第14話 『女性的姿なガール』

『お似合いですよ、お嬢様』


付き人がそう言って、彼女の服装を称えた。

東王子月千夜……否、東王子深月みつきはワンピースで笑みを浮かべる。


『ありがと』


高身長の彼女は柔らかな服装が似合っていた。

長袖ワンピースの上に長めのカーディガンを羽織り、長い髪の毛を三つ編みにして洒落た格好にする。

さながら、森の中で静かに読書をする賢女だ。

自分の姿を鏡で見つめる彼女は唇に就いた薄色の口紅を引いて笑みを浮かべる。

女性らしい柔らかな表情を浮かべて、肩から垂れる髪を軽く撫ぜた。


『……ふふ』


彼女は上機嫌だった。恋人との逢瀬である。

それに対して付き人も、東王子家の人間も誰も文句を言う者はいない。


『お嬢様、岸辺さまがご到着しました』


幸せを噛み締めている彼女は頷いて化粧台から離れる。


『今いくよ』


そうして彼女は自室から出て行った。

玄関前で腕時計を握り締めながら柱に靠れる岸辺玖。


『二分遅いぞ』


細かくそう言って時計を見せる。

せっかちな男だと思いながら東王子深月はごめんと平謝りした。


『私の姿、どう?』


東王子深月は岸辺玖に服装の感想を問う。

下から上まで舐め回す様に見る岸辺玖は簡素に言う。


『森ガールみたいだな、女性らしくて、似合ってるぞ』


その言葉に満悦な表情を浮かべる東王子深月は、岸辺玖の手を握った。


『今日は何処に連れて行ってくれるんだい?』


『今日か?今日は適当に街で歩くぞ』


適当に、そうは言うが、岸辺玖がこの日の為にデートプランを立てている事を彼女は知っている。だから、彼女は何処に行きたいかを言う事無く、岸辺玖の手に指を絡める。


色んな場所へ行き、夜中、予約した店へと向かう。

人が多く乱雑としたレストランの中、お嬢様な東王子深月にとっては新鮮なものだった。

岸辺玖はトイレによって離席して、東王子深月は硝子越しから広がる夜景を眺める。

夜景の先は海原が広がっている、贅沢な光景でもなんでもないが、東王子深月は感傷に浸っていた。


『……(女性らしい服に、仕草……そして、長い髪)』


硝子に写る自分の姿。

それを見詰める東王子深月。

瞳から涙を流して、悲哀の表情を浮かべる。


『……(分かってる……これは、夢なんだ)』


この世界が夢だと、東王子深月は認識していた。

岸辺玖から幻術を見せて来る猿だと教えて貰わなければ、この甘い夢を現実だと認識していただろう。


『戻らないと(……戻りたく、ない)』


言葉ではそう言うが、東王子深月の内心は、この夢に居たかった。


『おい、なに泣いてんだよ』


トイレから戻って来た岸辺玖は、席に座る事無く、彼女の隣に立った。

東王子深月は涙を掌で拭って、彼に泣き顔を見せまいと笑みを作る。


『少し、昔の事を思い出して……ごめん、玖、私、もう』


行かないと。そう言って現実へと戻ろうとするが。

彼女の前に差し出される、指輪に目を引いた。

岸辺玖から差し出される、結婚指輪だった。


『お嬢様のお前にとっちゃ、安物に見えるだろうが……いや、言いたい事はそれじゃない……これを、お前に渡したかった、お前の指に嵌めたいと』


幸せが迫って来る。

心臓は高鳴り、これが夢であると知っていながらも。


『結婚してくれ』


その幸福は、東王子深月を強く苦しめた。

声も出せず、東王子深月は、苦々しい表情を浮かべて泣き出すと、その場所から逃れる為に、走り出す。


『……嫌、嫌、だ……嫌だ、行かないと、でも、私は』


逃げながら、しかし、時折足が止まる、そして再び走り出す。

後ろから岸辺玖が困惑しながらも追って来てくれている。

それが嬉しかった、だから、余計に彼女の首を絞めた。


『戻りたくない……』


この世界に居たいと、思ってしまうから。

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