地球上での限界値に達したので超絶美少女に異世界転生するそうです。

@elegantapple

第一話 崩落

 凍てつくような寒さの中、廃墟の片隅で寒さに震える人影が一つ。水気を含んだ雪で濡れすぎた毛皮のケープは防寒具としての意味を成さず、雪風を防ぐことも出来ない廃屋では火を熾し続けることもできそうになかった。突然の吹雪に見まわれ、雇い主に捨てられた少年には吹雪の弱るのを待つ他はなかった。


 その時、轟々と壁に反響する吹雪の中に一筋の希望を彼は見た。雪道の中、廃墟に近づく車のライトを見つけたのだ。


 彼はその車を獲物と見定め、ケープの後ろに背負った銃を隠す。そのまま両手を頭の後ろで組んで車に近づいていく。一見無防備な体勢だが、彼はこの状況で誰よりも早く引き金を引ける確信があった。彼のこれまでの人生を支えてきた、曲芸じみた早撃ちの技が彼の自信の源だ。彼の懸念は車に積んである食料の量、ただそれだけ。


 車のロックの外れる音と共に一人の女性が姿を見せる。隙間から見えた車内には他の人間の気配は無かった。


 吹雪の中を歩んでくる彼女は、分厚い防寒具の隙間から、ライトの黄色の光に煌めく金髪と透き通った白磁の肌を覗かせる。明らかな異邦人の姿に警戒を強めるが、どこか安心している自分を感じ、彼は戸惑っていた。


「どうしたの?」


 血色の良い唇から発せられたのは、流暢なアラビア語。彼は驚き固まっていたが、慌てて年相応の高い声で返す。彼女はその声に一瞬顔をしかめたが、すぐに表情を整えた。


「食べ物を分けていただけませんか」


 彼の言葉を聞き、彼女は柔らかく微笑んで手を差し出した。


「分かったわ、先ずは車内へ。寒かったでしょう」


 その時、彼は我を忘れて彼女に見入ってしまった。


 なんと美しい人なのだろうか。全てが白くぼやける視界の中で、金縁に彩られた彼女の微笑み、慈愛に満ちた黄金の瞳、そして取った手の温もりが、彼の心を暖かく照らす。彼は彼女の笑顔に雪解けを誘う春の陽射しを感じ、思わず顔を綻ばせた。

 これが二人の短い旅の始まりであった。




 二カ月後




 太陽のように暖かかった彼女の手は、冷たくなって地面に横たわっていた。白磁のような肌は血の通わない人形のように青ざめ、鮮やかだった金髪は泥と血にまみれてくすんでしまった。


「オリビア!!」


 少年は必死に彼女の名前を呼んだ。彼の呼び声に彼女は懸命に答える。一言一言、口から零れる度に魂まで抜けているような、か細い声で彼女は彼の名前を呼ぶ。


「アーティフ……ごめんなさい」


 悲しみの余り、つっかえる自分に苛立ちながら、半ば叫ぶように彼は言った。彼女の命が全て抜けてしまう前に、伝えたいことは山ほどあった。


「オリビア、謝らないで。ぼくは自分の意志でここまで来たんだ」


 冬の空は固く閉じ、凍えるような雨が降り注ぎ二人の体温を奪う。周囲には無数の死体が転がっていた。そしてその全てが急所を的確に切り裂かれていた。


「いいえ……あなたはもっと平和に……暮らすべきだった。私達が巻き込んでしまった」


 彼女は彼の真っ赤に染まった手を気にしていた。彼は嗚咽混じりに、彼女の言葉を否定する。彼は彼女にそんな事を言わせたい訳ではなかった。


「ちがうよオリビア。ぼくの手はね、誰かの血が混ざり合って、もう始めから真っ黒なんだ。だから、何も気にする必要なんてないんだよ」


 彼は血で汚さないよう、そっと彼女の手を取ると、かつて彼女のしたように愛を込めて見つめる。

 彼を見つめ返す彼女の金の瞳はもう濁り始めていたが、細められた目には悲哀の色がはっきりと見えていた。彼女はそのまま彼の頬に手を伸ばす。


「じい様が言ってたんだ。良いことをした人は輪廻の輪に返って、また人間として生まれ変わるんだって。ぼくは無理だろうけど……ねぇ、オリビア。これからうんと長く生きたらさ、ぼくはきみに、もう一度会えるかな」


「そう、ね……もし私が生まれ変わったら…いの一番に会いに行くわ。だから…必ず生きて、待っていてね…」


 彼女は彼の涙を拭き取ると、いつもの日溜まりのような笑顔で目を瞑った。


「うん、待ってる。だから、早く会いに来てね」


 彼女の手から力が抜けた。脇腹の銃創が致命傷だった。仇を討とうにも、既に辺りに横たわっている。彼は行き場の無い悲しみを覚えた。それでも、もう泣いてはいない。彼の顔を伝うのは冷たい雨だけだ。


