第52話 『角でんほってホーン』

成長した彼女は、感情の乏しい人間となっていた。

実の姉による改造を施されて、人間とも狩人とも呼び難い別の思想で彩られた彼女は、後に『鬼狩り』と言う名前を付けられる。

他者に対する感情を持ち合わせていない彼女は、鬼の様な非情さを持つが故に、鬼姫とも呼ばれる事が多々あった。


『……ッ!きゅうくん』


それでも角袰はそれで良かった。

例え世界の全てが己と言う存在を理解してくれなくとも。


『あ?あぁ、袰か』


岸辺玖だけは、彼女だけを理解している。

その事実だけあれば、彼女は他には何も要らない。


『また、姉さんの所に?』


『体が鈍って来てんだ。だから手術をな』


岸辺玖はそう言った。

彼の体は化物寄りになっている。

人間の知性を持った、人間の姿をした、人間じゃない、人外の化物。

岸辺玖と言う存在を知る者が居れば、きっと恐怖の対象として移るだろう。

ギロチン刃の隻翼。化物が恐れる処刑人。


『もうじき、俺も十六狩羅だ。お前に追いつくぞ、そんで、突き放してやる』


次期十六狩羅。『馘狩り』として認められた岸辺玖。


『ん……大丈夫、まだ、私の背中を見せてあげるから』


嬉しそうに笑みを浮かべる角袰。

そんな表情は、鬼姫などと呼ばれている角袰とは思えない程に、年相応の少女の顔だった。


『……きゅうくん、小さいころ、覚えてる?』


岸辺玖と、角袰が同じ部屋の中で、隣同士の手術台に乗せられて手術を施された時の事を、彼女は言う。


『昔の事を覚えてるわけねぇだろ』


だが、岸辺玖はそう言って彼女の心望んだ言葉を吐く真似はしなかった。

実際、岸辺玖は本当に過去の事を忘れている。どうでも良いとすら思っている。

過去を忘れた事に、角袰は少しだけ残念で、哀しみの感情を浮かべたが。


『ただ乗り越えるだけだ。今回の手術も、その先の任務も、乗り越えて乗り越えて、その先にあるモンを目指す、そうだろ?』


しかし、過去を忘れていても。

岸辺玖の生き方は変わらない。

角袰はそれを聞いて、嬉しそうに笑った。

今も昔も、そしてこれからも、岸辺玖と言う存在は岸辺玖として生き続けるのだろう。

その事実だけで十分だった。角袰は笑みを浮かべて彼に近づくと。

彼の手を強く握り締めて、額に当てる。


『……うん、また。戦場で、手術の成功を、祈ってる』


『おう』


彼女の手を離して、岸辺玖は彼女の額から生える角に触れた。


『あ……』


滑らかで、すべすべしている彼女の角を軽くなぞると、角袰は身震いをして息を洩らす。

同性や異性に触れられても、不感、あるいは嫌悪感しか過らないが、好いた人間に触れられると、脳髄を震わす様な快感に変わっていた。


『(……きゅうくん、私の、生きる理由)』


角に触れられる感触に酔い痴れながら。

幼馴染みである岸辺玖に恋慕を抱く彼女の夢は、唐突に終わった。


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