第15話 夏祭り 〜花火〜


 夏祭り当日。

夏休み前最後の学校を終え、うちの地元の駅前で橘を待つ。


 7月下旬で夜も蒸し暑い日が続いている。

でも俺は夏っぽくて好きだ。

今日もすでに暑い。

夜なのにセミの鳴き声が微かに聞こえる。


 今回は俺から橘を誘った。

ちゃんと橘を楽しませられるだろうか。

何か話題を用意しようと思ったが、やっぱり自然体でいくことにした。


時刻は19:00。花火は20:00からだ。


 大きなお祭りということもあって駅周辺は人がたくさんいる。

家族連れやカップル、友達同士などバラバラだ。

浴衣を着ている人もチラホラ見かける。

橘は浴衣を着ると言っていたし、俺も合わせて浴衣を着ることにした。

濃いネイビー色の浴衣にベージュの帯。それに草履。

親父が昔着ていたものらしい。

クローゼットの奥の方から引っ張り出してもらった。

親には友達と行く、と言ってある。


橘はどんな浴衣なんだろう。綺麗なんだろうな。


 前を通る人はみんな楽しそうだ。忘れられない思い出になるんだろうな。

俺もそうだといいな。




「お待たせ!」




聞き慣れた声が聞こえた。声の方へ向く。


「ごめん!待った?」


 そこには浴衣を着た、普段とは違う橘がいた。

黒色の花柄の浴衣で背中に紫色のリボンの形をした帯がある。

全体に散りばめられた花柄のデザインが橘のスラっとした体型によく似合っている。

下駄を履いており、橘のおろしてある綺麗な黒髪ロングがより浴衣の美しさを際立たせていた。



あぁ、綺麗だ。



「どうしたの?」


思わず見惚れてしまった。


「あっ、ごめん。待ってないよ。今来たばっか」


「よかった!」


「じゃあ、行こっか」


 橘と屋台の方へ歩き始める。

橘が歩くたびに下駄のカランという音が聞こえる。


「この浴衣似合ってる?」


橘が心配そうに聞いてくる。


「うん。似合ってるよ。」


似合ってるなんて言葉だけじゃ言い表せないほどだ。


「よかった。そっちも似合ってるよ」


2人とも浴衣を着ている。やっぱり浴衣でよかった。



 周りの人が時々、橘を見て振り返ったり目で追っている。

それほど綺麗だってことだ。

今日この祭りに来ている中で一番だろう。

周りからはカップルだと思われてるだろうな。

俺が隣を歩くなんて勿体無いと自分でも思う。

でも今日だけは橘を独り占めしたかった。


他の浴衣の女の子なんて全く目に入らなかった。




屋台が出ている道に到着する。


「すごいね!色んな屋台があるね!」


歩行者天国になっており、人が多く、道の左右に屋台が所狭しと並んでいる。

赤と白の提灯が紐で繋がれて遠くの方までぶら下がっている。

屋台の人のお客さんを呼ぶ声や遠くで聞こえる太鼓の音が夏祭りの雰囲気をよりよくしてくれる。


橘と屋台の道を進む。


様々な種類のカラフルな屋台が並んでいる。

ヨーヨー釣り、りんご飴、わたがし、焼きそば、唐揚げ、じゃがバター。

美味しそうな匂いがする。


「あっ!金魚すくいあるよ!」


 橘が下駄で走る。

カンカンという音が響く。


 冷たそうな水の中に赤や黒の金魚や出目金が優雅に泳いでいる。

周りでは子供達がわいわいしながら金魚すくいをやっている。

金魚すくいをやる橘を隣で見守る。



隣の橘がポイを金魚の後ろから静かに水に入れて近づけるが、

気づかれて逃げられてしまう。


「あ〜!逃げられた!」


悔しそうだ。


「あ!この子かわいい!」


橘の指差す先で小さい金魚がゆらゆらと泳いでいる。


「貸してみて?」


 橘からポイを受け取る。

俺は水面近くを泳ぐ金魚を狙う。ポイを斜めに入れて、素早く持ち上げる。

ポイの上で金魚がピチピチ跳ねている。


「すごい!すごい!」


 橘が手を叩いて喜んでくれる。

よかった。良いところを見せられたようだ。


橘がかわいいと言っていた金魚を金魚すくいのお兄さんに袋に入れてもらう。


「みてみて!えへへ」


 橘が金魚を嬉しそうに見せてくる。

喜んでくれてよかった。


「今日から私の家族だぞー」




 橘は金魚の袋をぶら下げて歩いている。

いい匂いがする。

食べ歩きしている人のものが全部美味しそうに見える。


「お腹減ってない?」


橘に聞いてみる。


「うん!お腹減ったね。なんか食べようよ!」


屋台の美味しそうな匂いがさらに空腹にする。


「そうだね。なに食べる?」


「たこ焼き食べたい!」


「どっかにあるかなー?」


2人でたこ焼き屋を探す。


「あっ!あったよ!」


人混みの先の方にたこ焼き屋を見つける。


「ほら!急げー!」


 橘が俺の腕を掴んで人混みをすり抜けていく。

無邪気だな。見た目はこんなに綺麗なのに中身は小学生みたいだ。





 屋台の道から少し離れたベンチに座って2人で8個入りのたこ焼きを食べる。

橘はたこ焼きが熱いのか爪楊枝でたこ焼きを割ってフーフーして冷ましている。

なんかそれが可愛かった。


「熱いの?」


「うん」


口に入れてハフハフしながら食べている。


「おいしい!」


目を細めて味わっている。


「口にソースついてるぞ」


「拭いて?」


 ティッシュで橘の口を拭う。

