第44話 『食べるよイートー』

砕けて壊れた車椅子の車輪が、がらがらと転がって行く。


「ひ、ぐッ……ッ」


喉を強く締め付けられる、角彩。

彼女の首を絞めるのは、大柄な、モモンガの様に脇に膜を張る化物であった。

顔を赤くして涙目を浮かべる角彩。

その近くには、地面に転がって腹部から血の洪水を流す、岸辺玖だった。


「あッ……が、ひッ」


喘ぐ様な声色だけが響く。

角彩は呼吸をする為に、首を絞める化物の手を掴んで引き剥がそうとする。


「……ィ、てぇ……い、てぇ、よ……」


腹部を抑えながら、譫言の様に呟く岸辺玖。

手を剥がして、角彩は地面に膝を突く。

荒く呼吸を繰り返しながら、涙を流して恐怖を覚えている。


「に、げな、逃げない、と、は、早、はやく、きし、岸辺、さんっ」


自分が治療を施していた岸辺玖に顔を向ける。

彼を連れて逃げようとする角彩。

しかし、彼女は周囲を見渡して絶句した。

他にも、多くの化物が周囲に蠢いていた。

そして、彼女の視界の先には、女性の様な形をする化物……『バビロン』の姿があった。

彼女はその姿を見て、瞬時に察する。

ここで死ぬのだと。まだ未成年である彼女は年相応に死を受け入れる事が出来ず、体を震わせる。


「や……しにたくない……いやぁ……」


化物たちが近づく。卑下た声を漏らしながら、角彩へと近づく。

彼らは恐怖を好む。絶望を加えれば加える程に肉に加味する。

化物たちは、彼女を喰らう為に痛めつける事にする。

それは、精神を壊す行為でもある、ただ悪戯に、彼女の肉体を弄ぶ、つまりは凌辱だ。


人であれば性欲を満たす行為であろう。

確かに、人を苗床として、あるいは化物を生む肉の卵として人間を使う事はあるが、その多くは暴力か凌辱による恐怖を孕ませる事にある。


化物はより美味な肉を喰らう為に、まずは下ごしらえとして彼女の体に纏わりつく衣服を剥ぎ出した。


「っ!」


声を荒げようとした。

だが、声を荒げた所でどうしようもない。

此処に狩人は居ない。いるとすれば、死に掛けた男が一人。

何よりも、恐怖は声を殺す。これは夢だと現実逃避をしてしまう。

角彩は、化物たちの玩具として成る他無かった。


しかし、化物たちは彼女以外にも、岸辺玖に目を付ける。

死に掛けた男に、絶望も恐怖も無いだろうが、しかし、抵抗もせずに餌にありつける事は労力もなく力を付ける事が出来る。


手が十二本ある細くて長い三本指で、岸辺玖の肩を掴んで無理矢理立ち上がらせる化物。


「……はら、あ、い、て……」


眠っているのか、瞳を瞑る岸辺玖。

化物は瀕死であると認識して、口を開いた。

ヒトデの様に、胴体部分に口がある化物は、肛門の様な穴に複数の牙が付いた口で岸辺玖を喰らおうとする。

その時だった。

岸辺玖はおぼろげな表情を浮かべて、目を開く。

其処に、化物の顔があり、今にでも自分を喰らおうとしている。

その瞬間を伺った彼は、さして恐怖を浮かべる事なく……むしろ笑みを浮かべて嬉々として口を開いた。


「腹、減ってんだ……丁度、喰いてぇって思ってたんだよ……」


その瞬間。岸辺玖の顎が、化物の肉を喰らった。

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