焼肉と夜道

ジュワアァッ、と良い音を立てて焼ける目の前の肉に、思わず環と夜月は顔を綻ばせた。


「サシいっぱいだと油っこくない?」という2人の嗜好に合わせて、赤身多めのコースを予約してくれていたので、後はただ感謝して食べ尽くすのみである。


「あ、写真撮っておこうよ」


と、パシャリ。1週間ほど後、リスナーに向けて公開することになるのは別の話だ。


タン塩、肩三角、カルビにトンビと、次々に胃に収めながら、2人の会話は弾んでいく。


「焼肉、久しぶりだね〜……あ、タン塩美味しいー!!」


「高校入ってから来てなかったかも。ホントだ、美味い!」


と焼肉の感想に始まり、


「そうそう、古典の山田先生がさー」


「ああ、あの光源氏と結婚したい独身女性(ウン十歳)か……」


「平敦盛に乗り換えるらしいよ」


「どこから突っ込んだらいいのか分からないよ」


と、学生らしく学校の話題に移り、ひとしきり話したところで夜月が「あっ」と声をあげた。


「学校でね、『√』の話をしてた子たちが居たんだよ……!!」


「え、ほんと?何て言ってたの?」


「『花、夏の宵』を見ながら『この曲めっちゃ良くない?良くない??』って……!」


「うわ、それ僕も聞きたかった……!!振り返って『それ、……僕たちです』とか思ってニヤニヤしたかった〜!」


と、素直に嬉しい環と夜月であったのだが。


「えっ、でもどうしよう、クラスで『これお前?』とか聞かれたら」


環がこぼしたこの質問に、夜月は「……!!」と目を見開き答える。


「それ、まずいね〜……。誤魔化せる気がしないもん」


「後で運営さんに聞いておこう、それ。そうそう無いとは思うけどさ」


「うん、そうした方がいいよね」


とこの時、嬉しさと同時に身バレ対策の必要性を感じ、認識を一つにした兄妹であったのだが……少しだけ、遅かったのである。すぐそこに迫った一波乱を、まだ『√』の2人は知る由もない。





「ふぃー、美味しかったー!」


「「ご馳走様でした!」」


肉を食べ終え、デザートの杏仁豆腐までしっかり平らげた2人は、思いがけず長くなった夜の帰路に着く。


「早めに消費したい。体重計に乗る前に」という夜月の意見を汲み、最寄りから遠めの駅で降りた兄妹はゆっくりと歩きはじめて、再び話し出すのだった。


「思えばびっくりだよね、始めたときは『√』がこんなことになるなんて、思ってもなかった」


「ね、ほんと。私、『お兄ちゃんは歌上手いよ』って言ったじゃん?ある程度は伸びるかな、って思ってたんだ。でも、ここまで色んな人に見てもらえるとは予想もしてなくて」


「4桁万再生とか、未だに別世界の出来事みたいに感じるもんなあ……」


「思いがけなかったけど、でも、これからも頑張れるよ」


一呼吸置いた後、環は続けて言った。


「……でも、何より良かったのはさ、夜月が絵を描いてくれたこと、かな」


静かな沈黙が夜に降りて、それでもどこか心地良い。


夜月は意を決して、手を伸ばす。伸ばした先は、夜月のそれより少し大きい、暖かい兄の手。


驚いたように環の手が震えて、今度は少し強く握り直す。


「…………甘えん坊だなぁ、夜月は」


夜の道を2人で歩く。気付けば家は、すぐそこまで来ていた。






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〜今日の一曲〜

一曲と言っておきながら、いくつか。

ヨルシカさんのインスト曲、観賞にも作業用にもお勧めです。『車窓』なんかは名曲なのではないでしょうか。


では、またお付き合いくださいませ。

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