第23話 『冷めたコールド』

岸辺玖を東王子月千夜と獅子吼吏世が持って移動する。

向かう先は治療室だ。これ程に出血して傷も多い彼は温泉に浸かるだけでは再生するのが難しいだろう。

廊下を歩いていた時だった。目の前から、誰かがやって来る。

長い白髪をオールバックにした、黒い革コートを着込んだ男だ。

その姿を獅子吼吏世が認識して息を飲んだ。

獅子吼吏世のその姿を認識して、男が渇いた声をあげる。


「何をしている、吏世」


知り合いであるらしい。

獅子吼吏世にとっては、親の様な存在。

いや、戸籍上は親そのものだった。


「お父様……」


十六狩羅『刀狩り』の獅子吼ししく濫界らんかいであった。

齢にして四十を超えるが、その肌は明らかに二十代後半であり、知らぬ者からすれば、獅子吼吏世の兄と間違われる程である。


「(そう言えばお父様も療養していたと聞いてたけど)」


『化物道』討伐戦に置いて前線で活躍した獅子吼濫界。

多少の怪我は残るものの、全ては軽傷であり、『化物道』討伐戦終了後は別の任務によって離脱し、三件程の任務を完了した末に『角栄郷』へと到着したのだ。

文字通り化物染みた獅子吼濫界は、獅子吼吏世にとっての目標であるが同時、その厳しさ故に苦手意識を持っていた。


「……なんだ、その男は」


獣の様な瞳が岸辺玖を睨み付けた。

その目つきは、幼少の頃、狩人になるべく訓練を積み重ねた時に、何度も目にした冷めた目であり、獅子吼吏世にとってのトラウマでもあった。


「彼は……私の、バディです」


そう答える獅子吼吏世。

傲慢さなど感じられない、震えた子犬の様な彼女を見つめる獅子吼濫界は頷いて彼女たちから通り過ぎると。


「……来なさい」


一言、そう獅子吼吏世に言った。


「東王子家の、その男は一人でも運べるだろう」


岸辺玖と言う存在を、全て東王子月千夜に任せると、無表情で獅子吼濫界が告げる。

東王子月千夜は、獅子吼吏世から岸辺玖を離すと、彼を背中に背負って頭を下げる。


「はい、それでは失礼します」


獅子吼吏世を残して、東王子月千夜はその場から去る。


「ちょ、待ちなっ」


二人きりにさせまいと、獅子吼吏世が止めようとするが。


「吏世」


その一言で、彼女は体を震わせて動きを止める。


「ッ、はい、お父様」


「話がある、来なさい」


踵を返し、廊下を歩く。

獅子吼吏世は、濫界の後ろをゆっくりと歩き出す。


「(話、一体……なんの)」


獅子吼吏世は頭の中でどんな話をするのか考えていた。

もしや、岸辺玖との関係性を知って、それを窘める為の説教なのか、と身震いする。

その獅子吼吏世の考えは強ち間違いではなかった。


「(……間違いない、夢で見た男だ)」


獅子吼濫界は、『化物道』の討伐戦にて猿の咆哮による幻覚を見た。

その内容は、獅子吼吏世と岸辺玖が結婚の報告をすると言うものであり。

それを受けた獅子吼濫界は咄嗟に岸辺玖の顔面をぶん殴ってしまった、と謂う夢の内容である。


「(私の娘を孕ませた男、所謂出来ちゃった婚をしようとしていた輩ッ)」


殴った理由は単純であり。

大切な娘を孕ませたという点であった。



「(無論、夢だ。夢であるが……実在するとは……しかも、私の娘に背負われていたなど……子供が出来たらどうするつもりだッ)」


どれ程、血の繋がらぬ養子であろうとも、彼女を実の娘として育てて来た。


「(いや、それよりも……吏世、お前はあの男の事をどう思っている……好いているのか?……許さんぞッ)」


獅子吼濫界。

性格は子煩悩。

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