俺の妹だと言う美音は、どうやらついこないだまで親父と暮らしていたらしい。老舗今川焼き屋の暖簾をほっぽらかした親父、天河一番は失踪したかと思いきや俺の知らないところで流浪の旅をしながら和菓子を作って生計を立てていたのだという。

――立派なような、無責任なような、いかにも親父らしいっちゃ親父らしい。


「ねぇ、お兄ちゃん」


 お兄ちゃんと呼ばれるのはこそばゆい。しかも今まで一度も会ったこともない小娘に言われるのは更に変な気分だ。


「さっきの関西弁のお兄ちゃんが言ってた、捜し屋ってなんなの?」

「あ……」

「お兄ちゃんって、今川焼き屋さんでしょ?」

「ま、まぁ話せば長くなるけど」

「モグリの探偵さんでしょ?」

「まぁな」

「秒で終わるんじゃん」


――こいつっ……!

 澄ました顔でチュッパチャプスを咥える美音に俺は訊いた。


「お前、学校はどうすんだ?」

「お兄ちゃん、ご心配なく。あたい、ちゃんと義務教育課程は終わってるの」


――嘘だ!この小娘が18オーバーな訳がない!


「大学とか、そういったやつは?」

「学歴とかさ、そういったものに縛られるのって、なんだかださくない?あたいはそう思うんだよね」


 なんか妙に説得力があるような、ないような……美音が俺を見て言った。


「他にいるの?仲間」

「なんの?」

「捜し屋だよ。3人じゃないよね?」

「いるけど、なんだ?」

「会わせて」

「はぁ?」

「兄がお世話になってるんだから、会わせてくれたってよくない?」


 こいつは俺の保護者か?澄ました顔で今度はヘッドホンを着けて頭を左右にゆっくり動かしだした。

 俺は美音を連れてコンビニに寄った。美音は何が必要なの?と訊いたが、俺は半ば引っ張るように美音を中に連れて入った。


「いらっしゃいま……せ……?」


 美音と俺を交互に見たコンビニ店員のマッシュルームカットの若井鵲はきょとんとした顔をしている。


「こいつは俺の妹らしい」

「どっ、ども……」


 美音は顔を朱くして目を泳がせた。なるほど、美音はこういうユニセックスな感じの美少年が好きなのか。


「こいつ、仲間だよ」

「そ、そうなんです……か?」

「アマさん、この娘ホントにアマさんの、い、妹さんなんすか?」

「らしい」

「そっかぁ。よ、よろしくね。名前は?」

「りっ、林原美音です」

 

 美音を紹介し、手ぶらで帰るのは忍びなかった俺は2人分の唐揚げ串を買ってコンビニを出た。公園に向かい、ベンチに座ってそれに齧り付く。


「今、親父はどこにいんだよ?」

「知らない」

 

 素っ気なく美音は言った。ホントに親父はどこかにふらっといなくなったようだ。美音は大して気にもしていないようだが……


「でも、たまにいなくなるような人だったから、しょうがないんじゃないかな?」

「大人だな……」

「あれ?アマさん」


 出勤途中らしいキャバクラのボーイである布袋洲充が前を通り掛かる。柔和な顔の下のすらりとした体躯は筋肉の塊だ。隣にいる美音と俺を交互に見ている。


「この娘は?」

「妹らしい」

「ははっ、何とまぁ……アマさんにこんな可愛い妹がいたなんてなぁ」

「あたい、林原美音です」

「布袋洲充です。以後よろしくね」

「お兄ちゃん、この人も?」

「そうだよ。仲間だ」

「捜し屋って、イケメンばっかなんだねぇ」


 充はにっこりと笑って美音に言った。


「お兄ちゃんもイケメンだしね」

「あたいはさっぱり顔のほうが好きなんですよ」

「おいおい、言ってくれんじゃねぇか。ほら、行くぞ」



 俺は充に呼ばれ、充が働いているキャバクラ【ミューズ】に向かった。夜のネオンの中で一際輝くビルのテナント。俺は美音を連れて向かう。


「ここで、充さんは?」

「そ、あ。お前も来るか?」

「いや、あたいはここにいるよ。なんつか、ちょっと苦手だから」

「そっか、すぐ戻るからここにいろよ」


 美音はチュッパチャプスを咥え、ヘッドホンを着けた。俺は階段で【ミューズ】に向かう。開店して間もない店の前に充が待っていた。俺は充に手を上げた。


「どうしたんだ?」

「そういえば、うちにちょっと変わったお客さんが来たんですよ」

「どんな?」

「劇団員らしいんですよ。なんか脚本家を捜してるらしかったんですけど……」

「なんだか面白そうな感じか?」

「どうかな……必死そうな感じでしたね」

「そうか、また来るかもしれないな。【捜し屋】のことは言ってないのか?」

「はい。次いらした時に言おうかと……」

「わかった。その時は連絡してくれ」


 こんな具体的ではない依頼も引き受けるのが捜し屋だ。無報酬で選り好みはしないのがモットーだ。俺は階段を駆け下りた。


「待たせたな美音……」


 美音の姿が見えない。俺は左右をキョロキョロと見回した。そこにいたスーツのキャッチに声をかける。


「なぁ、ここに派手な格好したガキがいなかったか?」

「あ、さっき声をかけようとしたんだけど、どっかに走っていっちゃった」

「どっちに行った?」

「あっちかな」


 人混みの中を指差すキャッチの男。俺は周りを見渡しながら金髪で緑のパーカーを捜した。


「おい美音!どこだ?」


 返事はない。路地裏を捜しても何処にもいなさそうだ。俺は小さく舌打ちをし、スマホを抜いた。美音はスマホを持っている筈だが、まだ番号もLINEも知らない。


「しょうがねぇなぁ……」


 俺はLINEを開くと、捜し屋のある男にメッセージを送信した。返事は秒で届く。


【今から向かいます。そこで待っててください】


 夜湾と彩羽だ。俺は何よりも長いと思われる時間を腕組みをして待った。

――馬鹿が、どこに行ったんだよ……




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