 立ち上がった彼が数ミリ顔をズラすと、すぐ横を銃弾が穿った。彼はすぐさま敵を見やり、周辺の死体のナイフを引き抜く。そして動きそのままに続く弾丸を切り落としていった。銃声が止むと、別の死体からアサルトライフルを抜き放つと敵の増援を次々と仕留めた。彼は生きなければならなかった。オリビアの遺体を肩に担ぐと彼は駆け出した。死体の山になった難民キャンプの中を彼は駆け抜けた。迫り来る襲撃者を銃底で殴りつけ、右へ左へ廃都市を巡る。


 オリビアは難民の援助と取材を行っていた。だが、政府との繋がり、ジャーナリストとしての性質から反政府組織に狙われていた彼女は難民キャンプで襲撃を受けた。彼女らの協力者の殆どは殺され、大勢の難民が巻き込まれた。そして今はただ一人の生き残りのアーティフを殺す為、多くの敵部隊がこの廃都市で彼を探し回っている。この状況で人一人抱えて逃げ回るには限界が見えていた。


 彼は大きな選択を迫られていた。


 遺体を捨てるか、否か。この包囲網を抜けるには余計な荷物を抱えている訳にはいかない。


 彼は、生きなければならなかった。


「ごめんなさい、オリビア」


 遺体を路地裏に優しく寝かせると、羽織っているケープをかけて土を盛り、最低限の埋葬をすることにした。何度も手を止めかけながら、彼は無事に作業を終える。


「またね」


 彼は踏ん切りをつけるように踵を返すと、再び駆け出した。彼は長年の経験から敵の少ない道を選んではいたが、隠密性の低い装備のせいで交戦の度に敵を呼んでしまっている。やがて弾が尽き、刃が折れ、辺りを囲まれてしまった。相手は5人と少ないが無線で仲間を呼ばれる可能性が高い。油断させたまま仕留める必要があった。


 初めに動いたのは彼方あちら側だった。死に絶えた町の静寂を、立て続けの銃声が裂く。


 彼は敵の弾幕を転がって避けると、崩れたテントの中から酒瓶を抜き取り、最も近い敵に向けて走り出した。応戦する銃弾の一つを、瓶で叩き落とすと、滑り込んで足下に入り、追撃を躱しつつ割れた瓶で内股を切り裂いた。足を抑え前に屈んだ相手の襟を掴んで引きずり下ろし、その後ろに隠れて盾にする。他の4人が怯んだ間に人質を横に押し倒しつつ首を切って殺し、手に持っていた銃を奪いとった。無線を取り出した最奥の1人を横目に、次に近い2人を撃ち殺す。


「cqcq ……」


 無線を使っていた1人の手首に割れた瓶を投げつける。それを庇ったもう1人を撃ち殺し、銃を向け残った1人の動きを止めた。


「無線を捨てろ」


 相手の男は笑って無線機をちらつかせる。そのスイッチは既に押されておりノイズが遠くの喧騒をベースに、辺りに響き続けている。


「いいや、捨てるのはそっちだ。作戦開始前に想定外の痛手ではあったが、我々は倍以上の戦力を用意している」


 彼は銃を地面に置くと男の方に滑らせたが、足下には瓦礫が多く、中間の辺りで止まった。彼はそのまま頭の後ろで手を組んで直立する。


男は余裕からか無線機のスイッチを離す。懐の拳銃を抜いて、スライドを引き弾倉に弾丸を送り込んだ。


「作戦開始前? 他に目的があったのか」


 情報漏洩を咎める仲間も無いからか、男はすんなりと話してくれた。彼については…死人に口なしと言うことかもしれない。


「当然だ、お前らだけにこれほどの戦力を投入するはずがないだろう。このまま我々は本隊の合流を待って、首都を強襲する。まあお前が知った所でどうでもいいことだが」


 そう言って男が拳銃を構え、引き金に指をかけた瞬間。


「いいや。それはいいことを聞いた。そこにはじい様が住んでるんだ」


 彼は足下の鋭利な瓦礫を蹴り上げる。正確なパスはガラス片を男の目元へと送り届けた。男が驚き、狙いが逸れたその隙に距離を詰め、掌底で顎を打ち抜く。そのまま相手の手首を捻って銃を相手へ突き付け、引き金を引いた。


「首都か、遠いな」


 ここから首都までは歩くにはかなりの距離がある。後ろから敵の本隊が迫っている事を考えると、あまり猶予はなかった。


「じい様、必ず助けに行く」


 すると突然、彼の足から力が抜けた。受け身が取れずに瓦礫の山に身を投げ出し、苦悶の表情を浮かべる。


「……なッ!?」


 顔を上げた彼の眼前には、まるでゲームのメッセージ表示のような白字の黒い板がホログラムのように浮かび上がっていた。


『早抜き:レベル5 投擲:レベル5を修得。スキルレベルが最大になりました。

ワールドの上限に達したため、次のワールドへ転送します』


 横たわった彼の体が浮かび上がった。下にエレベーターでも敷かれていたかのように垂直に天へと運ばれていく。遠くなっていく屋根々々やねやねを眺めていると、雲海の上に光る車輪を見つけた。木製に見えるが神々しい光を放つ半透明の車輪はゆったりとしたリズムで回転しており、視界に広がる街並みから幾つもの光の球が昇ってきて、中に吸い込まれていくのが見えた。その中で一際輝く光が先程まで彼がいた街から浮かび上がってきた。


