第2話 最弱魔族は出撃も一苦労
四天王。
それは魔王軍において現魔王ヴィクトナーに次ぐ実力と権力を持つ存在。
「ねぇ、サホ君。今からおデートしなーい?」
「嫌ですよ。他を当たってください」
「けはっ!」
そんな四天王であるはずのフンジャオは振られて、あまつさえそのショックで呼吸器官が故障して血を吐きながら死にかけていた。
他者を従わせる権力も他者を圧倒する強さもなさそうだが、これでも彼はれっきとした魔王軍最高幹部なのである。
「ああ、また部屋が血と塵で汚れちゃうじゃないですか!」
「そ、そんな言い方ないだろう? 人を汚物みたいに……」
「いや、毎日毎回掃除をする身にもなってくださいよぅ」
サホはフンジャオの副官であり、主にフンジャオのサポートとフンジャオの死骸処理が彼女の仕事である。
「大体デートならこの前お付き合いしたじゃないですか。途中で石に躓いて死んで、殺人を疑われて警邏隊に追いかけられたこと、私一生忘れませんから」
「けはぁっ!」
フンジャオはサホの言葉の暴力で内臓が傷つきさらに吐血するとその身を徐々に塵へと変えていく。
フンジャオの見た目は子供の魔族そのもの。
サホは羊のようにゆるく巻いた小さな角と出るところがしっかり出ている……標準的な成人女性魔族の容貌をしている。
そんな二人が街中を歩いていて子供魔族が死ねば、それはもう事件を疑われてもしょうがないことだった。
「ごめんよ、サホ君……最後に、それだけ伝えたかっ……あ、ちょ! 死に際のかっこつけてる途中に上司だったものをチリトリに掃きこむんじゃない! くふっ、けけっ……お、おいくすぐったいだろ!」
「掃かれたらくすぐったいんですね」
言い終わるのも待たずにサホは持ち歩いている携帯用に小さくデザインされた箒と塵取りで間もなく塵と化すフンジャオを散らからないうちに掃除を始める。
フンジャオの死はしばらく前に秘書官になってからサホは飽きるほど見てきている。
なにせ一日に何十回、多い日は何百回も死ぬのだ。
なんならこのようなやり取り自体は昨日も一昨日も行われている。
日に日にフンジャオへの態度が雑になるのは自明の理というやつだった。
まぁ一種の信頼関係、親しみ(?)のようなものが芽生えていると言えなくもないが。
『経験値が1上昇しました』
そうしておなじみのやり取りのようにフンジャオが死に、天の声がサホに届いた。
「やっと死んだ……今回のフンジャオ様は結構固かったかな?」
フンジャオの成れの果ての塵を、サホは箒や塵取りと同じように持ち歩いている瓶に入れる。
見た目の10倍以上に容量がある魔法の瓶だ。
それでも終業時刻にはこの瓶が許容量すれすれまで塵がたまるのだからいかに
フンジャオが虚弱生物なのかが伺えるというものだ。
フンジャオはちょっとしたことですぐ死ぬが、どうやら復活のたびに耐久面などの基本能力に差異があるらしいことにサホはしばらくして気付いていた。
例えば些細な暴言で死んだ次のフンジャオが過度な暴言に三度耐えて死んだりする……耐久値に差があるらしい。
「やれやれ困った秘書官だ。まぁそこが可愛いんだけどね!」
「あ、セクハラしながら復活した」
「ほ、ほんの軽口じゃないか! え、ダメだって、やめてね? 魔族労働局には駆けこまないで!」
「しませんよ。フンジャオ様と離れ離れになるじゃないですか」
「な、なんだぁ。そっけない態度取りながらサホ君ってば……もう!」
「だってそれで秘書官から外れたらお給金減るじゃないですか」
「うへぇ、すげぇビジネスライクなこと言われた! 僕らの信頼関係って……?」
「ただの上司とその部下ですぅ」
フンジャオは返事をする間もなく塵と化した。
「また死んだ。本当に面倒くさいなぁ……うちの上司」
サホは本日二度目の掃除を終わらせると上司が復活するまでの隙間時間にコーヒーの淹れ方修行の成果を振舞うべくティーセットを用意した。
この後火加減を誤ったコーヒーが復活したフンジャオの三度目の命を奪うのはまた別の話。
☆☆☆
「サホ君、おデートしよう!」
「……懲りないなぁ」
昼食を終わらせたサホに性懲りもなくフンジャオが口説きにかかる。
サホは午前中の焼き増しを想像してうんざりした表情になった。
サホの反応をうけて間もなく塵と化した上司の死骸を片づける……サホは毎日思うのだがこれは果たして魔王軍四天王の秘書官の仕事なのだろうか?
