コバナシ 樹海譚

鷹美

第1話 1


皆は物心がついた最初の時を覚えているか?

生まれて直ぐの時もそうだ。



気がついたらその場にいて、気がついたら名前がある。




なんが言いたいかだと?

それは、仰向けに寝ている俺の目の前にいる小娘は誰だって言う話だ。



「…ここはどこだ?」


「お、目を覚ましたようだね。

おーい、皆!!


寝坊助さんが目を覚ましたよー!」



よくわからない目隠しをした艶のある綺麗な黒髪をした女は、仰向けになって寝ていた男が目を覚ますと彼の質問に返答せずに大きな声で仲間を呼び始めた。



どうやら、小娘が今呼んだ皆とやらがくるまで詳しい話は聞けなさそうだ。


そう考えながら、苛立ち混じりで舌打ちをした後に男は視界や顔や体を動かして現状を確認する。



見たことのない和室の部屋と天井。

青々しい香りがするから、この部屋はおそらく畳が敷かれているだろう。


部屋の外は襖が閉まっており、外の様子はわからない。


フカフカの布団と、枕元には水の入った桶とタオル。

体に力を入れてみると、僅かながらの痛みを感じるから恐らく怪我をしたのだろう。

傷が治りやすい体質の事も考えると相当な怪我を。



そして、以前の記憶がない…訳ではないが今は思い出さないようにしよう少なくともこの場所から移動するまでは。




「〝姫〟、一人でここにいちゃダメだと言ったでしょ。

〝バル〟は一緒じゃないのか?」



黒髪の女が叫んで直ぐに、襖が開かれるとやや青みのある黒髪の女性が慌てた様子で入ってきた。


短めの髪型、右目にはモノクルのメガネをかけていてベストとワイシャツを着ていて男装ような恰好をしているせいか王子を思わせるような雰囲気をしていた。


姫と呼んだ目隠しをした女性が無事なのを確認すると少し呼吸と服装を整える。

そして警戒しているようなやや冷たい視線を寝ている男に向けた後に、ゆっくりと腰を落とした。




「気分はどうかな?

私は〝コルノ〟、ここの事を話す前に君の事を教えてくれないかな?


ぁあ、怪我がひどいからそのままで大丈夫だよ。」




どこまでも情報をくれないやつらだ。

舌打ちを我慢しながら、今もっている情報を整理する。



「俺の名前は〝プロト〟。

他国から廃棄された生物兵器だ。」



隠すことでも言い迷う事でもない。

プロトは何てこともないようにサラッとコルノに告げた。


勿論、もっと警戒はされるとは思うが慣れあうつもりのない。

そう考えながらプロトはゆっくりと立ち上がる。



「言いにくいことだと思うけど、廃棄について具体的に聞いてもいいかな?」


「別に頭を使う話じゃねーよ。

簀巻にされて海にポンと投げ込まれた。


ったく、仮にも科学者を名乗る集団なら他にも手段はあっただろうが。

低能のならず者でももっとマシな手を思いつくぞ。」



プロトの思いもよらない素性に尻込みや怖気付く様子もなくコルノは次の言葉を口にする。


プロトも自身の身に起きた事に対して何処か他人事のように説明した。

苛立ちを表す舌打ちをしてきるのだが、それから感情のようなものは感じられない。


プロトはテコテコと部屋に設置されている鏡をみる。



回復込みとはいえ、海に投げられたにしては怪我は浅い。


灰色の両眼に外傷なし。


包帯も巻かれていないし茶髪の癖っ毛が血で塗れた様子もないから、頭部の外傷もないだろう。


体を動かしても痛みはなく問題なく動かせるから、骨折などはしていない。



確認を済ますと、右腕に巻かれた包帯を雑に取るとプロトの後ろから猛烈に睨みつける巨体が鏡に写っていた。


気配を感じなかった。

バッと直ぐに後ろを振り向くと、よく部屋に入れたと思える程の巨体の女性だった。


間違えてデブ等と言ったら、笑顔で地獄への片道切符をプレゼントしてくれそうな人だった。

ピンク色の和服を身に纏い、可愛い花の髪飾りでお洒落をしている。



「貴様ぁ。

当主…いや、お嬢様が手当をしてくださったんだ、まずは礼が先ではないのか?」


「言い直さないでよ〝バル〟、我は当主ぞ。」



バルと呼ばれたギャグ成分100%の人物に正論を言われると、悔しい気持ちになるが…。

そういえば、目を醒めてから礼も言えていない。



プロトは、お嬢や姫と呼び方が安定していない目隠しの女性の前までに歩くとゆっくりと膝と折って頭を下げた。



「手当てしてくれてすまねぇ。

命拾いした。」



「貴様ぁ…。」



プロトの謝罪が気に入らないのか、前に出ようとしたバルをコルノが静止する。

コルノに止められたバルは、何やら言いたそうにしていたが威嚇するようにグルルルルと喉を鳴らして文字通り言葉を飲み込んだ。



「やれやれ、今回は姫の勝ちだ。」



コルノはゆっくりと、プロトの近くまで移動する。



「先ずは、謝罪をさせてくれ。

すまなかった。


得体のしれない戦士となると此方も不安だった。

君が暴力的だったり、礼を欠いた人間だったら…始末する予定だった。」



始末する。

柔らかな喋り方をしていたコルノからでたその言葉には得体のしれない圧を感じた。


見た目の割には物騒な奴らだ。

ボリボリと頭を掻いた後にプロトは大きく欠伸をしてジト目でコルノに視線を移す。



「別に気にはしねぇよ。

意識が無い内に死ぬか。あるうちに死ぬかの違いだ。


それで…てめぇらの勝手な試験とやらが通ったんだ、ここがどこだか教えてもらえるんだろうな?」


「あぁ、勿論。

ここは、戦と言う名の土地で…怪談の話によく出る大きな樹海のど真ん中さ。」







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