副作用の使い方

「そ、そんなことは……」


 因縁をつけてくる女冒険者にエルナは震える声で反論しようとする。

 すると女の仲間と思われる、後ろにいた盗賊女が口を開いた。


「あーあ、カサンドラ家のお嬢様も落ちたものね。こんな安値で依頼を受けるなんて。あ、それともいざとなれば実家の援助があるからって慈善事業気取りで冒険者してるんですか?w」


 そう言ってわざとらしく彼女はくすくすと笑う。

 エルナは騎士の生まれとして、自分なりの誇りを持って冒険者をしているのだから、それを知っている俺まで不快になってくる。


「何だって?」


 誰が見ても挑発であることは明らかだったがエルナは本気で怒ったようで、声のトーンが低くなっている。

 それを見てリネアは慌てて止めに入った。


「ちょっとエルナ、ここで揉めるのはよくないです」

「離してリネア! こんなこと言われて相手をそのままにはしておけないわ!」


 そう言ってエルナは剣に手を掛ける。

 リネアは懸命に制止しているが、二人では力の差は歴然だ。


「ふーん?」


 女の方はエルナを煽るような笑みを浮かべる。


 まずい、このままでは乱闘になる。エルナが負けるとは思えないが、ここでの乱闘はむしろ勝ってしまう方がまずい。

 そう思った俺は咄嗟に最善の方法を考える。


「ヒール!」


 俺は目の前の長身の女に魔法をかける。


「な、何なのよ急に……あはん♡」


 すると先ほどまでに強気に俺たちに文句をつけていた彼女は、魔法がかかると急に顔を真っ赤にして嬌声をあげてその場に座り込んでしまう。


「ちょっと、一体何をしたのよ!?」


 先ほどエルナを煽っていた盗賊女はそれを見てさっと表情を変える。

 俺が変な魔法をかけたとでも思ったのか、女の仲間たちは俺を睨みつけた。


「何って、ヒールをかけただけだが」

「はぁん♡ はぁ、はぁ、ふぅ……も、もうだめぇ、この魔法とめてぇ……♡」


 全力でヒールを掛け続けているため、すぐに女は副作用で全身がとろけきってしまっている。

 その表情は人間というよりもむしろ発情期の動物のようで、全身から色気と言うには強烈すぎるフェロモンが出ており、明らかにヒールの効果ではない。

 それを見て盗賊女は言葉を荒げる。


「こ、こんな淫乱なヒールがある訳ないでしょ!?」

「俺はFランクの支援魔術師だからヒールしか使えないというのはギルドに確認してもらえば分かることだ。淫乱なのは元からなんじゃないか?」

「しょ、しょんなぁ、これがただのヒールだなんて、そんにゃわけ……」


 女はまだ文句を言おうとするが、よほどヒールが快感なのか言葉にならない。

 俺もここまで全力でヒールをかけたことはないが、そんなにすごいのだろうか。


「何だ何だ?」

「公衆の面前で何が行われてるんだ?」


 そこへ騒ぎを聞きつけてギルドの他の冒険者たちが集まってくる。

 そしてだらしなくゆるみきって嬌声をあげている女冒険者を見て困惑した。


「いや、見にゃいでぇ……こんなところみちゃらめぇ……♡」


 そう言って女は立ち上がろうとするが、足に力が入らないようだ。


「何だこれ」

「ギルドは盛り場じゃないんだから発情するな!」

「おい、そんなに男が欲しいなら俺が相手してやろうか?」


 周囲に現れた冒険者たちは下世話な野次を飛ばす。

 エルナやリネアはどちらかというと例外で、冒険者にはゴードンのように荒くれ者の方が多い。


 それを見てこのままでは見世物になるだけだと判断したのか、他のパーティーメンバーが慌てて彼女の体を抱え上げる。

 するとその下には小さな水たまりが出来ていた。


「そうだ、連れ帰ったら変な魔法がかかってないか好きなだけ検証してくれていいぞ。そしたらこいつはただのヒールで失禁したってことが分かるだろうからな」

「そ、そんな……」


 そんな会話をしている間にも野次馬が集まってくる。それを見て向こうはこれ以上言い争っても分が悪いと思ったのか、女を抱えて去っていった。

 それを見て俺はほっと一息つく。


「ふう、これでひと段落……痛っ!?」


 不意に後ろから頭を強く殴られて俺は悲鳴をあげてしまう。


「何してんの、バカ!」

「いや、あいつが因縁をつけてきたから一泡吹かせてやろうと思って……」

「だからってあんな変態魔法使うなんて……最悪っ!」


 お礼を言われる流れかと思ったが、思ったよりエルナは怒っている。

 俺は助けを求めるようにリネアの方を見た。


「でもエルナが手を出していたらもっと大変なことに……」

「だからって誰にでもあんな魔法を使うなんて……変態! スケベ! スケコマシ!」

「そんな」


 なぜかリネアにまで罵倒を受けてしまう。

 確かによく分からない能力をみだりに使ったのは良くなかったが。


「で、今のは一体何だったんだ?」


 一人の冒険者が俺に尋ねる。

 彼らからすれば全く訳が分からないだろう。

 俺は考えておいた適当な言い訳を口にする。


「ああ、あいつはこういう魔法で興奮する特殊な性癖なんだよ」

「えぇっ!?」

「だって俺の魔法をこの二人にかけてもあんな風にはならないし、なあ?」

「なる訳ないでしょ馬鹿!」

「痛っ」


 またしても俺はエルナに殴られる。

 自分のことは回復できないからあんまり殴るのはやめてほしいんだが……。


「そうか、あいつはあんな性癖があったのか」

「まあアルスが魅了のような高度な魔法を使える訳がないしな」

「というかあいついつの間にヒール使えるようになったんだな」


 冒険者たちは納得して興味も去ったのか、そんな風に適当な会話をしながら去っていった。


 ちなみにこの日は二人とも俺にはまともに口を利いてくれなかった。

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