[5-8]天狗の采配と握り飯
「
制服と髪を濡らしたまま、
「あいつ、またおれのこと獏って言ってやがる」
隣でも同じような顔でアルバくんが不満をもらしていた。眉間にシワができてないから怒ってはいないんだろうけど、納得いかないって感じだ。
でも
「ねぇ、アルバくん。
「あ」
口をぽかんと開いて、鋭い藍色の瞳が丸くなる。
そう、アルバくんってまだ
「少年、お前は
ほら、やっぱり
「俺が
「怒られるようなことをしたのはお前だろ」
「……分かった」
眉を寄せつつも
びしょぬれだしあのまま家の中に入るわけじゃないんだろうけど、どうするつもりなのかな。玄関で
そう思ったのも束の間。玄関のドアを開けたと同時に九尾さんの「迎えにきたよぉ!」という嬉々とした声が聞こえてきた。さすが九尾さん、外での様子を把握していたみたい。「うわあっ、寄るな!」って
「あとは獏、お前だが——」
「アルバだ」
「ん?」
「おれには
アルバくん、ついに自分から自己紹介した。
たぶん
「よしよし。俺様は素直な子は好きだぜ?」
「なでんな! お前、おれを小動物かなにかと思ってるだろ!?」
大きな翼をもっているせいか、
寸前のところですっと避けたからなでられるのだけは回避できたみたい。細長い尻尾の毛を逆立てて、アルバくんは怒っていた。
それでも
「ははっ、バレたか。まあいい。とりあえずお前はこれでも食っとけ」
そう言って
ぐいっと突き出されるままにアルバくんは受け取る。中を開いてみると三角おにぎりがひとつ入っていた。白いつやつやのごはんで海苔が巻いていてとってもおいしそう。
「握り飯……?」
「アルバ、お前の刀が折れたのは妖力が弱ってるせいだ。あやかしの妖刀ってのは、自前の妖力を
「……ああ、その通りだ」
固い表情でアルバくんは頷いた。
そっか。どうしてアルバくんの妖刀が折れたのかわからなかったけど、もともと彼の刀自体が折れやすくなってたのね。
夢は獏にとっては食糧だもの。現状、アルバくんは悪夢しか食べることができない。ここ最近はわたしもいい夢しか見なくなっちゃったし。仮に悪夢を見たとしても、悪いものばかり食べてたらまた邪気がたまっちゃう。
ちゃんと食事していないような状態だから、アルバくんの力は弱ったままなんだ。
「だから聞いただろ、ちゃんと食ってんのかってな。それは
「悪い。恩に切る」
ちゃんとお礼を言って、アルバくんはその場ですぐにおにぎりを食べ始めた。
食べているのを見てる限り、どこをどう見ても普通のおにぎりだわ。今朝見たのがおにぎりを食べる夢だっただけに、ついつい見てしまう。わたしたちが食べるものとあまり変わらなさそうなのに、アルバくんにとって栄養になるなんて不思議な感じ。
わたしも、
「
「大したことはしてねえよ。それより早く中に戻ろうぜ」
にやりと笑って、
後ろをついて行きながら、ふと気付いた。わたし、まだ
「
「どうした?」
「あの、この団扇もお返しします。ありがとうございました!」
「ああ。大して出番もなかったけどな」
両手で羽団扇を差し出すと、
その寸前。横からアルバくんが
「アルバくん?」
「
今度はどうしちゃったの、アルバくん。
「大天狗の羽団扇は持っているだけで妖魔退散の効果がある強力な武器だ。だからお前はおれと千秋の喧嘩を止める前に
この羽団扇って武器なの? ってことは、アルバくんや
だた、喧嘩を止めるのに邪魔だからあずけられたと思っていたわ。
「一度も襲撃がないから、もしかするとただの勘違いかもしれない。まだ確定じゃねえけど、
「危険なあやかしだと?」
青の瞳を細めて、
娘の
「認めたくないが、おれはただの獏だ。夢の中ならともかく、現実世界ではあまり強く出ることができねえ。だから、その羽団扇を
「……アルバくん」
まっすぐに
もしかしてさっき沈んだ顔をしていたのは、自分の実力のなさ、ううん現実そのものを突きつけられたからなんだろうか。
「ちょっと待て。お前今、鵺と言ったか?」
ふいに、
ざわりと胸の中が騒がしくなる。予感がしていた。
「ああ、言ったけど……。もしかして、お前」
「
悠然の微笑みは突然に崩れた。
ピリピリとした空気が肌に刺さる。寒気さえしそうなこの感覚には覚えがある。殺気だ。
「鵺は俺様がこの世で最も殺してやりたい存在だ。なにしろ、
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