第33話 『喧嘩ファイト』
岸辺玖の眼は恨みすら籠っている様に見えた。
東王子月千夜は彼の質問に対して淀む事は出来る。
しかしそれは不誠実である事は理解していて、何よりも彼に嘘を吐く様な真似はしたくなかった。
それは友人としての側面を持つ東王子月千夜としての感情。
裏を見れば、後悔しか残っていなかった。
「……キミが苦しむ姿を見たく無かった」
目を背けて、東王子月千夜は正直に答える。
岸辺玖は追及を止めない。
「目を瞑れよ、何の為に瞼があるんだよ」
「そういう問題じゃない。決して看過出来ない事だ、最悪死んでしまう可能性もある、それを実行するのは得策じゃない」
正論を突き付けようとした。
そうすれば、岸辺玖にも考える余地があり、考え直してくれると思っていた。
だが岸辺玖もまた譲れないらしく、東王子月千夜の言葉に反論する。
「前提が違うだろ、俺は狩人だぞ、化石を体に埋め込んだ時から、……全員が命を落とす覚悟を決めて、狩人になったんだ。それともお前は、死なない、死にたくない、そう思って狩人になったのか?」
岸辺玖の言葉に東王子月千夜は首を横に振って彼の言葉が話から逸れている事を突く。
「減らず口だ。論点がズレているよ」
それでも、岸辺玖は彼女の言葉を無視して話を続ける。
「年間千五百名程の人間が狩人の手術を受けて、三百名しか生き残らない。訓練して力を付けても初任務で命を落とす人間は約九十名、この時点で死亡率は30%。一年で三分の一が任務及び強化手術によって死んでいる。そいつらは全員、死ぬ覚悟をしてるし、死は唯一の平等だ。お前は俺だけを特別扱いして平等の死を取り上げるのか?」
決して自分を曲げようとしない岸辺玖。
こちら側が非を認める、または、折れない限りは、話は平行線に続く。
だから、東王子月千夜は感情的になった。
それは、早々にこの話を切り上げたかったのだろう。
でなければ、このまま続く話の先は、岸辺玖との決別に繋がっている。
彼との関係を大事にしている東王子月千夜は、それを喪う事を恐れた。
そして同時に、感情的に発する事で、自分の意図を汲み取ってくれるかも知れないと思った。
「口喧嘩がお好みかい、ならそうしよう、ならば、キミは死んでも良いのかい?私はそうは願わない。大切な友を生かしたいと思う願いは駄目な事なのかいッ!?」
だが。彼女の感情論は脆く、岸辺玖はそれを逃さない。
冷酷な刃が盾も鎧も貫いて生身に深く突き刺さり心を抉る。
「お前の独り善がりだろ、お前の願いはお前だけを救う。お前の願いじゃ俺は救われない。つまる話、自分の事しか考えてないんだろ、お前は」
喉が渇く。
息をする事を忘れてしまって、思考が一瞬だけ薄れた。
次に喉を鳴らした時、乾いた口の中に唾が無くて、自分が精神的に酷くなっていると自己分析をした。
その状態で、東王子月千夜は否定の言葉を入れて、その先の言葉を口に出そうとする。
「そんな事はッ」
「突き詰めればそうなるんだよ結局、あのな……俺はお前の道具じゃねぇんだよ」
その言葉は、東王子月千夜の思考を完全に停止させた。
用意した言葉も、反論用に用意した文章も、全てが凍り付いて引き出せない。
唇だけが動いて、必死になって言葉を紡ぐ。
心臓が痛くて、目頭が熱くなる、きっと、今にでも泣き出してしまいそうだ。
「ッ―――なん、だい、それは……」
声が震える。
それ以上の言葉は涙を落してしまいそうだったから、押し黙る。
泣き顔は、誰にも見せたことが無いから、無論、それは岸辺玖にも、見せられない。
「(私は、ただ、キミ、キミを……玖を想ってやった事なのに……)」
脳内で想う彼の事。
そんな彼女の事を岸辺玖は問答無用で切り捨てる。
「もう、俺に構うな、俺が強くなるのにお前は邪魔だ」
決定的だった。
東王子月千夜は岸辺玖から視線を外して、後退する。
彼に言われた言葉がショックとなって、それが体に現れてしまった。
「(……そんな台詞、何故、私に……玖、私は……ッ)」
何か言わなければならない。
ここから、彼と関係を修復する言葉を紡がなければならない。
そうしなければ、きっと、岸辺玖との友人関係は崩れてしまうだろう。
だから必死になって、沢山の言葉を想い巡らせて。
「わたしはッ、ただ………っ」
だが、駄目だった。
想像以上に衝撃が体を奔り、表情が曇る。
瞳から一筋の涙を流して、それを拭うと共に岸辺玖から離れる。
地面を蹴って、早く、一刻も、即座にと、その場から離れる事に徹した。
道中、角袰と、角彩と東王子月千夜がすれ違う。
涙を流している彼女の姿を、二人は見て、彼女の軌跡を逆に追って岸辺玖にたどり着く。
「あの、さっきの、東王子さん、ですか?どうかされたん、です?」
角彩が心配そうに聞いてくるので、岸辺玖はぶっきらぼうに答えた。
「あぁ、厄介払いだ。袰さん、東王子に何か言われたと思いますけど」
彼は丁寧語で、角袰にお願いをする。
丁寧語とは、相手に対する尊敬の念を込めて行うもの。
少なくとも岸辺玖はそう思っていて、角袰はそれに足りうる人間だと思った。
だから、角袰との訓練を第一に、そして、手垢を洗い流す様に、彼は言う。
「あれ、全部無視して良いんで」
その言葉は、彼女の思いやりを無碍にすると同意だった。
それは、岸辺玖も理解している、理解した上で、踏み躙るのだ。
「(あぁ、これで良い、強くなるには邪魔なもん、全部取っ払う……最後に残ったモンが俺の強さになる……)」
全ては強くなる為に。
それが、岸辺玖の行動理念だった。
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