第1話 2
シリアスな言葉を聞かされた後から聞かされた唐突な怪談話にプロトは怪訝そうな顔をする。
「ガキじゃあるまいし、いきなり怪談なんていわれもなぁ。
百物語でもしたけりゃ他を当たれ。」
「言いたいことはわかるが…まぁ、話は最後まで聞いてくれないかな?
戦の環境はかなり特殊でね、〝鬼気(きき)〟と呼ばれる不思議なエネルギーみたいなのが特にこの樹海で充満している。
これを長い時間大量に触れていると、異形化するのだ。
有名なのは犬が異形化したケルベロスや、鳥が異形化した天狗などね。」
人面犬や天狗などは、他国にいた自分でもわかる。
しかし、長く過ごし樹海に詳しそうなコルノ達は特に目立った異形化などはしてなさそうだ。
異形化…それに何か引っかかったプロトはバルをチラリとみる。
浮世離れした巨体と、魚類を連想させる分厚い唇。
人間が異形化したらあんなゴリラみたいな風貌になるのか?
そうだ、人間も元を正せばサルだ。
もしや…サルが異形化したのがゴリラ?
「おい、チンクシャ…何か失礼なことを考えてないだろうね?」
「べつに。」
一々あのゴリラとコントをする必要はない。
プロトはすぐに会話を打ち切ってコルノに顔を向ける。
コルノは一連の流れでプロトが何を思ったのか察したようで、クスッと笑う。
「異形化といても余程、体質に合わなかった時に起こるから君が思うよりは頻繁には起こらないさ。」
「んで、なんで鬼気と呼ばれるものがこの地に出てくるんだ?
場合によっては変異させるものがあるのなら、他国にいたとしても研究者の爺共や俺が知らない筈がない。」
興味がないといって直ぐにでもこの場からいなくなると思っていたコルノは、少し驚いた表情を見せていた。
そしてコルノはそのまま、顎に手を当てて言葉を選ぶように考え始める。
どうやら分からないと言うよりどう説明したらいいのか分からない様子だ。
「何もそんな難しい話じゃないさ。
“シラミネ”って、オイラの遠い祖先が沢山の人を鬼気の脅威から救うために自分の死期に合わせて情報の秘匿と大規模な封印術をこの地に施したんだ。
自分の死体を人柱として、何処までも遠い人の幸せも願いながら。」
「白峰といったら、世界でも有名な怨霊やら災厄じゃなかったか?」
黒髪の女の話は聞いた事がある。
自分を慕い死んでいった者たちや自分の知らない沢山の人々の幸せや救いを願いを込めて綴った仏教の写本を呪物だと蔑み突き返した挙句、不敬だと言われ死ぬまで幽閉された貴族。
彼を忌み嫌うもの陰謀で幽閉され不遇の死を遂げた。
彼の死体は、爪や髪が伸びきった生前の見る影もないほどの恨みの籠った恐ろしい顔だった。
それから、供養するまで病や災害が多く起きたと言われて墓前に不用意に近くと祟られると何処にでもあるような怪談で有名だ。
国外でも有名な話でプロトも雑学として耳に挟んでいた。
「そういえば、自己紹介がまだだったね。
オイラは“スー”この屋敷の主さ、よろしくねプロト君」
黒髪の女“スー”が自己紹介を始めた辺りでパンパンと手を叩く音が響く。
「話が盛り上がってきた所悪いのだが…お腹が空いただろう、先にご飯にでもしようか。」
コルノはそういうと慣れた様子で皆を誘導し始める。
プロトは、話の続きが気になったがスーに背中を押される押されるようにして食堂に進めさせられた。
何処か違和感を感じたが、プロトは特に考えることもなくされるがままスーに押されていく。
コルノがさっき開けた襖を通り潜り廊下を進む。
屋敷自体はそんなに大きくないようで、直ぐに食堂に着いた。
樹海という人里から離れた場所に居を構えてたら、自然と小さなめな屋敷になるか。
そう考えながら、スーにされるがままに座布団に座る。
テーブルの上には、山菜や魚を中心とした美味しそうな料理が並んでいた。
「それじゃぁ、頂きまーす!」
スーは両手を合わせて結構な声の大きさでそういった。
コルノもバルもそれに続くように頂きますと口にしていき、直ぐに驚いた顔をする。
「頂きます。」
プロトも手を合わせた後に一礼してそう言ったからだ。
「君は意外にも礼儀正しいんだね。」
「繋がなくてもいい命を繋いでもらってるんだ、それくらいの礼をしなけりゃな。」
コルノが思わずそう言ってしまったが、プロトは気にしている様子もなくパクパクとご飯を食べ進めた。
一通り食事を終えると、コルノは再び手拍子を響かせる。
「さて、プロト。
君はまだ使用人でもないが、客人とも違…」
「回りくどい事はいい、怪我の手当てと飯もくれたんだ。
よほど気に食わないものじゃなければ、手伝ってやる。」
コルノの言葉を遮るようにプロトはそういった。
思ったより素直な事に驚いたコルノだったが直ぐに気持ちを切り替える。
「まぁまぁ、簡単な説明くらいさせてくれ。
廃棄されたと言ってたし君には帰る所はないのだろう?
居場所がいるまでここにいるといい、その代わり滞在している間は使用人として扱うからね。
とは言っても、いきなり食事を作れとは言わないさ。
最初は姫の護衛と雑用だね。
廃棄されたとはいえ、自分で兵器と名乗るくらいだ腕には多少の自信はあるだろう?」
「多少の自信は余計にだ。
寝床と食事をくれるのはありがてぇから、その申し出には受けてやる。」
契約成立。
そう言わんばかりにコルノはプロトと握手した。
視線の下からもうスーが嬉しそうに握手を交わす2人の手を触っているが…契約主みたいなものだから触れないでおこう。
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