬になってきて、ますます寒くなってきた。

生徒はカーディガンを着るのが当たり前になっていて、

みんな好きな色のカーディガンを着て個性を出している。


 もちろん橘もカーディガンを着ている。

上品な赤色で素材も高級感が伺える。

なんと橘の着ているこのカーディガン、オーダーメイドらしい。

・・・カーディガンのオーダーメイドって何?

さすが金持ちなだけあるな。






放課後、美術部で部長から課題を言い渡される。



「学校内で飾る、いじめ啓発ポスターを作ることになったから。一人一枚だよー」



部長が説明しながらホワイトボードに概要を書いていく。


 いじめ啓発ポスター、か。

いじめられていた俺が作ればめちゃくちゃ説得力があるだろうな。

・・・橘は大丈夫だろうか。

いじめをしていた側だしな。


 隣の橘をちらっと見る。

橘はホワイトボードをじっと見つめていた。

・・・話しかけづらいな。



「お、俺ポスターとか描くの久しぶりだなー。あはは」



すごい棒読みになってしまった。



「お、俺も初めてかもー、ポスターとか普段描かないしな」



 空気を察してか、

蓮も明るく会話をしようとしてくれている。

が、橘からの返事はない。

依然として橘は暗い顔だ。

これは直接話を聞くしかなさそうだな。



「た、橘、大丈夫?」


「・・・うん」



ポツリと消えそうな声が返ってきた。



「私なんかがポスター描いていいのかな・・・」



やっぱりそれで暗い顔をしてるのか。



「大丈夫だよ!いじめのこと橘も悪かったって思ってるんだし。むしろ良い啓発ポスターが描けるんじゃない?」


「そうだな!あんまり深く考えんなって!」



蓮と2人がかりで橘を落ち着かせにかかる。



「まあ、いじめ経験者は語るみたいな感じで俺はいいと思うぜ!」



おい蓮、なんだそのデリカシーのない例えは。



「大丈夫だって!俺もサポートするから!」


「・・・じゃあ頑張ってみる」



 なんとか橘をポスター制作へ導くことができた。

このいじめ啓発ポスターの制作は今後の俺と橘にとって、良いと思った。

この経験を経て2人がもっと前に進めるような気がした。


 それにこの学校でも俺みたいにいじめられてるやつが必ずいると思う。

絶対そうだ。

いじめられてることを隠して、いや、本当は気付いて欲しいと思ってる人が絶対いるから。

助けてほしいって声に出せない、届かない心の声があるはずだ。

このいじめ啓発ポスターを制作して何か少しでも聞こえない声を出せるように、聞こえるようになればいいと思った。






 いじめ啓発ポスターの制作は進んで美術部全員のポスターが完成した。

今日は美術部全員でお披露目会をして、ポスターを校内に貼りにいく。



「それじゃあ、制作したポスター、見ていきますかー」



 そう言って部長がポスターをホワイトボードに磁石で貼っていく。

みんな力作ばかりで、ポスターから気持ちが伝わってきた。


 橘のポスターは暗い物置のような所に男の子が座っていて涙を流している。

・・・なんかめっちゃ俺っぽいんだが。

物置も俺がいじめられてた体育倉庫を思い出させる。

男の子の雰囲気もなんだが俺っぽい。



「橘のポスターって・・・俺みたいだね」


「うん。一馬くんのことを考えて描いたの」


「そうなんだ!」


「辛かったよね。ごめんね、あんな思いさせちゃって・・・」



橘がうなだれてしょんぼりしている。



「大丈夫だよ!描いてくれてめっちゃ嬉しい!あ、いや、嬉しいって言うのも変かな。でも、うん・・・描いてくれてありがとう」


「うん・・・」


「俺はもういじめのことは気にしてないよ。梅澤ともだんだん打ち解けてきたし。だからあんまり過去のことを考えすぎるのはダメだよ?」



 優しく声をかけたが、

それでもまだ橘は元気がなさそうだ。

仕方ないか。

本人も色々思うことがあるんだろう。





 お披露目会は終了し、

美術部員は自分のポスターを持って学校内の指定の場所に貼りにいくことに。


 俺と橘は一緒に2年生の教室の近くにある掲示板にポスターを貼りにいくことに。

2人で掲示板にポスターを貼っていると、



「何してるの?」



誰かに声をかけられた。



「美術部で作ったいじめ啓発のポスターを貼ってるんです。よかったらみてみ・・・」



 そう言って後ろを振り向いたら、

そこには国崎さんがいた。

いつものようにサラサラの黒髪ボブで、毛先が揺れている。



「へー、そんなの作ってるんだ。ちょっと見せてよ」



 国崎さんが掲示板に貼られたポスターをまじまじ見ている。

・・・今、橘と国崎さんが会ったのはまずいな。

また言い争いになったら橘がおかしくなりそうだ。

橘は今ナイーブだからな。



「これ、橘さんが描いたの?」


「・・・はい、そうですけど」



 橘も国崎さんにあからさまに嫌そうな顔をしている。

国崎さんは橘が俺をいじめてたことを知っている。





「へー、橘さんがこのポスター描いたんだー。・・・キモいね」






 え?

