第1話 4
屋敷から少し離れるとすぐに深い深い樹海の入り口が見える。
かなり木々が生い茂っており、日が差している今でも日が沈みかけたような薄暗さがあった。
怪談の元祖と呼ぶにふさわしい不気味さがある樹海だ。
初めてみる大型の樹海に足を止めて眺めているプロトに対して、スーはプロトの先を大きく進み手慣れた様子でランタンの灯りの用意を始める。
「おい、先に進んでいるが大丈夫か?
怪我されても面倒だ、運んでやる。」
「大丈夫だよ。
こう見えても周りは見えてるんだよオイラ。
鬼気をつかって視界は確保しているんだ。」
プロトの言葉を聞いたスーはくるりと後ろを振り返り、灯りを灯したランタンを危なっかしく右手で揺らしながら歯を出してニカっと笑う。
本人がいいのなら、別にいいか。
プロトは呆れたように溜息をついてスーの後をゆっくりとついていく。
「なんだい不満そうにため息なんてついて…。
もしかして、そんなにオイラに触りたかったのかな?
それはねぇ…せくしゅあるはらすめんとっと言うものだよ君ぃ。」
「テメェで欲情するやつなんざ、余程の餓鬼かペドくらいだ。
そんな寝言は出るとこ出てからいいやがれボケ。」
どこか拙い発音でセクハラと呼ぶスーにプロトは樹海に響く位大きな舌打ちを鳴らす。
そんなプロトをクスクスと笑って見ている。
彼の威圧感はかなりのもので、文字通り泣く子も黙りそうな凄みはあるにも関わらずだ。
スー真意が分からず、ややドスの聞いた声で怪訝そうに唸ると落ち着いたスーは言葉を紡ぐ。
「いや、荒々しいくせに一々対応してくれるなんて優しいんだねプロト君は。
本当に嫌なら舌打ちなんかもせずに無視を決め込むじゃない。」
なんて都合のいい解釈だ、救いようがない。
プロトはため息をついた後に静かにスーの後ろを歩く。
スーも樹海の深くまで入ったからか静かに歩いている。
何もかも同じに見える景色もスーには何か違って見えるのだろうか。
暫くすると、奥の方から明かりが見えてきた。
出口なのだろうか?
そんな事を考えていると入り口の光ではなくて、どうやら複数の蛍のようなものがスーの前に浮遊しているみたいだ。
しかも何やら、スーに近づいている。
仮にも雇い主だプロトは、めんどくさそうにスーの前で盾になるように立つ。
「あ、まって。」
スーの静止より先にプロトは蛍の群を振り払うと、プロトの袖が燃え上がる。
驚いたプロトだったが、すぐに服の袖を千切り地面に叩きつけて鎮火した。
「いきなり燃えるなんてどうなってやがる。」
「これも怪異ってやつさ。
蛍が鬼気を浴びて生まれて派生したやつで、君には鬼火といったら通じるかな?」
蛍を睨みながら怪訝そうな声で話すプロトにスーは淡々とそう答えた。
普段からいるタイプみたいで、結構な勢いでプロトの服が燃えていたがスーが取り乱している様子はない。
スーは、プロトの前に行こうとゆっくりと歩き出す。
「放っておけば勝手に消える怪異だけど、振り払って刺激しちゃったし…暴れられても困るからオイラが退治しちゃうよ。
大丈夫、この樹海は簡単には燃えたりしないさ。」
スーのその言葉を聞くとプロトは、左手を伸ばして通り過ぎようとしたスーの動きを静止する。
驚くスーを他所にプロトは禍々しい笑みを浮かべて口を開いた。
「ったく、それならそうと早く言いやがれ。
あぶねーから少し下がってろ小娘。」
プロトはそういうと、右手の掌を鬼火の群れに向けた。
〝ブリッツ〟
バリッと静電気の音がしたと思ったらプロトの掌が激しく光る。
一般の人間だったら初見では分からないだろうが、スーにはプロトの掌から雷の柱のようなものが出ていたのがはっきりと分かった。
「もう少し燃えるとおもったが…思ったより頑丈じゃねーか。」
やれやれといったプロトの視線の先には、焦げて炭のようになった真っ黒な場所が出来上がっていた。
他の仲間も出来ないことはないが、瞬間火力でここまで威力を出せる者はいない。
珍しくコルノが始末しようと言ったわけだ。
そう心の中で納得したスーは、ゆっくりと腕を組んでドヤ顔でプロトを見る。
「ふふふ…まだまだだね。」
「やかましい。」
コツンと頭をプロトに叩かれるスー。
スーはヘブッと情けない声を出した後に、プロトにひょいっと持ち上げられた。
プロトは驚くスーを無視して、テコテコと黒焦げの地面をそのまま進み焦げた地面を通り過ぎるとゆっくりとスーを下ろした。
きょとんとした様子のスーは、少し間をおいてから気が付く。
「せくしゅある…」
「次にそんなことを言うんなら、実際にやってやろーか?」
あぁんと重たい唸り声をあげてスーの言葉を遮るプロト。
俗に言う分からせてやる!!…をやってくれるのだろうか?
そんな事を頭の中によぎったが、これ以上怒らせてもしょうがないから黙っておこう。
「冗談だよ、そんなにムキにならないでよ。
ほら、もうすぐ出口だから逸れないようにね。」
カラカラとランタンを揺らして鳴らしながら、スーは出口に向かって速足で進んだ。
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