第40話 不死川優香の後悔 下

攻略を決めてから一週間。

私達家族は未だに最初のフロアでの戦闘を繰り広げていた。


「優香、さがれ! っく!! なんだこいつら!?」


お父さんが必死に両手に構えた2双のダガーで攻撃を仕掛けるも、未知なるモンスターは未だ何も変化はない。


「そんな…毎日構造と配置が変わるダンジョンなんて…聞いたことがないわ」


お母さんは私達に支援魔法をかけるとそう呟いた。

周りも見渡しても、いままでもダンジョンでは感じた事のない不気味さと―――


『グルルル…』

「勘弁してくれ、なんだこいつは? ロボットなのか? どうなってる!?」


明らかに殺傷能力の高そうな攻撃を繰り出してくる狼の様な形をした機械の化け物。

動きはモンスター以下のものとは言え、圧倒的な防御力とこちらの行動予測に関しては他のモンスターと比べるまでもなく驚異的である。


「これ以上の探索は危険か…皆、一度引き返すぞ」

「で、でも! お父さん!」

「優香! 俺達が死んだら元も子もない…引くんだ」


そこから地獄の日々は続く事となった。



―――――――――――――――――――――――



ダンジョンの周りからは人の気配が失せ、最初は色んなギルドのメンバーを見かけた事もあったが、1年たった今では私達3人以外の姿は何処にもなかった。


「くっ…レベルアップしている筈なのに…」


寝る間も惜しんで私達3人は”お兄ちゃん”を救う為に何度も何度も…もう数を数える事が出来ない位にダンジョン内を探索し続けた。

それでも―――


バチバチ…


「熱っ!!」

「優香!?」


倒した機械のモンスターの内部から何かを見つけた私はそれを手に取り、あまりの熱さに地面へ落としてしまった。


「ま、魔石? これって火属性の?」


黒いひし形の石ころの中央部分に赤く光る結晶をみつけ、私はそれが炎属性の魔石なのだと判断する。

けれど、変だ―――


「お父さん。 属性を持った魔石って、ここまで――」

「いや、それはない。 各属性の魔石はその水晶に属性の力が内包されているんだ。 これじゃあまるで…」

「生きてる――みたいね…」

「うん…」


まるで魔石は鼓動をする様に、何度も何度も赤い水晶から赤色の波動が発せられていた。



―――――――――――――――――――――――――――――



ここで、問題は起こった。

魔石の発見から数日後の事。


「ぐぅ…」

「お父さん!?」

「あなた!」


今までなんとか倒せていたモンスター達は以前にも増して力を増幅させていた、いや違う…私達の戦いに慣れて来たと言うべきだろうか。

まるで学習をする様に、日に日に未知なるモンスターの脅威は増していく―――

そしてついに―――


丁度2年が経とうとした頃だった。

既に私達はダンジョン入口で待ち受ける、犬型のモンスターにすらも歯が立たない状態になっていた。


「なんで、なんでっ!!!」


私達は確実に以前にも増して力を付けている―――それなのに相手は私達をあざ笑うかの様に何度も何度も立ちはだかる。


「優香…」


やだ、そんな顔で私を見ないで…お父さん。


「優香…」


やだ、やだ、やだ、やだ!! まだ私はちゃんとお兄ちゃんに謝ってない!

大好きだって! ごめんないさいって! まだ言えてない!!


「それでも…それでもお兄ちゃんまだ生きてる!!」


ゴゴゴゴゴゴ!!


「「「!?」」」


私が決意を固めたその時だった。

ダンジョン内は大きく揺れ始める―――それも途轍もない地響きだ。


「これは!? ダンジョンが攻略されたのか!?」

「こ、攻略!?」

「で、でも誰が!?」


正直言って、どれだけ腕利きの冒険者とは言えここを簡単に攻略できるとは思えない。

それに私達はここ一年少しの間、ずっとこのダンジョンのゲート前で昼夜を過ごしていた。

だからこそ解るんだ。 ここには”誰”も侵入していない。

だとすれば―――


「お兄ちゃん?」


一瞬。 ほんの一瞬だが、崩れゆくダンジョンの中で黒い鎧の騎士を見た気がした。

それが何故、お兄ちゃんだと思ったのかはわからない…けれどあれは―――


翌日。

ダンジョンから強制送還された私達はダンジョンゲートの前にやって来ていた。


ガィン…

ゲートに触れてみるが、再び私達が中へ入る事はかなわない様だ。


「でもこれって…」


ダンジョンは普通、攻略終了後に再び再構築が行われ――そこからまた攻略する事が可能、というのは誰でも知っている話だ。

けれど、目の前にあるダンジョンはまるで完全に閉じ切った状態のままだった。


「お兄ちゃん…」

「……このダンジョンが攻略された――――待てよ!? 母さん!?」


すると慌てた様子のお父さんが母さんの両肩を勢いよく掴む。


「ど、どうしたの!?」

「あいつが創輔は”あの時”何処に行くと言っていた!?」

「あの時? ―――!? そう、そう!! コンビニ!!」

「コンビニ…ってことは、あそこに!!」


その後、家族全員で血眼になって辺りを散策してみた、けれどお兄ちゃんが帰って来る事はなかった。

―――――――――――それから暫くしての事だ。


プルルル! プルルル!

深夜の事である、ダンジョンの攻略を終えた私にある連絡が来た


「もしもし?」

「あ、あぁ…あぁ!! あぁ!!」

「お母さん!?」


何時もと様子が違う? ど、どうしたんだろう…


「創輔が…創輔が!! 優香! 創輔が!」


次第にお母さんの声は消えてなくなりそうな程に小さくなっていった―――けれどこれは悲しいとかそういうものじゃない。


「創輔が帰って来たの!!」

「!?っ…お、お兄ちゃんが?」


それからの記憶はほとんどない、自らの能力を最大に行使した私は全力で自宅へと駆けて行った。

色んな感情が私を襲う。

会いたかった、生きていた、あやまりたい、また一緒に笑いたい――――もうなんと表現すればいいのか解らない。


お父さんもお母さんもここ最近は笑顔を見せる事が無くなってしまった。

それは私も同じ――そこにあった大切なものが急になくってしまったからだ。

どれだけ努力しても、どれだけ抗おうとも…私達はお兄ちゃんを救えなかった―――そして私は逃げた。


だから自分が憎くてたまらない、それでもお兄ちゃんに甘えようとしている自分が憎くてたまらない、罵られても嫌われてもいい…だから次はちゃんと謝るんだ。


無能だ、無能だと罵られても、諦めなかったお兄ちゃんを私は知っている。

最愛の人を守るために心を鬼にした事も知っている。

家族に迷惑をかけないように、追い出されようとした事も知っている。

私達家族が大好きなのを知っている。


「ぐっ…うぐっ…うぐっ…」


だからこそ”1人”になろうとした事を知っている。 知っていて、知っていて私は!

自分は無能の妹だけと呼ばれる事を嫌い…お兄ちゃんを避けた。

唯一お兄ちゃんの味方であった私がお兄ちゃんを見捨てた




―――だから、だからね?

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