2015/08/08 オークニー諸島の小道

 宿を出たときには不機嫌を装っていたフランだったが、ケーキ屋でケーキを選んでいる頃にはすっかり上機嫌になっていた。彼女は迷いに迷った末、見た目にも濃厚なガトーショコラを買っていた。

「早く家に帰って、美味しい紅茶を淹れてもらおーっと!」

 紙袋を片手に、フランは軽やかにスキップをする。しばらく小道にそって進んでいくと、宿の近くで遊んでいたはずのダネルたちが、慌てた様子で傍に駆け寄ってきた。

「姉ちゃん、姉ちゃん! またあの騎士だよ!」

「え? 騎士?」

「昨日の騎士の兄ちゃん! おれ、また会っちゃった!」

 ぴょんぴょんと跳ねるダネルを見て、フランは昨日の会話を思い出した。あのときはただの冗談かと思ったが、今度の証人はダネルだけではなかった。

「わたしも見たよ! お馬さんにのって、草の上をあるいてた!」

「あとね、あとね! こんにちはって言ったら、お花くれたの!」

 姉妹は揃ってにこにこすると、後ろに隠していた両手を突き出した。可愛らしい手の平には、しおれかけた野花が握られている。紫色の花弁の美しい、少し時期の外れた花だった。

「ねぇ、ダネル。嘘じゃなくて、本当に会ったの?」

「だから、本当だって言ってるだろ! おれなんてさ、似てるって言われたんだぜ!」

「似てる? 誰に?」

「よく分かんないけど、なつかしい姿をしてるって言われた!」

弟たちの不思議な話に、フランは思わず首をかしげる。本当に騎士がいるとするならば、それは騎士を装った見知らぬ人か、はたまた幽霊の類だろうか。しかしこれだけ言われると、彼女もその騎士とやらに会いたくなってきた。

「じゃあさ、今度その騎士に出会ったら、うちの宿まで来てくださいって言ってよ。そしたら信じてあげるから」

「分かった! また会ったらね!」

 ダネルは姉に対してそう言うと、再び姉妹と遊び始める。海からやって来た涼しい風が、幼い子どもたちの髪をそっと揺らした。

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