[6-5 reverse side]夢喰いあやかしは妖力とアルバイトをゲットする

 紫苑しおん雪火せっかが住んでいる月夜見つくよみ市は人口三万人にも満たない小さな町だ。

 電車は通ってないし、カラオケやファミレスもない。娯楽の少ないこの町に住む市民たちで唯一賑わうのが、月夜見つくよみ高校の近くにあるディスカウントショップらしい。

 食料品はもちろん、日用品、家具や寝具、ペット用品、家電までなんでも揃う上、低価格を謳っているこの店ではまとめ買いをする客が多いんだとか。平日から所狭しと車が停まっていて、店内に入れば多くの人間たちでごった返していた。


 周りを見渡せば、それぞれ買い物カゴを下げたりカートを押して談笑しながら自分のショッピングを楽しんでるやつがほとんどだ。だから店内であやかしの話をしても怪しまれないだろう。

 そう思い、おれは雪火せっかに打ち明けたのだった。


「えっ、今なんて言ったの?」


 雪火せっかが尋ねてきた。彼も他の買い物客と同じように買い物カゴを提げている。

 なんでも来月は月夜見つきよみ祭という学校のイベントがあるらしく、その準備に追われているらしい。紫苑しおんのクラスはコーラス合唱だったようだけど、雪火せっかのクラスはバザーをするようだ。その準備のため、雪火せっかは買い物メモを片手に文具コーナーで目当ての品物を物色していたところだった。


 唐突すぎておれの言葉が頭に入ってこなかったんだろう。

 返ってくるであろう反応を想像すると憂鬱でしかなかったけど、覚悟はもう決まってる。今度はちゃんと聞き取れるように、ゆっくりと話した。


「ずっと黙っていたんだけど、実はおれ、いい夢が喰えないんだ」


 ついに言った。言ってしまった。

 紫苑しおんに口止めしたのは、雪火せっかなら親身になってくれると分かっていたからだった。

 まだ百年も生きていない人間の子どもに頼るなんて情けない。そんな小さなプライドを振りかざして、自分の力だけでなんとかしようと思っていた。

 だが現状では、自分の力だけで解決できないとわかった。夢が喰えない以上、妖力を補うのは不可能だ。ただ飢えて死んでゆく未来しかない。

 紫苑しおんのことは守ってやりたい。しかし千秋の言う通り、紫苑しおんを守る以前に自分の面倒は自分で見るべきだと思う。現状妖力を補充する手立てはちっとも浮かばないものの、少しでも前に進みたくて雪火せっかに打ち明けることにしたのだった。


 雪火せっかはぽかんと口を開けて、おれの顔を見上げた。そのあと、かなりあからさまに深いため息を吐き、こう言った。


「そういうことは、もっと早く言って欲しかったなあ……」

「う、悪かった」

ばくの摂食障害なんて聞いたことないよ。でも納得した。飢餓きが状態になるまで弱ってたのもそういうことだったんだね」


 話している間、雪火せっかは手を止めなかった。

 買い物カゴに色画用紙を放り込んでから、あごに人差し指を当てて「んー」と唸っている。視線は商品棚に向いたままだ。


「僕としてはなんとかしてあげたいけど、まだ魔女としては経験が浅くて。んー、そうだなぁ。アルバさんは悪夢なら食べられるの?」

「ああ。食べられるけど、最近じゃ紫苑しおんは悪夢を見なくなったし。それになるべく喰わねえ方がいいんだろ?」

「うん、そうだね。夢は僕たち人間の感情がこもっているから、ものによっては……悪夢は邪気になってしまう。完全に侵されたら身体に悪いのはもちろん、アルバさんの精神までも狂気に侵されてしまうよ?」


 物騒な言葉が出て、柄にもなくぎくりと身体が震えた。

 あやかしが狂うことがあるってのは知っていた。実際にこの目で見たことはないが。

 やっぱり悪夢は食わない方がいいようだ。とは言っても、紫苑しおんが見る悪夢って、どれも大して深刻じゃないっつーか、馬鹿馬鹿しいものが多いから案外平気だったと思うんだよな。

 おれがあれだけ邪気に侵されていたのは、紫苑しおんに出会う前、色んな人間たちの悪夢を食べ歩いていたせいだ。ついには悪夢を見る人間さえ見つけられなくなっちまって、飢えていたという顛末てんまつである。


 たぶん、雪火せっかが言っていることは脅しじゃない。紫苑しおんに心配をかけないためにも、打開策を練る必要がある。


雪火せっかはどうしたら夢を喰う以外で腹を満たせると思う?」


 いくら考えても、ちっともいい案は浮かばなかった。だからためしに聞いてみる。

 雪火せっかはまだ高校生の子どもだけど、頼りになる。なにより親身になって、真剣に考えてくれる。


「うーん、そうだねぇ。あっ、そういえば……」

「〝狭間はざま〟の入口に行けばいいんだよ」


 おれと雪火せっかの間、ゆらめく白毛の尻尾が割り込んできた。


「うわぁ!」


 オレンジ色のグラデーションがかった白い尻尾。九本のそれを揺らしながら現れたのは九尾の狐だ。にこにこと機嫌よく雪火せっかの隣に立ったそいつはおれや雪火せっかが睨みをきかせても気付かぬフリをしている。


「急に現れんじゃねえよ!」

「そうかい? 声をかけたのだけどね?」

「声をかけたのが急すぎるんだってば」


 いくら苦言をていされても、九尾はどこまでもマイペースだ。反省する素振りさえ見せない。いや、こいつに反省を期待するだけ無駄だな。


「……で、〝狭間〟の入り口って?」

雪火せっかの家のそばにある、あの世とこの世をつなぐ境目のことさ。わずかに亀裂が入っていて、その裂け目からあやかしの力があふれているんだよ。その吹き溜まりに行けば、十分な妖力が手に入るはずだよ」