「見てくれ、今日のデートプランだ。この中から一つ選んでくれ」
「嘘ぉ、勤務中のはずだよね今? 何されてるの私?」
すぐに復活し、自信ありげに執務机に用紙を何枚も並べるフンジャオの様子にサホは表情筋が引き攣るのを感じた。
それでも魔王軍が支払う給金に見合った仕事をこなすため、サホはしぶしぶフンジャオの広げた用紙をあらためる。
「ってこれ迷宮の応援要請書ばっかりじゃないですか!」
応援要請書とは書いて字のごとく各幹部魔族から管理する迷宮の手伝いを打診する書類であった。
ちなみにほとんどの迷宮の支配者……『ダンジョンマスター』は自分の迷宮の管理が忙しく、要請書など取り合わないことがほとんどなのだがフンジャオにはひっきりなしに届く。
要するにフンジャオはヒマだと大多数のダンジョンマスターに思われていた。
「そのとーり。今月中に足を運べばいい案件ばっかりだったからサホ君がフィーリングで選んじゃっていいよ」
それを知ってか知らずかフンジャオは軽い調子で無駄にドヤ顔でキメポーズをサホに見せつけた。
「おバカ上司! こんなの来た順に処理しないとあとあと面倒になるでしょうに!」
「けふっ」
サホのにべもない口調にフンジャオの咳に血が混じった。
「死なずに耐えてください! 話が進まないじゃないですか!」
「そんなに怒らなくても……ほら、ちょっとしたお茶目じゃん?」
「お仕事でふざけないでくださいよぅ……っていうか午前中のお誘いってこの話するだけの前振りだったんですか?」
「そうだけど?」
「チイィッ!!」
サホは頭を抱えるついでに色々文句を言いたくなったが、盛大な舌打ちに変換して諸々耐えた。
しかしフンジャオが舌打ちに恐怖を煽られて死んだので無駄な配慮になった。
「怒った?」
「いいから座ってください。とりあえずスケジュールを組むので」
復活したフンジャオが執務室の扉を開けて機嫌の悪い母親の顔色をうかがうような感じで入ってきた。
困り顔をしたいのは冗談に全振りすぎるフンジャオの相手をしているサホの方であった。
「とりあえずこれで……他に抱えている案件はありますか?」
「直近ではこれで全部だよ。全部のんびりやっていいものばかりさ」
数分の相談の後、予定を立て終わった二人はそれぞれ身支度を整え始めた。
「よし、それじゃあ行こうか……外回り!」
フンジャオは全部の色を混ぜ合わせて作ったような汚い虹色が常に揺らめいているというあまりにも滑稽なマントをバサッと音をたてて格好つけながらはためかせて歩き出す。
「うおっ!?」
しかし、それでマントの位置がずれたのか踵でマントの裾を踏んで滑りコケて尻もちをついてしまった。
「ああ、そんな無駄に格好つけるから……フンジャオ様?」
塵になる様子はないので死んでいないはずのフンジャオがしばらく経っても立たないことにサホは疑問符を浮かべる。
「サホ君」
「はいはい?」
「困った、骨盤が砕けて立ち上がれない」
フンジャオはケツが砕けて涙目だった。
「脆ぉい……! 死ななかったから固いパターンかと思ったのに!」
「耐久値と身体の丈夫さは似て非なるものだからね」
「もっとミルク飲んでフンジャオ様!」
尻もちには耐えたものの、骨盤を即時回復する手段のないフンジャオは結局舌を噛んで自害し、復活する運びとなるのだった。
「仕事に向かうのも一苦労な身体してますね……」
「でも僕はそんな自分が大好きさ」
「その心意気は素直に尊敬しますよぅ。でももっと……もっと自分を大切にして……?」
よく死んでしまう上司にうんざり気味のサホも簡単に自決の道を選ぶフンジャオの生体には同情を禁じ得なかったのだった。
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