お話と色々
「歌う時いざ録ると思うと緊張するんですけど」
「だーいじょーぶ、いつも通り歌えば」
僕こと藤野環18歳、妹藤野夜月15歳に押し切られて歌ってみたを録ることになりました。目の前にはマイクとパソコンが既に用意されています。現場からは以上です。…もうちょっと抵抗してみようかな。
「いつも通りってお前、僕の歌聞いたことあるのカ
ラオケやん。カラオケとこういうのってまた別じゃないの?」
「もちろん別だよー、でもお兄ちゃんはだいじょー
ぶだから」
「どこから来たその自信」
すると夜月さんはこう仰られたのだった。
「私歌い手さん結構聞くんだけどね?最近は歌枠、
とかって感じで生放送とかもしてるんだよー。で、それで聞く歌の上手さでいったらお兄ちゃんの方が上なんじゃ無い…?って思ったのですよ」
「んええ、そうなん…?」
自分の歌、下手だと思ったことは特に無い。音程は基本的に間違えないだろうなー、とはカラオケ合唱その他での経験から思っているのだけど、やっぱり尻込みしてしまう。
でも、だが、しかし。
今、妹が「一緒にやろうよ」と言ったことを断る、って選択肢は、僕にはなかったのだ。
色々あってしばらく絵を描かなかった、触れようとしなかった妹の、久々のチャレンジは断れない、やっぱり。まあ、そこらへんは追々。
だから僕は、頭一つ低いところから見上げる、期待と不安がないまぜになった顔の夜月にこう言ったのだった。
「しょうがないなー、お兄ちゃんやってやるよ」
すると夜月はパーっと笑顔を見せた。かわいい。
「ところで何だけど、このマイクは家にあったん?」
「んーん、買ったの」
「なるほど、最初から退路はなかったのだな」
「へへ」
「褒めてないぞ」
えぇっ!?とばかりに目を見開く妹。なぜ褒められたと思ったのか、お兄ちゃんは不思議でなりません。
「あ、そうそう!さっき絵見せたでしょ?」
「ああ、お前から見た俺の」
「おかしいな、家に知らない人がいるのかも」
「怖すぎるだろ」
二人して一呼吸。
「「話が進まないでしょ!」」
「そんでねー」
と何事もなかったかのように夜月さんは話し出す。
「実はねー、あれ一つじゃないんだよ、描いた
の!」
ほほう?
夜月はスマホを取り出すと、こちらに差し出してくる。写真フォルダに何枚かのイラストがアルバムにしてあるらしい。
「これはさっき見せた和風なの、こっちはシンプル
なシャツと、あとねー」
楽しそうな妹の説明を聞く。ふんふん。
ちなみに、妹の絵は本当に上手い。絵で生活に足るお金を貰っている人たちと比べても、遜色ないと思う。それに、上手い、というだけじゃなくて、目を惹きつけられる何かがある気がするのだ。どうも、兄バカです。
「で、お兄ちゃんはどれが好きー?お兄ちゃんが使
いたいやつ使おうよ」
「おお、いいのか?あっ、これまさか」
「ん?なに?」
「これはあれですか、彼女が『この服とこの服、どっちがいい?』ってやつですか?間違えると好感度が下がるタイプのあれ」
「違いますけど」
「最近妹が茶番に付き合ってくれない件について」
「ほら選びなよ」
「はいすいませんでした」
お兄ちゃんは妹の目が冷たくて悲しいです。
……んー、この中だったらこれ、かな。
「このちょいミステリアスなクール系男子withシンプルな服が1番僕に似てるから、これかな」
「おけー」
…拾われないボケに敬礼。
「でも他の服もったいなくない?顔はこの髪で目が
隠れてるのがいいけど、服はたまーに変えたりしてもよくない?」
と聞いてみる。たぶん、一枚を描くのだって時間も熱意も沢山必要だっただろうから。
そう聞くと、夜月は一瞬びっくりした顔をしてから
にこーっと笑ったのだった。
「それいいじゃーん!そうしよそうしよ!」
…ちょっとこっちも嬉しくなってしまった。全国の妹がいる兄たちよ、
「ウチの妹が世界一です」
すると夜月は、もう一度びっくりした顔をして、
「…もう!いいから!次は曲選びしよ!」
と言うのだった。
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