 やけに詳しい九尾の解説を引き取って、雪火せっかは笑顔で頷いていた。


「人間が近づくのは問題あるけどアルバさんならいいかな。〝狭間〟からは色んなあやかしが出入りしている。僕たちの世界に悪い影響がないようその入口を見守るのが魔女としての僕の役目なんだ。お腹を満たすためだけに近づくなら、別に構わないよ」


 マジか。

 力が抜けたわけじゃなかったけど、拍子抜けした。こんなあっさりと、飢えの問題が解決しちまうなんて。

 知ってるなら教えろよと九尾に言ってやりたくなったが、聞かなかったのも相談しなかったのもおれ自身だ。

 悩んで喧嘩までして、紫苑しおんにまで心配かけて。こんな遠回りをするくらいなら、もっと早く雪火せっかに相談していればよかったな。


「それはともかく、九尾。今日は店番を頼んだと思うんだけど?」


 ワントーン低くなった声と半眼で雪火せっかが九尾を睨んだ。暖簾のれんに腕押しといった感じで、やはり九尾は悪びれもせず笑っている。


「ふふふ。大丈夫だよ、雪火せっか。ちゃんと戸締まりはしてきたから」

「そうじゃないよ。店番すっぽかしたら営業できないでしょ。この間お客さんに言われたんだからね。なんでいつも空いてないのって。これじゃあ君にアルバイト代を払っている意味がないじゃないか」


 雪火せっかの説教が始まった。九尾はうんうんと聞いているけど、反省の色はない。

 途中で口を挟むのは悪いかと思ったが、やっぱり聞かずにはいられなかった。


「店番? 雪火せっか、お前まだ学生なのに店持ってんのか?」

「うん、お店といってもすごく小さい個人商店だよ。修行の一貫でハーブショップをやってるんだ。平日は学校があるから九尾に店番を頼んでいるんだけど、この通りまじめに売り子をやってくれなくて」


 もうひとつ深いため息を吐きながら、雪火せっかは教えてくれた。魔女の修行って店経営までするのか、とツッコミたくなった反面、頼みの売り子がサボり癖のある九尾ただ一人なのも不憫ふびんに思えた。

 夏休み期間中はともかく、新学期が始まってからも九尾は毎日のように雪火せっかにくっついていた気がするんだが。一日だって九尾を見なかった日はない。たしか昨日、人間の変化へんげを教わりに行った日も、こいつ普通に家で茶飲んでたぞ!?

 信じられない。それで金もらってんのか、こいつ。


 バス代を払えなかったのは今朝のことで、まだ記憶に新しい。どうしようもなく悔しい思いをしただけに、今すぐにでも九尾の野郎を蹴りたくなってきた。そんな時。

 ふと雪火せっかの黒い瞳と目が合った。ひとつ瞬いたその瞳は、まるでなにかをひらめいたかのように輝き始めた。


「そうだ! アルバさん、九尾の代わりにアルバイトをしてみる気はない?」

「——へ?」


 やべ、中途半端な返事になっちまった。突然すぎる展開に頭がついていかねえ。

 けど雪火せっかはにこにこ笑って、前のめりになって畳み掛けてくる。


「人間の姿に化けると言っても、お金が必要でしょう? そんなに多くは出せないけれど、お小遣い程度にはなると思うし」

「いやいやいや! なに言ってんだよ、雪火せっか! 高校生から金取れるかよっ」

「そのへんは心配しないで。もともと九尾にもアルバイト代はあげてたんだし。さっきも言ったように、お店は魔女修行の一貫なんだ。どれくらい売れたのか師匠にも報告しなきゃいけないんだよね。アルバさんは真面目だし、すごく信用できると思う。少しでも貢献してくれたら僕も助かるんだけどな」


 師匠って、紫苑しおんの父親のことだっけ。雪火せっかが店経営できてるのは大人が間に入っているからなのかもな。

 紫苑しおんの父親は今、海外赴任中だと聞いた。師匠が遠い海向こうの国にいるとはいえ、雪火せっかは魔女の修行を真面目に続けているようだ。

 というか、売り上げが修行に関わるのなら九尾がサボってたんじゃ意味ねえじゃん!


 九尾と雪火せっかの話を聞いて、新たにわかったことがある。

 あの世とこの世をつなぐ境目、〝狭間〟と呼ばれるその場所を見守る役目を負った魔女が雪火せっかであるということ。

 雪火せっかは妖力を補充するためにその入り口へ立ち入ることを許してくれた。

 なにかの形で雪火せっかに礼をしたい。だから今回の誘いは正直、悪くないと思えた。どこまでちゃんとやれるかわからねえけど、修行の手伝いになるならいいんじゃねえかな。幸い、見せられる程度には現代の人間に化けられるようにはなったわけだし。


「お前がそこまで言うなら、やってみようかな……」


 ぽつりとつぶやけば、雪火せっかは破顔一笑した。


「本当!? 嬉しいなぁ。じゃあ、今日は帰ったら早速うちにおいで。仕事の内容を説明するからさっ」


 この様子を見るに、雪火せっかが本気で困っていたことがうかがえた。

 こうなったらわからないことは徹底的に聞いて、すぐに覚えるようにしようと心に誓う。おれがやれることはそう多くはないのだから。


 こうしておれは思わぬ形でアルバイトを手に入れることができたのだった。

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