[6-5 reverse side]夢喰いあやかしは妖力とアルバイトをゲットする
電車は通ってないし、カラオケやファミレスもない。娯楽の少ないこの町に住む市民たちで唯一賑わうのが、
食料品はもちろん、日用品、家具や寝具、ペット用品、家電までなんでも揃う上、低価格を謳っているこの店ではまとめ買いをする客が多いんだとか。平日から所狭しと車が停まっていて、店内に入れば多くの人間たちでごった返していた。
周りを見渡せば、それぞれ買い物カゴを下げたりカートを押して談笑しながら自分のショッピングを楽しんでるやつがほとんどだ。だから店内であやかしの話をしても怪しまれないだろう。
そう思い、おれは
「えっ、今なんて言ったの?」
なんでも来月は
唐突すぎておれの言葉が頭に入ってこなかったんだろう。
返ってくるであろう反応を想像すると憂鬱でしかなかったけど、覚悟はもう決まってる。今度はちゃんと聞き取れるように、ゆっくりと話した。
「ずっと黙っていたんだけど、実はおれ、いい夢が喰えないんだ」
ついに言った。言ってしまった。
まだ百年も生きていない人間の子どもに頼るなんて情けない。そんな小さなプライドを振りかざして、自分の力だけでなんとかしようと思っていた。
だが現状では、自分の力だけで解決できないとわかった。夢が喰えない以上、妖力を補うのは不可能だ。ただ飢えて死んでゆく未来しかない。
「そういうことは、もっと早く言って欲しかったなあ……」
「う、悪かった」
「
話している間、
買い物カゴに色画用紙を放り込んでから、あごに人差し指を当てて「んー」と唸っている。視線は商品棚に向いたままだ。
「僕としてはなんとかしてあげたいけど、まだ魔女としては経験が浅くて。んー、そうだなぁ。アルバさんは悪夢なら食べられるの?」
「ああ。食べられるけど、最近じゃ
「うん、そうだね。夢は僕たち人間の感情がこもっているから、ものによっては……悪夢は邪気になってしまう。完全に侵されたら身体に悪いのはもちろん、アルバさんの精神までも狂気に侵されてしまうよ?」
物騒な言葉が出て、柄にもなくぎくりと身体が震えた。
あやかしが狂うことがあるってのは知っていた。実際にこの目で見たことはないが。
やっぱり悪夢は食わない方がいいようだ。とは言っても、
おれがあれだけ邪気に侵されていたのは、
たぶん、
「
いくら考えても、ちっともいい案は浮かばなかった。だからためしに聞いてみる。
「うーん、そうだねぇ。あっ、そういえば……」
「〝
おれと
「うわぁ!」
オレンジ色のグラデーションがかった白い尻尾。九本のそれを揺らしながら現れたのは九尾の狐だ。にこにこと機嫌よく
「急に現れんじゃねえよ!」
「そうかい? 声をかけたのだけどね?」
「声をかけたのが急すぎるんだってば」
いくら苦言を
「……で、〝狭間〟の入り口って?」
「
やけに詳しい九尾の解説を引き取って、
「人間が近づくのは問題あるけどアルバさんならいいかな。〝狭間〟からは色んなあやかしが出入りしている。僕たちの世界に悪い影響がないようその入口を見守るのが魔女としての僕の役目なんだ。お腹を満たすためだけに近づくなら、別に構わないよ」
マジか。
力が抜けたわけじゃなかったけど、拍子抜けした。こんなあっさりと、飢えの問題が解決しちまうなんて。
知ってるなら教えろよと九尾に言ってやりたくなったが、聞かなかったのも相談しなかったのもおれ自身だ。
悩んで喧嘩までして、
「それはともかく、九尾。今日は店番を頼んだと思うんだけど?」
ワントーン低くなった声と半眼で
「ふふふ。大丈夫だよ、
「そうじゃないよ。店番すっぽかしたら営業できないでしょ。この間お客さんに言われたんだからね。なんでいつも空いてないのって。これじゃあ君にアルバイト代を払っている意味がないじゃないか」
途中で口を挟むのは悪いかと思ったが、やっぱり聞かずにはいられなかった。
「店番?
「うん、お店といってもすごく小さい個人商店だよ。修行の一貫でハーブショップをやってるんだ。平日は学校があるから九尾に店番を頼んでいるんだけど、この通りまじめに売り子をやってくれなくて」
もうひとつ深いため息を吐きながら、
夏休み期間中はともかく、新学期が始まってからも九尾は毎日のように
信じられない。それで金もらってんのか、こいつ。
バス代を払えなかったのは今朝のことで、まだ記憶に新しい。どうしようもなく悔しい思いをしただけに、今すぐにでも九尾の野郎を蹴りたくなってきた。そんな時。
ふと
「そうだ! アルバさん、九尾の代わりにアルバイトをしてみる気はない?」
「——へ?」
やべ、中途半端な返事になっちまった。突然すぎる展開に頭がついていかねえ。
けど
「人間の姿に化けると言っても、お金が必要でしょう? そんなに多くは出せないけれど、お小遣い程度にはなると思うし」
「いやいやいや! なに言ってんだよ、
「そのへんは心配しないで。もともと九尾にもアルバイト代はあげてたんだし。さっきも言ったように、お店は魔女修行の一貫なんだ。どれくらい売れたのか師匠にも報告しなきゃいけないんだよね。アルバさんは真面目だし、すごく信用できると思う。少しでも貢献してくれたら僕も助かるんだけどな」
師匠って、
というか、売り上げが修行に関わるのなら九尾がサボってたんじゃ意味ねえじゃん!
九尾と
あの世とこの世をつなぐ境目、〝狭間〟と呼ばれるその場所を見守る役目を負った魔女が
なにかの形で
「お前がそこまで言うなら、やってみようかな……」
ぽつりとつぶやけば、
「本当!? 嬉しいなぁ。じゃあ、今日は帰ったら早速うちにおいで。仕事の内容を説明するからさっ」
この様子を見るに、
こうなったらわからないことは徹底的に聞いて、すぐに覚えるようにしようと心に誓う。おれがやれることはそう多くはないのだから。
こうしておれは思わぬ形でアルバイトを手に入れることができたのだった。
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