第7話
生市に誘われるままに碁を打つことになった生市は、家族に断りを入れた後にそのまま生市についていくことになった。
紫と若葉の方は、やはり中学生の女子が男子と一緒になって夜まで行動を共にするという訳にもいかず、そこで別れることになった。
当然と言うべきかなんというか、移動中の間二人に会話はほとんどなく、しいて言えば駅の改札でICカードの使い方を生市が紫桜に教えたことだけが、目的地に着くまでの間にされた二人のほぼ唯一の会話だった。
そうして、ようやくたどり着いた生市の家だったが、神と碁を打つなどと言われながらついて行ったその場所は、紫桜の想像していたようなところではなかった。
それは、街の郊外に立つ一軒の平屋であり、それも一目では人が暮らしているとは到底思えないようなあばら家だった。
駐車場もなく、辛うじて狭い庭だけがついているような家で、外から見る限り、部屋数も決してそう多くはないのだろうということが分かる。
徐福の子孫だとか、儀式の為の碁だとか、余りにも大仰なことを言っていたものだから、てっきり神社や寺のような実家なのか、あるいはそれなりの広さのある宗教的な施設にでも連れて行かれるのかと予想していただけに、目の前の現実は拍子抜けするような光景だった。
「えっと、これが、その、亘の、家なのか?」
「家とはちょっと違うな。先祖代々、つっても明治時代位からか?引き継いでいる土地だ。別に家族が此処に暮らしているわけじゃねえ。まあ、亘一族専用の碁会所ってところかな」
生市はそう言うと、ポケットの中から取り出した鍵をドアノブの鍵穴に入れて、玄関の扉を開き、未だに呆然と玄関の前に突っ立っている紫桜の方を向いて言った。
「そんなところでぼうっとしていないで、早く上がれよ。色々と準備があるんだからよ」
そう急かしてくる生市の言葉に、紫桜は慌てて玄関の中に入った。
するとその瞬間、何故かひりつくような肌を刺すような不思議な感触がして、思わず身震いをした。
しかし、周囲を見回してみても、これと言った変化が起こったわけでもなく、結局は気のせいだったかと思い直して、家の中に上がった。
家に上がると、紫桜は客間に通されたが、そこには今時珍しいちゃぶ台が据え置かれているだけだった。
「……これは、何というか、随分と狭い家だね」
思わず呟いてしまった紫桜の一言に、生市は特に気を悪くする風でもなく頷いた。
「まあな。六畳一間の客間に、風呂と便所と台所。あとは四畳の寝室があるだけの平屋だからな。おまけにぼろくてあちこちガタが来てやがる。借家としても借りたくねえわな」
そう言う生市に、紫桜は何と答えていいのかわからず、思わず乾いた笑い声をあげると、不意に、生市はどこから持ってきたのか箒と塵取りを差し出した。
「それじゃあ、客間の掃除を頼む。つっても、軽く掃き掃除して、ちゃぶ台の上を軽くふくだけでいいから。俺は酒と料理を用意するから」
「酒、ってもしかして飲む気?ダメだろ中学生なのに飲酒なんて!」
「俺が飲むわけじゃねえよ。神様に酒を供えるのは当たり前だろ?それにあんなマズい物、飲む気もねえよ」
「まずいって、飲んだことあるの?」
「小一の時に、親父にふざけてビール飲まされたことがある。それ以来、二度と飲みたいと思わなくなったよ。それよりお前は、掃除をきっちりとやれよ?一応、碁を打つだけとは言え、これからするのは我が家に伝わる神聖な儀式なんだから」
こうして、紫桜は生市に言われるままに客間を軽く掃除し、生市は宣言通りに料理を作ることになった。
意外にも生市は料理が得意なようで、紫桜が掃除を終えるころには既に肉じゃがと豚汁、そしてハンバーグにきんぴらごぼうと筑前煮と、五品も料理を作り終えていた。
「うまいもんだね。そんな簡単に料理って作れるんだ」
「別に今作ったもんでもねえしな。肉じゃがも筑前煮もきんぴらごぼうも、冷蔵庫に昨日入れてたもんを温めなおしただけだし、俺が今作ったのは、精々豚汁とハンバーグだけだよ。それもほとんどあらかじめ用意したもんを焼いたり煮たりしただけだしな」
するとその時、玄関からインターホンを鳴らす音が聞こえ、紫桜が思わずその場を振り返った。
すると、そんな紫桜に生市が声をかけた。
「悪いんだけど、出てくれない?変な奴なら俺が追い払うから、とりあえず出てくれ。一応、こっちはまだ準備があるから」
生市の頼みを聞いて、紫桜は了解。と短く答えて玄関の扉を開けると、そこには一人の老人がいた。
