第27話 『困惑しちゃうエンバラスメント』

東王子月千夜は、どうにか岸辺玖が傷つかない様にすればどうすれば良いのか考えて、角袰の元へと向かう。

彼女は温泉に入っていたから、東王子月千夜も服を脱いで、タオルで前を隠しながら湯気が曇る温泉へと向かう。

ぬめりのあるタイルを抜けて、岩場に囲まれて緑色の湯で満たされた温泉に浸かる、白い肌にほんのりと桃色を灯す黒髪の鬼娘が其処に居た。


「やあ、角のお嬢様」


湯浴みをして温泉に浸かる東王子月千夜。

角袰は彼女の挨拶に対して頷いて少し離れる。


「唐突で悪いけれど、玖の事で話があるんだ」


そう角袰に向けて伝えると、彼女は首を振って話を聞く姿勢を見せた。

ちゃぷりと、湯が跳ねて、角袰が東王子月千夜に近づく。


「教えて欲しい、玖を再起不能に追い込む程に、重傷にする程に、訓練、いや、試験は必要な事なのかい?いくら、怪我が治癒出来る場所だったとしても、その行為は正しいモノなのかい?それを教えて欲しい」


「……適正なやり方」


か細く角袰は言う。

人を傷つけ、死に近づける程の暴力が適正だというのだろうか。


「それは本当かい?一体、何を以てそういった評価になるのか、是非教えて貰いたい」


口調が少し強くなるが、関係ない。

納得のいく答えが出なければ、東王子月千夜は角袰を許さず、態度を改める事は無いだろう。


「……私もやられた、それで強くなった」


「……そう、か」


その言葉で即座に納得してしまう。

流石は十家とあって、訓練も通常の狩人よりも厳しいと聞く。

東王子月千夜も他の狩人よりも数倍の訓練を熟して来た。

十家の中にはあまりにも厳しい訓練を課せられた結果、死亡したという事例もある。

角袰は、自分が行われる訓練を、ただ岸辺玖に教えているだけに過ぎないのだった。


「……理解はしたよ、けれど、どうか約束して欲しい。彼はキミとは違う。やり方を一つでも間違えれば命を失ってしまう。訓練の中に優しさを見せてくれないかい?」


「……どうやって?」


首を傾げる角袰。

優しさ、と自分で言っておいてなんではあるが、東王子月千夜もどうすれば良いのか考える。


「……例えば、狩猟奇具を致死性の低いものに変える……もっと弱い狩猟奇具にするとか」


「……『荒桝』が一番弱いのに?」


首に手を添えて温泉の湯を塗るようにお湯を掛ける。

彼女の中では一番弱い武器であるかもしれないが、しかし、人にとってはそれが最大の凶器であると思ってしまう。


「では、キミも同じ様に『伏正』を使うと良い。それでどうか、訓練らしい訓練をする様に検討して欲しい」


懇願する東王子月千夜。

角袰はじぃ、と彼女の方を見詰めながら、首を縦に振った。


「……善処はする」


その言葉が聞けただけでも満足だった。

東王子月千夜は重苦しい息を吐くと、後は温泉にじんわり、芯まで温まる様にする。

が、じぃ、と。角袰の視線が彼女を刺していた。

視線に堪らず、つい東王子月千夜は彼女に聞く。


「……何か、言いたい事でもあるのかい?」


そう聞くと、角袰は自らの胸に手を添えて。


「……大きい」


と呟いた。東王子月千夜は自らの胸に手を向ける。

男性として生きる彼女ではあるが、発達した胸は手術でもしない限り萎む事は無い。

通常の女性よりも大きな胸部は悩みの種でもあり、恥ずかしそうに彼女は胸を隠す。


「たいしたものではないから、見ないで欲しい、あの、恥ずかしい、から」


照れているのか恥じているのか、それとも温泉による熱が体を温めているのか。

彼女の顔は赤くなっていた。

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