橘も子供っぽいところもあるんだな。


 遠くの人混みを見ながら2人でたこ焼きを食べる。

さっきまでは人混みでうるさくて聞こえなかった虫の鳴き声も聞こえる。


 橘は楽しんでくれてるみたいでよかった。

やっぱ誘ってよかった。




「おー!加藤じゃん!」


 声の先を見ると男5人組がいた。

その中の一人が俺に話しかけてきた。


「覚えてる?俺!中学の時の!」


顔を見て思い出した。中学の時に仲がよかった友達だ。


「ちょっと待ってて」


「うん」


ベンチに座っている橘を置いて友達のところへ向かう。


「おー!久しぶり!」


 中学の時の友達が後ろでベンチに座って待っている橘を見る。

橘に聞こえないように小声で


「え?誰?彼女?」


「・・・うん」


 嘘をついた。

彼女だったらどれだけいいだろうな。

でもそう見られて嬉しかった。


「え!マジで!めっちゃ美人じゃん!」


その後、そいつと少しだけ話した。





「じゃー!また連絡するな!」


男5人組が去っていく。


橘の元へ戻る。


「ごめん!待たせちゃって」


「ううん、大丈夫。友達?」


「うん。中学の時の」


「へー、友達いたんだ」


「バカにするな。俺だって友達ぐらいいたわ」


「じゃあ中学の時は彼女とかいたの?」


「いや、いなかったよ」


「ふーん」


橘は?と聞き返したかったが勇気がなかった。




ベンチに座っている目の前を子供達がわたがしを持って走り去っていった。


「かわいいね」


橘が呟く。


「あっ!金魚生きてるかな?」


 橘が水が入った袋に入れられた金魚を確認する。

袋の中では金魚が優雅に泳いでいた。


「大丈夫そうだね」


 そう言うと嬉しそうにさっきすくった金魚をみている。

よっぽど嬉しかったようだ。


花火のことを思い出す。


「そろそろ花火の時間だね」


 時刻は19:45。

花火は20:00から。


「どこで花火見るの?」


「・・・良い場所があるんだよ」




 橘をつれて屋台の道を通って花火を見る場所まで向かう。

屋台の道は花火が始まる時間が近づいているからか、どんどん人が多くなってきていた。

人混みではぐれないように橘が俺の浴衣の袖を掴む。

俺もはぐれないように橘の近くで歩く。


屋台の道から少し外れて静かな場所に来た。


「この上?」


「そうだよ」


 この上は高台になっていて静かで地元の人でも知らないだろう、花火が綺麗に見える穴場スポット。子供の頃にこの上で花火を見たことがある。多分誰もいないだろう。


高台になっているので階段が続く。


「ほら、頑張って」


 階段の上から橘の腕をとって引っ張る。

真ん中ぐらいまで登った時に橘が


「疲れたー。おんぶして」


その場にしゃがみこんで、手を俺に向かって広げてくる。


「わかったよ」


 しゃがんで橘に背中を向ける。

浴衣の橘をおんぶする。

軽いな。これならいけそうだ。



 橘が首に手を回す。

甘い香水の匂いが香る。

橘の顔と距離が近い。


「ねぇ、花火もうすぐだね」


耳元で囁く声が聞こえる。


「・・・そうだな」




 橘をおぶって階段を上りきり、高台に到着する。

周りは誰もいなかった。

高台にあるベンチに二人で腰掛ける。

ここは花火の発射場所とも近く、周りに高い建物もないので花火を綺麗に見ることができる。

下の方にさっきまでいた屋台が見える。



花火の発射まで橘と待つ。


「そろそろかな」


時刻は20:00を過ぎていた。


橘が


「・・・ねぇ、なんで一緒に行こうって誘ってくれたの?」


「それは・・・夏の思い出として・・・・友達だから・・・」


 言えなかった。

今の関係の先に行きたかったからって。


 ヒュー、という音と共に花火が上がる。

ドンッという音が響き、夜空に綺麗な花火が打ち上がる。


遠くから歓声が聞こえる。


 花火がどんどんとすぐ近くで打ち上がり、空に消えていく。

赤、オレンジ、緑など様々な色や形の花火が打ち上がる。


「わぁー!すっごい綺麗」


 橘の横顔が花火に照らされていた。

花火よりその横顔を見てしまう。

花火より橘の方が綺麗だった。

あぁ、この時間が永遠に続けばいいのに。


「綺麗だね」


それは花火と橘、両方について言った。


「そうだね」


 ベンチに置いていた手が橘に触れる。

それに気づいた橘と見つめ合う。


 その大きな瞳に吸い込まれそうだ。

心臓の音がうるさい。耳の近くで聞こえるみたいだ。



 もっと近づきたい。そう思った。

2人の顔が近づく。



 橘が目を瞑った。

橘も俺と同じ気持ちだった。


 もう、いじめられていたことなんてどうでもよかった。

ただ、目の前の橘が愛おしかった。





唇を重ねた。





 大きい花火が上がった。

夜空を明るく照らし、暗闇に消えていく。

でももう花火の音なんて聞こえてなかった。





唇が離れる。




ドンッ、ドンッと花火はまだ上がり続けている。



少し照れた橘がいたずらっぽく笑って言う。







「もう友達じゃいられないね」

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