年代を感じる薄い色をしたジーンズに、黒字に赤い文字でI♡NYと書かれたTシャツの上に黒いダウンジャケットを着た、頭頂部の禿げた白髪の老人。
立ち姿こそしっかりとしているが、骨と皮ばかりという言葉がしっくりくるほどやせ細り、顔も皺ばかりでかなりの高齢であることが分かった。
そんな老人は紫桜が玄関に出た途端、首をかしげて質問した。
「おや?珍しいな、しょういち以外の奴がこの家におるのは。お前さん、もしかして生市の友達かなんかか?」
「え?あ、もしかして、しょ、亘君のおじいさんですか?」
「ん?まあそんなもんだな。とりあえず、しょういちはいるんか?今日は約束があって来たんだが?」
紫桜の質問に気軽に頷くと、紫桜の後ろを覗き込んで家の中に入ろうとしており、とっさに紫桜は老人の行動を遮ってしまった。
「待ってください。あの、その、今日は亘君の家では何か、特殊な儀式が行われるみたいで、その……一応、亘君の知り合いかどうかだけ確かめてもいいですか?」
「んん?そりゃあ知ってるよ。だから儂はここに来てんだろうが。というか、外寒いしさっさと中に上がりたいんだが?」
一瞬、紫桜はこの老人を家に上げてもいいものか悩んだ。
生市によると、今日は亘家の特別な儀式の日らしいが、どういう儀式を行うのかさっぱりわからない以上、無断で誰かを家に上げていいのかわからない。
そもそも儀式の為の碁を打つという割に、よりにもよってその日に誰かを家に上げる約束を入れるというのはどういうことなのだろう。
ともかく、どうしたものか。と、家の中にいる生市に質問しようと背後を振り返ると、折よく、そこには台所から紫桜の様子をうかがいに生市が顔を出したところだった。
「おお。来たかよじいさん。早く上がれ。まだ飯は全部は用意してないけど、酒ならいつでも飲めるようにしてある。ビールでも焼酎でも好きなの飲んどけ」
老人の顔を見るなり、客間を顎でしゃくりながらそう言う生市に、老人は全身でガッツポーズをとりながら大喜びで玄関の中に入った。
「おっしゃあ。やっぱ寒い日は酒だよなあ。屋台で熱燗とおでんをつまむのもいいが、ガンガンに暖房効かせた部屋で飲むキンキンに冷えた生ビールに勝るものはねえよな」
そう言いながら老人は家に上がると、紫桜に早く玄関の戸を閉めるように言って客間へと上がっていった。
そんな二人の後を追うように紫桜も客間に上がると、老人はさっそくちゃぶ台の上に並べられた缶ビールを開けると、喉を鳴らしながら一杯飲み干していた。
「いやあ、儂は今日が楽しみで楽しみでなあ。なあ、しょういち、アレ録画しとるか?アメトークの高校野球芸人。儂、特に千鳥の大悟が好きでなあ。あの田舎のチンピラまがいの風貌と方言で、割と常識的なツッコミ入れるのが好きなんじゃい」
意気揚々とテレビのリモコンを手に取り、嬉しそうにレコーダーの録画番組を弄る老人に、生市はちゃぶ台の上に料理を並べながら答えた。
「録画も何も、最近はネット配信でいつでも見れるようになっているから、録画とかしてねえよ」
「やったね!世の中やっぱ便利になるべきだなあ。人類すげーわ」
「まあ、別に配信サイトと契約してないから、この家じゃ見れないけどな」
「おい。ふざけんな!人がどんだけ楽しみにしてたと思ってんだよ!儂、これでも結構偉いんだからな?嘗めた真似してると、ひどい目に遭わせることができるんだからな?」
「じゃあ俺帰るわ。ひどい目に遭わされるんで、これ以上この家にはいたくありません」
「分かったよ。ワシが悪かった。とにかく飯を食おうか。そろそろ腹に何か入れてえわ」
「てことだ。で、立花はどうする?一応昨日、飯は余分に用意していたからおまえの分も用意できるけど?」
「あ、ああ。じゃあ、僕もご相伴にあずかろうかな。……ちなみにだけど、君の料理を食べたくないって言ったらどうするつもりなの?」
紫桜の質問に、生市は特に考えるでもなくあっさりと言った。
「別に?何なら金貸してやるから、近くのコンビニで弁当買うなりなんなりしたらいいと思う。金は貸すだけだから、倍にして返してもらうけど」
半ば反射的な生市の言葉に、紫桜は思わず半目になると、深々とため息をついてちゃぶ台の傍に座り込んだ。
ポイント評価、ブックマーク登録お願いします。
できれば感想などもあれば、今後のストーリー作りに参考になります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます