第19話 『脅迫のスレット』

獅子吼吏世と東王子月千夜は偶然にも『角栄郷』で出くわした。

彼女らがこの療養施設に足を踏み入れたのは、岸辺玖のお見舞いに来た為だった。

つまりは偶然ではない。二人の出会いは必然的だとも言えよう。


「(精神治療で正常判定を貰って、大急ぎで玖に会いに来たのに……)」


「(夢の消失で少し寝込んでいたから、お見舞いが遅れてしまったが……)」


まさか、同じ日に同じ時間で同じ場所に出くわすなど思っても見なかった。

獅子吼吏世は何やら気難しい顔をしている。東王子月千夜もなんだか不可解な表情を浮かべていた。

昔から、同じ狩人の家系で十家である。それなりに友好関係はあったが、評価は善しも悪しもなく至って平均、数字で表すのならば五点中二.五点ほどの友好度であった。

しかし、二人の関係性は知り合い以上のものになっていた。

友人ではない、親友などもってのほか。


「(彼女は確実に、玖のことを狙っている。それも、孕みたいと思っている様子だ)」


「(王子様なんて言われてる癖に、玖のまえじゃ股を開く女じゃない……)」


女の勘である、今、目の前に居る女性は、自身の好いた男を狙っている。


「「(彼女あんたには玖を渡さない)」」


内心、そのような心境であった。


「キミも、玖のお見舞いかい?」


先制するように東王子月千夜は告げる。

彼女は胸を張ってそうだと口に出そうとした直後。


「風の噂、と言うよりも、玖から聞いた話だが、随分と傲慢な性格だったようだね、童話に出てくる意地悪おばあさんの様に、辛辣な態度をしたと聞いてたけれど、どういった心境の変化なのかな?」


喉を鳴らす獅子吼吏世。

これは単なる世間話ではない。これは、相手を論理的に攻めて沈没させる論争であった。


「い、一応はバディなんだから、お見舞いに来るのは当たり前でしょ……」


「そうかい、けれど、玖はキミと会いたくないのかも知れない、私から良く言っておくから、今日は帰った方が良い」


言葉を詰まらせる獅子吼吏世を尻目に、失礼、とその場から離れていく東王子月千夜。その瞬間、月千夜の表情を見た獅子吼吏世は睨んだ。


「(あの女、私を見て鼻で笑った……まるで、私に席なんてないのに、必死になって探している所を端から覗いてバカみたいだと、そうせせら笑ってるみたいに……)」


東王子月千夜がそう思っているかは別として、獅子吼吏世の内に闘争心が燃え上がる。

ゆっくりと旅館を模した療養施設を歩く東王子月千夜を超えて、獅子吼吏世は彼女よりも早歩きで追い抜く。


「なっ、き、キミっ!」


「あなたの言う事が本当かどうか確かめてあげるわ。玖の部屋に行って聞いてくるから……それでもし玖がそんな事を言ってないと分かったら……嘘つきはあなたになるわね」


ひひ、と苦し紛れではあるが笑みを浮かべる獅子吼吏世。

東王子月千夜は算段を見誤った事に恥じて奥歯を噛み締める。


「(嘘……ではない、日頃から、玖のことを見ている、だから良くない感情を持っている事は確か……だが、それは私の洞察であり、実際には言っていない……)」


「(玖が私の事を良く思ってない?そんな事、私が誰よりも理解している……それでも、良い、挽回してみせる。私は獅子吼家の女、だけど……)」


自信家である獅子吼吏世と、冷静な東王子月千夜。

しかし、もしもの事を考えるだけで、二人は性格が豹変してしまう。


「(玖に本当に言ったって言われたら立ち直れないかもしれない……)」


「(嘘つきなんて言われたら、私はもう立ち直れない……)」


ここで、なんとか話をして冷静に対処すれば良いだけなのだが。お互いに自滅の道を辿っている事に気づいていない。

そうして、岸辺玖が居る筈の部屋に、鍔迫り合いをするように鬼気迫る表情を浮かべる彼女たちが到着する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る