第32話 『地雷の様なクレイモア』
『角栄郷』には訓練場がある。
治療を行い、肉体を完治した者が集い、戦場へと戻る為に戦闘の感覚を取り戻す為に作られた運動場だった。
破壊音が響く。舞い上がる土煙と共に、岸辺玖が飛び出て来る。
「ゼァ……ゼァッ……」
息を荒げて、狩猟奇具の『伏正』を所持しているが、現状、防戦一方、否、回避一方しかする術がなかった。
爆破を発揮するのは、黒いセーラー服を着込んだスケ番風の角袰であった。
その手には巨大なトゲ付き鉄球に繋がる鎖を握られており、グルグルと鉄球を回すと、手を離して岸辺玖に向けて放つ。
「ぐッ」
岸辺玖は鉄球を目視して回避行動を行う。
そして地面を蹴ると共に角袰に向けて走り出した。
「(勝負は今だ、今しかねぇ!)」
心の内でそう叫びながら、岸辺玖は疾走する。
しかし、角袰は手首を捻って肘を曲げて鎖を引く。
すると鎖に繋がれた鉄球が主の元に戻る犬の様に跳ねて岸辺玖を背後から攻撃した。
その瞬間に、爆破が響く。
岸辺玖は背中に傷を作りながら地面に転がる。
皮膚が剥がれて、肉が見えて、血が流れていた。
死なない様にしているが、それでも、その威力をどうにか弱める事は難しいのだろう。
「(追撃、来るッ)」
顔を上げて『伏正』で防御態勢を取る岸辺玖。
闘志は未だに衰えず、戦闘を再開しようとするが、それ以上の行動は迫らなかった。
「……終わり、彩を呼んでくる」
「……は?」
岸辺玖は、先日よりも甘い角袰の言葉に首を傾げた。
先日の方が厳しく、命のやり取りをしているという実感があった。
だが、今日はなんだか違う様子で、まるで接待でも受けている様な感覚だった。
「……なんだよ」
岸辺玖は苦痛に表情を歪ませながら、『伏正』を杖替わりにして立ち上がる。
近くのベンチに座って、岸辺玖は痛みを和らげる様に息を吐く。
呼吸は痛みを和らげる効果があるらしく、同時に精神の混乱やパニックに陥った時は深呼吸をすると落ち着くこともあった。
「玖」
岸辺玖の元にやって来たのは角袰ではなく、まして角彩でもない。
それは東王子月千夜だった。岸辺玖の姿を見て痛ましそうな表情を浮かべる。
「なんて酷い傷だ……大丈夫かい?」
「この程度、昨日に比べたら全然だ」
そう言って岸辺玖は頭の中で今回の戦闘を整理した。
通常の戦闘とは違い、模擬戦に近いこの訓練は、何度でも復習する事が利点だ。
自分の何が悪かったのか、相手の出方や、行動パターンを脳内でイメージして、それに適した行動を予測する。
「この程度、って、背中の皮がむき出しになっているじゃないか……重傷だよ」
「(うるせぇな……)」
岸辺玖は目を瞑りながら東王子月千夜の話を耳障りだと思う。
元々、彼女は友人であり、岸辺玖の性格を熟知していると思っていた。
こうして目を瞑れば、彼が一体何をしているのか、一年程度の付き合いでもそれは分かる筈なのに。
「昨日、言ったのに……全然わかってくれなかったのか……」
その言葉に、岸辺玖は目を開けて東王子月千夜を見た。
誰に向けた言葉なのか、そして、何故これ程までに戦闘が柔くなったのか。
「おい、月千夜、お前、何の話だ」
睥睨する様に、岸辺玖が東王子月千夜を見詰めた。
息が詰まるような、そんな視線に、東王子月千夜は喉を鳴らして、彼の地雷を踏んでしまったと思った。
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