第46話 『断頭台のギロチン』

岸辺玖には、角麿の声など何一つ聞こえない。

ただ、己の心の内のみで、ぼんやりと補食衝動に飲まれていた。

意識が鮮明と白濁が混ざる斑な感覚。

そこで食欲とは違う意思が呟く様に声を漏らす。


「(なんで俺は食ってんだ?)」


自問自答。

それに対する答えは自分しか出せない。


「(……腹が、減ってるからだ)」


急激に感じる自らの飢え。

腹が空いて喉が乾いている。

それを満たす為に口にものを運び、咀嚼し、飲み込む。

しかし、すぐにエネルギーと変わる為にすぐに飢餓が自らを満たしてしまう。


「(なんの為に戦ってんだ?)」


岸辺玖は何かを失い、何かを得た。

それは、彼が混濁とした意識が失ったものを象徴している。


「(殺す為だ)」


問答を繰り返す。


「(誰をだ?何を殺すんだ?)」


何度も繰り返して。

彼は何かを忘れている事に気がつく。


「(……俺は、誰かを殺された)」


その思い出は暖かくて、嬉しくて、彼が大切にしていたもの。

だからこそ、それを失った時に大きく傷ついて、全てを投げ出したくなった。


「(大切な、大好きな、人を)」


思い出す。

思い出してしまえば、彼はまた、自らを修羅の道へと向かわせるだろう。

自らが傷つく事を許容し、痛みを我慢しながら、涙を流すのを耐えて、突き進むしか道が無くなってしまう。

そんな道を、岸辺玖は生きる。

何度も忘れても、何度でも、彼は思い出す。


「(あぁ、そうだ、だから、殺すんだ)」


意識が混沌とした最中から浮上する。

段々と意識が空へ向かって、外へと目指していく。


「(殺した奴を、俺が……)」


五感が機能する。

全身が外界に接続される。

口の中に広がる粘着した味。

吐き出したい衝動を、持ち前の殺意で上塗りする。


「(俺の中に芽生えるコイツの力で……)」


自分の中に眠る。仇敵を苦しめる様に。

喉を鳴らして飲み込んで、彼は牙を向いて外敵に向けて叫ぶ。


「喰らい殺してやる」


己の意思。

その確固たる決意を具象化させるように。



新たな力を、狩猟奇具のトリガーなしで起動させる。

発言すると同時、全身に流れる化物の体液が沸騰する。

熱が身体中を駆けて、神経や骨の随まで熱が溶け込んでいく。


「が、ぁ、あああああああっ!!」


叫び、背中から、熱が放出される。

それと同時に、筋肉の様な赤黒い繊維が噴出。

即座に分泌液が繊維をコーティングして、鋼の様に硬くなると。

彼の背中からは、まるでギロチンの刃が生え揃う、蜥蜴の尻尾の様な触手が生え出した。

息を荒げながら、彼の意思で動く触手。


「『刎一韴はねいちそう縊刈くびりかり』」


彼は、そう触手の名を告げた。

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