国崎さんの口から出た言葉に驚く。

橘も同じように驚いている。

キモいって・・・なんでそんなこと言うんだよ。





「いじめをしてた人がいじめ啓発ポスターを作るんだー、笑えるね」





国崎さんが嘲笑しながら言い放つ。



「そんなこと言うのはやめてください。橘も一生懸命描いたんですから」



 素早く反撃する。

俺も黙ってはいられなかった。



「一生懸命描いたかはどうでもいいの。いじめてた橘さんがこんなポスター作るのがおかしいなって思って」



 俺の反撃なんて効いてないという風に、

国崎さんはますます批判を強くする。





「いじめしてた奴があたかも善人のフリしていじめはだめだーって、すっごい気持ち悪い」




 国崎さんは棘のある言葉を悪気もなくズバズバ言う。

その言葉がグサグサと橘に刺さっていく。

・・・隣の橘の顔を見ることができなかった。



「・・・いじめられてた本人の僕が許してるんだしもうよくないですか?」


「そういう問題じゃないと思うけど。一般的に考えておかしくない?」



 言い返せずに黙り込んでしまう。

橘も下を向いたままだ。



「なんか変?私は普通のこと言ってるだけだと思うけど?」



 普通のことって・・・

普通からしたら橘がいじめ啓発ポスターを描くなんておかしいのか?

俺がおかしいのか?

視線を落とすと、隣の橘がスカートを強く握りしめてるのが見えた。



「でも!」


「もういい!」



俺が国崎さんに言い返そうとするのを止めるように橘が叫んだ。



「・・・そうですよね。いじめてたやつがこんなポスター作るなんて笑えますよね」



橘が自嘲するように下を向いて話す。



「うん、笑える。私に言われるまで気づかないなんて橘さん、あなた普通の人間じゃないよ」



 国崎さんがニヤッと笑いながら言った。

またあの小悪魔のような笑い方だ。



橘がダッ!とその場から走り出した。



「橘!」



 橘の背中がどんどん遠くへ行く。

実際の距離だけじゃなくて、俺との心の距離も離れていくように感じた。

追いかけようとすると、



「あーあ、逃げるんだね」



 国崎さんがそう呟いたのが聞こえた。

踏み出そうとした足を止めて振り返る。



「・・・逃げるってなんですか。別に橘は逃げたわけじゃないです」


「ふーん、またそうやって橘さんのこと庇うんだ」


「庇ってるわけじゃない。・・・国崎さんはなんでそんなに僕たちに突っかかってくるんですか」



 そうだ。

橘のことだってそこまで言う意味がわからない。

俺にも思わせぶりに近づいたりして。





「・・・加藤くんのことが心配だから」





 国崎さんが俺のことをまっすぐ見て言う。

さっきとは表情が全然違う。

その目は花火大会の時の橘、パレードの時の梅澤と同じ目をしていた。




「・・・別に心配されるようなことはありません」




そう言い残して橘を追いかける。






 美術室にも教室にも橘はいなかった。

昇降口に行ってみると、外で橘が雨の中で傘もささずに立っている。

急いで靴を履き替えて橘の元へ向かう。



「橘!なにやってるんだよ!」



 傘を開いて橘を入れる。

下を向いて返答はない。

ずぶ濡れの橘はどこか目が虚ろだ。



「国崎さんの言ってたことなんて気にしなくていいって!」



 ああ、俺の言葉なんて全然届いてない。

目の前の橘は隣にいるはずなのに、遠い所にいる。

国崎さんに刺された傷は思ったよりも深い。




「私って偽善者?」




 俺の方を一切見ずに下を向いて呟く。

雨にかき消されそうな声だ。




「・・・違うって」




それを聞いた橘が傘から飛び出して走っていく。




「おい!待てって!」



 言葉とは裏腹に足が動かなかった。

止めようと手を伸ばした俺の手に水滴がついている。

それが雨なのか涙なのかわからなかった。






さっきのことを思い返す。




「私って偽善者?」




その問いにすぐに答えられなかった自分が嫌になった。



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