第154話 痕跡

商人達が帰国し、店員達がヴァルハラ帝国に移住し始めてから数週間が経った。


店員は皆逞しく、魔族相手でも全く引かずに商売を続けている。




そして俺の方はというと…




「ダグラス様、こちらに目をお通しください。」




「ああ…」




店や民の帳簿は会計士が付けてくれているのでいいのだが、その最終確認の書類は俺が印を押さなければならなかったのだ。


そのため俺は今や書類に印を押し続け、自由な時間が以前より減っていた。




その上民の意見を聞くために目安箱を設置したため目を通す書類量がさらに増えてしまった。




「…グレイ、これを見てくれ。」




俺は気になった書類を見つけた。


ここ数日の深夜、ヴァルハラ帝国南部の結界外の方に複数の人影が見えたとのことだ。


しかもそれが何枚も来ている。




「…移住者でしょうか?」




「または襲撃者…か。」




出来れば前者であって欲しいのだが…


なんだか嫌な予感がする。




「…今から偵察しに行こう。グレイも付いてきてくれ。」




「はっ!承知いたしました。」




足跡や火を起こした跡など、何か痕跡があれば”鑑定”や以前習得した”解析”を行使して情報を得られる。


騒音がするのならきっと痕跡が残っているはずだ。




俺はグレイを連れてヴァルハラ帝国の南部に移動した。


道中民たちに話を聞いたところ、具体的には七人くらいの人影だったという。




「…偵察だよな?」




「おそらく…」




結界を出て、問題の場所に到着した。




『なっ…!!』




そこには大きな穴が空いていた。


そしてその穴はヴァルハラ帝国の方へと続いていた。




「グレイ、これをどう見る?」




「…襲撃だと思われます。おそらく地下からヴァルハラ帝国内に侵入する算段なのでしょう。」




「だよな…」




通常の結界魔法は地面の中には展開せず、半球状になっている。


なので、敵はその弱点を狙ったのだろう。




『…まあ俺はもちろんその弱点を克服して球状の結界を展開してるがな。』




しかし、使い手がほとんどいない結界魔法の弱点を知っているとは…


敵は大きい組織なのか、はたまた敵にも結界魔法を習得している人がいるか…




何はともあれ、ヴァルハラ帝国の結界は俺が直接入場許可を与えない限り中に入ることはない。


民への被害は心配しなくていいだろう。


…それにもし侵入されてもアンデッド軍が処理してくれる。




「ダグラス様、こちらから攻めるのはどうでしょうか?」




確かに、敵は俺たちが襲撃の予定に気付いたことを知らない。


なので今攻めれば、簡単に鎮圧できるだろう。


しかし…




「…ヴァルハラ帝国は穏健派だ。あくまで防衛という形で武力を行使しないと、過激派だと思われるかもしれない。」




「…そうですね。申し訳ありませんでした。」




「気にするな。これからも何か思ったことがあったら積極的に言ってくれ。」




「はっ!ありがとうございます…」




しかし防衛権を行使するために攻撃されるのを待つにしても、このまま地下道を作られても困る。


敵から何か行動があればいいのだが…




掘られた穴に”鑑定”と“解析”を行使してみると、それは昨夜魔族四人で行われたものであることが分かった。


また周囲にあった足跡にも行使してみたところ、どうやら残りの魔族三人は周囲の警戒をしていたようだ。




『種族は…魔狼族か。名前は…流石にわからないか。』




十分な情報を得ることができた。


相手は魔狼族、もしくは魔狼族を含む魔族の集団で確定だろう。




「グレイ、魔狼族について何か知ってるか?」




「…非常に狡猾な奴らでございます。…その上長寿で知識量が多いため、更に厄介な種族でございます。」




「なるほど…」




それなら結界魔法の弱点を知っているのにも納得がいく。


…どうにかして配下に加えられないだろうか?


その知識量が手に入れば、ヴァルハラ帝国はもっと強大な国へと発展できるだろう。




「…今夜またここに来て敵と接触しよう。グレイは影の中で待機していてくれ。」




「はっ!」




これ以上やることはなさそうなので、玉座に戻った。


グリムに作戦を伝え、万が一戦争に発展した場合に備えて準備をした。




そして深夜




「よし、行くか。」




俺は自身に”偽装”を行使して存在を隠蔽し、同時に”気配遮断”スキルも行使して近づいていった。


”レーダー”を行使すると、既に穴の中に四人、見張り三人が作業を始めていた。




「ふぅ…」




俺は少しづつ”隠蔽”スキルを解除しながら近づいていった。




「お前らここで何をしている?」




「なっ…!!あんたどこから現れた!?」




「そんなことはどうでもいい。…お前らは何をしている?」




「くっ…!!」




見張り三人のうち二人が戦闘態勢を取った。




「ダメだ兄者…!!こいつはおいらたちの手には負えない…!!強すぎる…!!」




「ほう…」




一人は敵と自分の力量差を冷静に判断したらしい。


”鑑定”してみると、ユニークスキル”魔力視”というスキルを習得していた。


効果は敵の総魔力量を大雑把に知ることができるというものだ。


…まあ俺の”鑑定”の下位互換だな。




「ちっ…!!俺たちは主様の指示通りに動いているだけだ。魔王候補者ダグラスの住まう国を襲撃しろ…とな。」




「それで結界があって入れないから地下から侵入しようと穴を掘っているわけか。」




「…もしかしてあんたは同業者か?」




「いや。俺が魔王候補者のダグラスだが?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る