「あれは……まさか、オリビア!?」


 光弾の輝きに、彼女の温もりを感じとった彼は叫んだ。もしあれが死んだ彼女の魂だとして、もしあの車輪が輪廻の輪なら、その輪から離れていく自分はどこへ行くのだろうか。彼女ともう一度会えるのだろうか。


「行かないで……」


 彼の目に涙が溢れ出す。彼女との今生の別れを悟ったのだ。


「その先にぼくは居ないよオリビア、待って! 置いていかないで!」


 彼は車輪の高度を軽々と過ぎ、光は更に小さく見えた。人を殺め過ぎたからかもしれない。何時か彼女の言っていたように天で裁かれるのかもしれない。


「けど……けど。これはあんまりじゃないか!」


 彼の涙は止め処なく流れ出て、雲間を縫って落ちていく。あの涙のように落ちて死んでしまえたら、彼にはどれほどの救いとなっただろうか。例え畜生に生まれ変わっても必ず彼女に会いに行く覚悟だ。それが許されるならば、どんなに嬉しいことだろうか。


 そのまま彼は青い空を突き抜け、黒い空へと入って行った。もう降り注ぐ涙はすぐさま蒸発してしまう。


 突然、彼の体が光り出した。体を溶かされるような痛みが襲うが、今の彼にとって死は冬場の温かいシャワーのようだった。前も見えないの光の中で体の感覚が消えていき、意識を失った。


彼は彼女との再開だけを願い、この世を去った。







 息が荒い。何度も大きく息を吸う。余りの苦しさに涙が滲む。ぼやけた視界の中で何人かの人影が見えた。どれもかなり大きい。まるで巨人のようだった。


「陛下、無事に産まれましたよ。女の子です」


「ええ……ああ、私の可愛い娘」


 ぼくの体は持ち上げられて別の人間に手渡された。不明瞭ながらも輝く銀の長髪と眩しいほどに白い顔、その声から考えると女性のようだ。女性は優しく抱き留められたぼくの頭を撫でまわす。今までに味わったことのない安心感を与えられた。


。よく生きてくれました」


 オリビア!? 慌てて周りを見回すが、頭は思い通りに動かない。しかし、女性はぼくのことを呼んでいる様に思う。なぜ? 思考を巡らす内に眠気が襲ってきた。体に相当疲れが貯まっているみたいだ。ああ、いったい何が……おこって……







 次に目を覚ましたのは夜中だろうか。窓一つない真っ暗な部屋だ。先ずは状況を整理しないと。あの時ぼくは空の上で死んだはず。ぼくは生まれ変わった、のだろうか。周りの人影との大きさも、ぼくが赤ちゃんになっているなら説明がつく。だが、人殺しのぼくが人として生まれ変わるなんて許されるのだろうか。もし死ぬ前にみた車輪が輪廻の輪なら、ぼくは輪廻から外れてしまったということか? それならいくらか納得もいくが。


 しかしそうとなれば、既に輪廻から外れた以上、ぼくはもう二度とオリビアと会えないということだ。ああ、この体に成ってから涙を堪えられなくなっている。ぼくは大声で泣き出した。


 一つ、女性がぼくをオリビアと呼んだことは気にはなるが、たまたま同じ名前だっただけだろう。纏まっていく思考に反して、気持ちの整理はつきそうにない。


 その時ドアが開く音がして、光が差し込んできた。人の足音が続く。


「おお、オリビア。話に聞いたとおりの金髪金眼だな」


 声からして男性だろうか。そのまま近づいてくる。明かりに慣れてきた目でぼんやりと見回すと、周囲を柵に囲まれていた。男性はそのままぼくの頬を触る。


「目鼻立ちは母譲りだな。この肌は俺からか? ふふっ、良いところだけ持っていきおって」


 そこまで言うと男性は、ぼくの眼前で指を鳴らした。すると空間に水滴を落としたように、ゆるやかに波が広がって円形の膜を作り出す。しばらくすると構造色で七色に光っていた膜の光が治まり、鏡のように姿を映し始めた。不思議な鏡だからだろうか、赤子の目にも憎たらしいほどよく見える。


 鏡像の真ん中に位置取っている赤子は、金髪金眼に白磁のような肌、乳児ながらに端正な顔立ちで、ぼくは彼女の面影を感じずにはいられなかった。


 これから数年後、ぼくは成長と共にオリビアに似ていく自分に耐えることができず、深い眠りにつくことになる。

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